42 追憶 スティージュの落日 後編
親父さんを殺したことで、兵士たちは方針を変えた。
身なりのいい俺とレイドを貴族だと判断し、捕らえることにしたんだ。
この場で殺すよりも国民の前で処刑する方が、ずっと有効に利用できるからな。
「おい、このガキどもは貴族で間違いないか!」
「へ、へへぇ……」
その兵士たちには、協力者がいた。
浮浪者みたいな、小汚いおっさんだ。
俺を知ってるってことは、スティージュの国民だったんだろうな。
おどされて従ったのか、金に釣られたのか、どっちにしても俺とストラはそいつに売られたってわけだ。
「よし、連れていけ! そっちの小僧もだ!」
俺たちは捕まって、連れていかれた。
親父さんの亡き骸を、その場に残して。
「にいたん、わたしたち、どうなるの……」
「大丈夫、きっと大丈夫だ……」
俺がヤケになって暴れたり、叫びだしたりしなかったのは、ストラがいてくれたおかげだ。
父さんにたくされた以上、しっかりしなきゃって思えたからだ。
この時の事なんてアイツは、なんにも覚えてないけどな。
二十人の兵士に囲まれて、森の中を進んでいる時。
茂みの中に、兄貴の姿が見えた気がした。
気のせいかもしれねぇ。
それでも確かめたくて、レイドに小声で話しかけた。
周りのヤツらには聞こえないように。
「……見間違い、って可能性もあるけど、襲撃の機会を狙ってる可能性もある」
「だとしたら、動かねぇ理由は?」
「ずっと前線で戦っていたんだ。ケガだってしてるだろうし、数も少ないのかも。今襲っても勝ち目は薄い。手を出したくても出せないんだ」
耳元でお互いにボソボソしゃべって、レイドが作戦を立てた。
俺がレジスタンスを作った時、参謀を任せる決め手となった出来事だ。
親父さんを失ったばかりだってのに。
いや、だからこそか。
悲しみのあまり、かえって冷静になれてたのかもな。
「兵士さんたち、そっちは遠回りですよ?」
「……なに?」
「あっちの道なら、近場の村まで三十分は早く行けます」
レイドのヤツ、ここがどこだかわかってたんだ。
この先の別れ道を左に行けば、たしかに村までの近道になる。
崖にはさまれた、谷底のせまい道を通れば、な。
地元民の浮浪者も、こっちの道が近道になることを知っていた。
だから兵士たちは信用して、左に曲がったんだ。
そして、せまい谷底にさしかかったところで。
「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」
後ろから、兄さんとカインさんを先頭に、五人の兵士が突っ込んできたんだ。
「な、なんだぁっ!?」
「敵襲だっ、背後をつかれた!!」
「うろたえるな、隊列を整えろ!」
「ダメです、道がせますぎて——ぐあっ!!」
練氣を体にまとったカインさんが、見えないほどの速さで次々と敵を刺し殺す。
兄貴の方は大剣にまとわせて、横なぎの一振りで二人の兵士の上半身と下半身をまとめて分割。
背後をつかれたヤツらは大慌て、ロクな反撃もできないまま次々と殺されていき、あっという間に全滅した。
浮浪者のおっさんは、混乱のどさくさに紛れて逃げていった。
……カインさん、キリエちゃん相手には練氣、使わなかったんだよな。
あの人が、この時みたいな本気を出してたら、きっとアイツは手も足も出ずに殺されてた。
カインさんなりの、王国へのささやかな抵抗……だったのかもな。
と、話がそれたか。
そんなワケで、俺たちは助かった。
「兄貴!」
「バルジ、ストラも無事か。レイドもよく頑張った」
「おう、レイドのやつすげぇんだぜ! アイツらをここに引き込んだの、全部レイドの策なんだ!」
「そいつは大したものだね。軍師顔負けじゃないか」
兄貴とカインさんにほめられても、レイドは嬉しそうじゃなかった。
ただ、兵士たちの死体を冷たい目でながめながら、
「僕はただ、父さんを殺したこいつらに死んでほしかっただけ、です……」
とだけ、小さく口にした。
