44 見えすいた罠の先
「ささ、ギリウス様がお待ちです。どうぞ我々と一緒に……」
なんかコイツ、臭うな。
体が臭いとかじゃなくて、ひたすらうさんくさい。
小柄でやせてて鍛えてる騎士って感じがしないし、笑顔もなんだかうそっぽい。
「ジョアナ、どうす——」
「キリエちゃん、私落し物しちゃったみたい。戻って探すから、あとよろしく」
な、なにさ、急に。
ジョアナのヤツ、突然なんのつもりだ。
困惑する私だったけど、すぐに納得。
私からベアトをひきはがしつつ、耳元でこっそり教えてくれた。
「……第十王子カミルよ。気をつけて」
……あぁ、わかった。
全部わかったよ、ジョアナ。
これから私がやるべきことも、全部。
「ってわけで、ギリウスさんによろしくー。ベアトちゃん、メロちゃん、手伝いお願いね」
ジョアナはパラディの人間、ベアトを守るのが役目だ。
この提案も、きっとベアトを危険から遠ざけるため。
「……? ……??」
「え? えっと、わかりましたです。キリエお姉さん、またあとでですー」
「うん、あとでね」
ベアトとメロちゃん、ちょっととまどってるけど、大人しくジョアナについていってくれた。
山の方向へ引き返す三人を、騎士たちが追いかけるそぶりはない。
さすがにね、ここで追いかけたら正体バレちゃうもんね。
もうバレてるけど。
(……に、しても。お粗末だな)
もっとやりよう、色々あるだろっての。
ギリウスさんが用事あるなら、なんで今ここにいないんだって話だし。
王子ってこんなアホばっかりなのか、それともコイツが特別アホなだけなのか。
後者だと思いたいな、敵ながら。
「おやおや? お連れサマは行ってしまわれましたか……」
「用があるのは私でしょ? さっさとギリウスさんとこ案内してよ」
もう茶番でしかないけれど。
想定外だって顔してるカミルと、なんかニヤニヤしてる不審者みたいな騎士さんたちに案内されて、私はなぜか森の中へ。
なんでニヤニヤしてんだ、こいつら。
イイ思いできるとでも思ってんのか。
で、連れられてきたのは森の奥、小さな広場みたいになってる場所。
当たり前だけど、ギリウスさんはいない。
さて、これからなにが起きるのやら。
「ねえ、ギリウスさんは? 見当たらないんだけど」
一応、だまされてるフリはしておく。
その方が、油断を誘えそうだし。
「ひひっ、ひっひっひ。残念だったなぁ、ギリウスなんてここにはいないんだよ!」
うん、知ってた。
そんな会心の策がハマった、みたいな顔されても。
「お前はここで、俺の策にハマって死ぬ運命にある! お前ら、かかれぇぇっ!!」
いやいや、普通に襲わせるだけかよ。
囲んでから、とかさ。
茂みにたくさん隠れさせて、とかさ。
もっと色々——あー、もうつっこむのも面倒だ。
「全部で三十人くらいかな? ……今の私を殺るには、ケタが一つ足りないってのッ!」
こんなヤツら、一人につき一秒だ。
ソードブレイカーを抜いて、無策に突っ込んでくるザコの群れに飛びこむ。
案の定、私の速度に全然ついてこれてない。
私がそばに来ても、気付いてないや。
「……はぁ」
ちょっとイラっときた。
左手で剣をふりつつ、右手で適当なヤツらの頭に触れる。
次の瞬間、三人の首がまとめて飛んで、三人の頭が同時に弾け飛んだ。
「え?」
騎士たちの後ろで間抜けな声を出したアホを、ギロリとにらむ。
「いい加減さぁ、どいつもこいつも私をナメるのやめてくれないかな。ねぇ?」
「ひ、ひっ……」
それだけで腰が抜けたみたい、その場にへたりこんじゃった。
で、騎士さんたちもやっと私に気づいたみたい。
いっせいに襲いかかってくるけど、遅いしワンパターン。
統率もとれてない。
今の私なら、簡単に全滅させられるよ、こんなん。
三十秒後、騎士さんたちは全員もれなく元騎士さんになった。
半分は首が飛んでて、もう半分は頭が弾けてる。
きっちり二種類の殺し方、おんなじ数でそろえるチャレンジ、大成功ってね。
……面白くもなんともないけど。
「さぁて、お仕置きの時間かなぁ」
「ひいいぃぃっ、嫌、やめて、こないで……」
「情けない声出すな、気色悪い」
にらみつけたら、ズボンにシミが広がっていった。
本当にさぁ、なにがしたかったんだ、コイツ。
「どうして、僕の完璧な策、なんで……」
「拷問、するまでもないかな。殺すか」
カミル、だったっけ?
