43 第四王子と第十王子
上段から打ち下ろした剣を、はたき落とすように横へ流される。
バランスを崩したわたしに向けて素早く剣が打ち込まれ、寸前で止まった。
ブオン、と顔に風圧を浴び、わたしはその場に崩れ落ちる。
怖かったというよりは、もう体力の限界だ……。
「また俺の勝ち、だな」
「はぁ、はぁ……っ、ギリウス殿、強すぎます……」
「このくらいでへばるな、立て。続けるぞ」
「ちょ、ちょっと休憩を……」
打ち合い始めて、もう三時間もたってるのに。
なんでこの人は平気なんだ。
「……やれやれ。仕方ない、五分休憩だ」
ギリウス殿が構えをといて、大剣を背中に背負う。
もうだめ、今にも死にそうだ。
「水、水ぅ……」
全身汗まみれ。
水を飲みたいけど、足に力が入らない。
もう、一歩も動けない……。
「世話が焼けるな……」
修練場のすみにある、冷たいと評判の井戸水。
ギリウス殿がくみ上げて、置いてあるコップにそそいで持ってきてくれた。
渡されたそれを、グビグビと音を立てて飲み干し、そして、
「ゲッホゲッホ!!」
むせた。
「もう少し落ち着いて飲め」
「ゴホッ、ご、ごめんなさい、ありがとうございます」
「コップ、自分で片付けておけよ」
「も、もちろんです、けほっ」
■■■
……水をあおるイーリアを見ていると、あの時を思いだしてしまうな。
勇者として連れてこられた、ごく普通の村娘。
ヘロヘロになりながら剣を振って、今のようにコップを手渡して。
その中身が、沸騰を始めた。
よく笑い、よく驚く、どこにでもいるような少女だったはず。
バルジから聞いている彼女と、あの日の彼女がどうしてもイコールで繋がらない。
あの後彼女と会ったのは、カロンが暗殺された日の晩、ほんの少しだけ。
俺の顔を見て驚いていた、それだけだからな。
(あの時すでに、彼女は変わってしまっていたのだろうか……)
「ギリウス殿? 難しい顔をされていますが、なにかありましたか?」
「……いや、なんでもない。少し座ろうか、お前もようやく落ち着いたしな」
「ギリウス殿がきびし過ぎるからですよ……」
「まあ座れ。休憩中はしっかりと休む、これも訓練だ」
隣り合って、同じベンチに腰を下ろす。
……少し離れられたな。
どうこうするつもりはないのだが。
「イーリア、お前の場合は体もだが、心も鍛えなければならんな。決断が遅いし、想定外のことが起こるとすぐにうろたえる」
「自覚はあります……」
「考え方も固い。……今だから言うがな、ネアール護衛の任務をお前に譲った理由は、レジスタンスを、俺の弟を見せたかったからだ」
イーリアには、自分の考えこそが正しいと思うフシがあるからな。
色んな考えのヤツがいると、知ってほしかったんだ。
結果としては、勇者と交戦して殺意を向けられる、なんて想定以上の経験をさせられた。
「どうだ? 考えは変わったか?」
「……復讐に対する気持ちは、変わっていません。今でも、復讐のために生きるなんて理解出来ない」
「そうか……」
仕方ない。
人間、そう簡単に変われるものでもなし。
そういう生き方もあると、知っただけでも良しとするか。
「ギリウス殿……、どうして、わたしなのですか?」
「どういう意味だ?」
「ギリウス殿はどうして、毎日わたしに訓練をつけてくれるのですか? 反国王派で、わたしより強い騎士はたくさんいるでしょう? なのに、どうしてわたしなのです?」
深刻そうな顔をして、なにを聞いてくるかと思えば。
「自分で答え、言ってるじゃないか。お前が弱いからだよ」
「は、はぁ……?」
意味がわかりませんって顔してるな。
全部説明してやらないとダメか。
「あぁその通り、強い騎士はたくさんいるな。そいつらは強い、確かに強い。だから、俺がわざわざ見る必要もない」
「で、ですが、わたしより弱い騎士もまた大勢——」
「大勢いる。その中でお前が一番スジがいい。お前なら、俺の奥義を完全に習得できるとすら思っている。だからお前を鍛えているんだ」
ここまで言ってやらないとダメなのか。
黙って俺についてこい、で足りたんだがな、バルジの時は。
「あ……っ、ありがとうございます! そこまで見込んでもらえているとはっ!」
そこまで感激する話だったか。
勢いよく立ち上がって、俺に向かって90度のおじぎをしてきた。
頭突きでもすんのかってぐらいの勢いで。
「元気は戻ったみたいだな。休憩は終わりだ、またみっちりしごいてやる」
「はいっ、お願いします!!」
いい返事だ、やる気も戻ったらしい。
なるほど、コイツはほめて伸びるタイプなのかもな。
「よし! まずは練氣状態を保ったまま——」
「邪魔するぜ!!」
な、なんだ!?