兄貴たち、最前線から命からがら逃げてきてたんだ。
三つの城が落とされて、総大将の王子が捕まって、みんな散り散りになって逃げのびた。
王国軍は残党狩りを始めてて、俺らはそいつにひっかかったらしい。
「父上とは、はぐれてしまった。無事だといいんだが……」
「信じましょう、ギリウス様。スティージュにこの人ありとうたわれた、剛腕の剣士の実力を」
「あぁ、そうだな……。ひとまず俺たちはスティージュにむかう。お前らもいっしょに来い」
「だ、大丈夫なのかよ……。俺ら、そこから逃げてきたんだぜ?」
「だからこそ、だよ」
口を挟んだのはレイドだ。
「逃げ回ってるはずの貴族や将が、わざわざ首都に戻ると誰が思う? それに、残党狩りの連中は僕らの顔を知らなかった。軽く変装でもすれば、まずバレないよ」
兄貴たちも、レイドと同じ考えだったらしい。
親父さんを殺されて、ふっきれたんだろうか。
この日のレイドは二重の意味で、最高に切れていた。
首都に戻った俺たちを待っていたのは、スティージュの無条件降伏のニュースだ。
街のあちこちにデルティラード軍の旗が立てられて、敵の将兵が堂々と街中を歩きまわっていた。
負けたんだって、実感した瞬間だった。
けど、真の絶望はその先だった。
俺の憎しみ、怒り、ブルトーギュに向けるあらゆる負の感情の原点だ。
「ギリウス様、これを……!」
カインさんが見つけた、掲示板の張り紙。
街のあちこちに貼り出された、貴族リターナー夫妻処刑の知らせ。
場所は王城前、日時は今日の夕方。
もうすぐだった。
「なんだよ、これ……! カインさん、兄貴! 助けないと!」
「どうやって、助けるんだ……?」
「それは……! レイド、何か考えは——」
「無理だね。警備は厳重だろうし、ブルトーギュ本人まで来ると書いてある。飛び出していっても、死体になるだけだ」
兄貴も、カインさんも、レイドも、全員が諦めの表情を浮かべていた。
嫌でも思い知ったさ、父さんと母さんは絶対に助けられないんだって。
せめて、最期だけでも見にいこうってよ。
全員で王宮前に行ったんだよ。
残虐な処刑方だって聞いてたから、覚悟はしてたんだ。
けどよ、あんな殺され方をするってあらかじめ知ってたら、どうしてただろうな。
「あぎああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ぎっ、いぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ごろぜぇぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇっ!! ひと思゛いにこ゛ろ゛せぇぇぇぇぇっ!!!」
俺らの前で、父さんと母さんは柱に縛られた。
足下に薪を敷きつめられて、火が放たれて、足下からじわじわとあぶっていって。
足の先が炭になったあたりで、体に直接火がつけられた。
「なんだよ、なんだよこれ……」
ストラが寝ていたのが、せめてもの救いだった。
聞いたこともない叫び声を上げる母さん。
殺せと連呼しながら炎につつまれる父さん。
やがて、皮膚が焦げ落ちて、生きた肉が焼ける嫌な臭いがただよってきて、俺は胃の中身を全部ぶちまけた。
それからしばらくして、俺はレイドとカインさんといっしょにレジスタンスを立ち上げた。
滅ぼされた周辺諸国の残党を集めて、組織を大きくしていった。
兄貴は身分を隠して王国に騎士として仕え、内部からの協力者に。
俺が王都で、武具を調達できる武器屋を開けたのも、兄貴のツテがあったおかげだ。
長い時間をかけて力を高め、チャンスをうかがい、ついに欠けていた最後のピース、大義名分を手に入れた。
あの日転がり込んできたキリエちゃんは、まさに俺たちの勝利の女神だ。
準備は整った。
あの日生まれた悲しみ、憎しみ、怒り。
全てをヤツに叩き付ける日は、もうすぐだ。
首を洗って待ってやがれ、ブルトーギュ。