ガタガタ震えるゴミの前まで寄っていって、剣を振り上げる。
……いや、グツグツ煮るべきかな。
うん、そうしよう。
ソードブレイカーを鞘に納めて、ゴミの頭に手をのばす。
「いまだ、魔術師隊。放て」
——え。
今の声、なに。
振り向くと、後ろから私にむかって大量の火球が、風の刃が、土の槍が飛んできてる。
全部、胸の高さだ。
きっとコイツに当てないために。
伏せればよけられる。
「くっそ……!」
とっさに伏せようとする。
けど間に合わなくって、背中に火球が一発直撃、右肩を土の槍が貫通した。
油断した、敵はまだ他にいたんだ。
「いっ……たぁ!!」
「ひ、ひぃぃぃっ!! コーダ兄サマぁぁっ!!」
あん?
コーダって誰だ。
さっき攻撃を指示した声のヤツか?
広場を囲う茂みの中から、槍を持った兵士たちと、杖を持った兵士たちが姿を見せる。
その後ろには魔術師兵たち。
逃げ道をふさぐように展開して、私の周りをぐるりと囲んだ。
で、カミルのゴミが這っていく先には、うちわみたいなのを持った、長い金髪の男が立っている。
「助けが遅れてすまない、カミル。お前の策もどきがあまりに滑稽で、つい見入ってしまっていた」
「そんなぁ! 俺の策、兄サマに並んだと思ったのにぃ……!!」
「ははは、弟よ。お前は本当にバカで愚かで可愛いな」
弟……?
つまり、コイツも王子の一人か。
クソ、肩痛い……。
「やあ、勇者キリエ。はじめまして。私はコーダ・マリアード・デルティラード、第二王子だ」
「ふぅん、あんたもクズの一匹なんだ」
「おやおや、ずいぶんな挨拶だね。言っておくが、私は簡単にはいかないよ? 武のタリオ、知のコーダと並び称された、この私の策。そこのバカとはひと味もふた味も違う」
……確かに、この策には完全にハマった。
まず、最初からあのバカはオトリだ。
私を油断させるための、ただのエサ。
多分、本人にそのつもりはなかったんだろうけど。
私が勝ったと思った瞬間に、最高に油断したタイミングで、死角からの総攻撃。
見事だね、まんまと大ケガしたよ。
「……へえ、タリオと同列かぁ。でもアイツ、私が殺したからさ。あんたも同じ、私に殺されるよ?」
「なん、だと……? タリオ兄様が、死んだ……?」
あれ、表情が変わった。
初耳だったのかな。
これは意外だ、まだ王都に知らせ届いてないのか。
「ほん、とうか……?」
「ウソついてどうすんの。アイツは死んだよ。私に負けて、無様にね」
「そうか、そうか……」
うつむいて、プルプル震えだした。
なんだ、怒ったのか。
……そりゃそうか。
いくらクズでも肉親殺されたら、悲しいし怒るよね、さすがに。
「ふ、ふふふっ……、ふはははは……、あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
と思ったけども。
「あははっ! これはいい! 第一王子のタリオ兄様が死んだ、それはつまり、この私が嫡子にッ! 父上の後継になるということッ!!」
違ったね。
ゴミクズに、そんな感情なかったね。
兄の死を知って、とっても嬉しそうに天をあおいで笑ってる。
「あぁ、愉快だ、実に愉快だぁ! ありがとう、勇者キリエ。目の上のたんこぶを切除して、その上この私の手柄にまでなってくれる。キミは最高だ、最高の踏み台だよ!」
「ほざきやがれ、このクソ野郎」
今すぐその頭、沸騰させてやる。
……とは言ったものの。
さて、どうしたら切り抜けられるかな、この状況。