修練場の扉が力任せに開け放たれて、大男がのっしのっしと歩いてきた。
……あぁ、誰かと思えば第四王子バカ——じゃない、バルバリオか。
「これはバルバリオ様、ご機嫌うるわしゅう……」
「うむ、機嫌はいいぞ!!」
コイツは裏表がないぶん扱いやすい。
他の王子と違い、悪人というワケでもない。
ブルトーギュと喧嘩できる、とでも言って反乱側にさそえば、喜んで乗ってくるだろうな。
だが、コイツに計画のことを話すワケにはいかない。
理由は簡単、バカだからだ。
コイツに大事な情報を渡したら、すぐに敵にも知られてしまう。
「機嫌がいいから、稽古をしにきたぜ! ギリウス、相手をしろ!!」
「イーリアと共同となりますが、かまいませんか」
「なんでもいいぞ!!」
イーリアのヤツ、少し困っているな。
がまんしてくれ。
適当に相手をしてれば、満足して帰るだろうから。
「カミルに断られて、ヒマだったからな!!」
「……カミル様に、なにを断られたのですかな?」
聞き捨てならないな。
第十王子カミル、あの策謀好きで頭の足りない軍師気取りのバカが、なにを断ったのか。
「勇者が帰ってくるとか、西の森でキシュウ? とかよくわからんことを、コーダ兄ぃと話していたって自慢されたぜ!! 俺もまぜろと言ったら、なぜだかわからんが断られたぞ!!」
切れ者の第二王子が立てた謀略を、バカがバカに自慢した、と?
あまりに予想外な回答に、俺とイーリアは思わず顔を見合わせた。
○○○
一ヶ月。
長かったような短かったような。
とにかく私たち勇者ご一行は、四人全員そろって無事だ。
山をこえて盆地におりて、ようやく王都がはるか遠くに見えてきた。
「戻ってきたわねぇ、王都ディーテ」
「なつかしくも嬉しくもないけどね」
ぶっちゃけ気が重い。
ノアのこと、リーダーになんて言えばいいんだ。
「……っ!」
ベアトが私の腕に強く抱きついて、ぴったり寄り添って、にこりと笑いかけてきた。
はげましてくれてるのかな。
ありがとね。
なんのなぐさめにもならないけど、気持ちだけ受け取っとくよ。
「あの、王都についたら、あたいはこれからどうすれば……」
「心配しなくても大丈夫よ。メロちゃんもこれから、レジスタンスで面倒みるから」
「あ、ありがとうございますですっ」
ずっと不安そうにしてたメロちゃんだけど、やっと笑顔が戻ったみたい。
まあ、第一王子と第五王子の殺害に関わっちゃったら、外は歩けないよね。
王都にまでこの情報、届いてるかはわかんないけど。
「……いよいよ、なんだよね。戻ったらいよいよ革命が始まる」
「留守の間の、リーダーたちの頑張り次第だけれどね。国王派の将官の暗殺、そしてギリウスさんとの連携。城内の反国王派も、どこまで増えたのか」
私としては、一人でもブルトーギュをブチ殺したいくらいだけどね。
一人じゃ無理だってことは、もうわかってる。
レジスタンスも反国王派も利用しつくして、必ずブルトーギュを地獄に送るんだ。
街道をてくてく歩いて歩いて数時間、もうすぐ王都の西の森。
リーダーといっしょに剣の修行をした、弱い魔物が出る場所だ。
そんなところの道の真ん中に、なんだか騎士さんたちが固まってる。
国王派だったらまずいよね。
足を止めて、ジョアナと目配せしたその時、
「やあやあ、勇者様ご一行ですね!」
やたらとニヤニヤした若い騎士が一人、こちらに走ってきた。
「ワタクシたちは反国王派、ギリウス様の使いの者! 勇者様をお迎えにあがるため、ここで待っておりました」
「はぁ、ギリウスさんの……」
……なんか怪しいな、コイツ。
主にそのニヤケ面が。