04 水袋
助けて、とか叫んだ男の口に、切っ先を押し込んだ。
私の家族を、親友を、村のみんなを殺しておいて、助けてとかふざけんな。
「あがああぁぁあっぁあぁぁっ!!」
「うっさい。さっさと死んでいいよ」
喉の奥へ、深く深く押し込む。
何かが千切れたような感触がして、そいつは静かになった。
多分、傷つけちゃいけないとこを刺したんだろうな。
剣を引き抜くと、口から真っ赤な血が飛び出して白い雪を染めた。
「……残りの三人も、始末しなきゃ」
不思議と、なんとも思わなかった。
罪悪感も感じない。
害虫を叩き殺す時と似た感覚。
必死にもがいて抜け出そうとする残りの三人にも、流れ作業のように剣を突き立てる。
殺さなきゃ、殺されるもん。
それにこいつら、自業自得だし。
「……あれ」
最後の一人を刺し殺したところで、私は違和感を抱いた。
「一人足りない……?」
確か追手は五人だったはず。
ガラレとか言ったっけ、あの小隊長。
アレが足りないんだ。
「……おいおい、なんだよこれは」
声が聞こえたのは、斜面の上。
見上げると、そのガラレ小隊長がびっくりしてた。
「回り込んで挟み撃ちにする予定だったのによ、なんで全滅してんだよ」
「さあ? あんたの部下が情けないか、私が勇者様だからじゃない?」
「はっ、冗談キツイぜ。これじゃあ俺、帰ったあと大目玉じゃねえか。クソっ!」
悪態をつきながら、腰に下げた剣を抜く。
両刃の、確か騎士剣って種類だっけ、片手剣よりちょっと長いヤツ。
「とんだ貧乏くじだがよ、お前さえ殺せばまあいいだろ。大人しく死んでくれや」
吐き捨てるように言い放って、斜面を駆け降りてきた。
まずいな、ちょっと気が大きくなってたかも。
うっかり強気に挑発しちゃったけど、真っ向勝負で勝てるわけない。
アイツ、絶対強いでしょ。
また似たような地形探して、罠にかけなきゃ。
ひとまず森に逃げ込むために、くるりとUターン。
駆け寄ってくる敵に背を向けて走る。
「逃がすかよ!」
イラついた口調と共に、ガラレが横ぶりに剣を振った。
何やってんだ、まだかなり離れてるのに。
って思ったのも束の間。
透明な刃が、私の足首を狙って飛んできてるのが見えた。
「な、なにこれっ!?」
飛び跳ねてなんとか避けるけど、着地で体勢を崩してしまう。
転ばないようになんとか踏ん張るけど、その間は当然足も止まってるわけで。
「ほぉ、中々動けるじゃねえか」
私の真後ろに、接近を許してしまった。
ブン、と振るわれる横薙ぎの刃。
身を屈めて回避し、後ろに飛んで距離を取る。
「くっ……!」
「なるほど、勇者の加護。殺せば殺すほど強くなるってアレか。デニルも合わせて五人も喰われちまったからな。だが、俺にはまだ程遠い」
残念ながらその通り、敵の余裕は崩れない。
私ときたら、振るわれる刃を回避するので精いっぱいだ。
戦うのはやっぱ無理、もう一度逃走を——。
「逃がさねえっつってんだろ」
逃げようとした私の前に、ガラレが回り込んだ。
コイツ、こんなに速いなら……!
「なんでさっき、本気で追いかけなかったんだ、って顔してるな」
斜めに斬り上げた剣先が、私の左腕を掠める。
二の腕に焼けたような熱が走り、熱いものが流れ出てきた。
「いぅっ……!」
「簡単な話だよ、俺は優しいんだ」
痛い、斬られた。
これのどこが優しいんだよ。
「全部俺一人で片付けたら、部下の手柄が無くなっちまうだろ? ウザい上司だって思われるかもしれねぇ。あいつらに手柄を立てさせたい、これは俺の優しさなんだ」
足を狙った突き。
かわそうとしてかわし切れず、太ももに傷が走る。
痛いって。
「でもま、情けねえことに部下は全滅しちまったし。もう誰にも遠慮するこたねぇ」
ガラレの騎士剣が、透明なもやもやをまとった。
さっき飛ばした透明な刃と、多分一緒だ。
もう一度、今度は左上から斜めに斬りつけられる。
速いけど、ギリギリのところで回避……出来たと思った瞬間。
「い、ったああぁぁぁぁっ!!」
深々と、左の二の腕に傷が走った。
なんでだよ、刀身避けたじゃん。
めちゃくちゃ痛い、涙出そうなくらい。
「なん、だよ、それぇっ! さっきから……!」
「練氣、聞いたことねえか? ねえならいいんだ。これから死ぬヤツにレクチャーしても仕方ねぇ」
容赦のない突きが、繰り出された。
ダメ、体中痛くて避けきれない。
急所を外すので精いっぱいだ。
ザクッ!!
「っああぁぁぁぁぁぁぁああぁ!!」
切っ先が肩に突き刺さった。
向こう側まで貫通してる。
これ、左腕上がるのかな。
いや、それ以前に私、これを切り抜けられるの?
無理でしょ、最後まで抵抗するけどさ。
「さて、詰みだな、勇者様よ」
「くっそ、くっそぉ……」
喉を掴まれ、組み伏せられた。
馬乗りに乗られて、右手しか動かせない。
「放せ、この……、クソ野郎……!」
「おうおう、元気なこって。まだ心が折れてねえのか」
ニヤつきやがって。
ツバでも吐きかけてやりたいけど、ただの負け惜しみにしかならない。
それよりも、なんとか打開の方法を……!
(そうだ、右手は動かせる!)
右手に握った剣を突き立てれば、コイツを殺せる。
さっきまで隙が無くって全然斬りこめなかったけど、馬乗りになってる今なら。
「……っぐ!」
切っ先を向けて、背中に突き立てるために右手を動かす。
だけど。
「おっと、やらせるか」
あっさりと、手首を殴られて、剣を叩き落とされてしまった。
武器を失い、いよいよ万策尽きた。
「へっ、このまま心が折れるまで嬲ってやるのもいいけどよ。さっさと帰らにゃ怒られんだよ」
至近距離だと剣の取り回しが悪いんだろう、腰から短刀を抜いて、私の首に押し当てる。
「我らが王国のため、死んでくれや勇者様!」
死んでたまるか。
まだ動く右手で、クソ野郎の手首を掴んで押しとどめようとする。
それでも、やっぱり力は向こうの方が上。
私の首に、冷たい刃が少しずつ食い込もうとしてくる。
(嫌だ、嫌だ、こんなところで死にたくない……!)
いきなり勇者とか言われて、変な能力持たされて。
挙句の果てにワケも分からず王国に全てを奪われて、殺されかけて。
何なんだよ、これ。
お湯沸かすとか、この状況で何の役に立つんだよ。
役に立ってみろよ!
「さあ、もう一押し……」
こぽっ。
こぽこぽっ。
「……あん?」
ガラレが、勝ち誇っていたガラレが、自分の手を見て呆気にとられてる。
しばらく固まった後、
「あ、あひゃあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
突然情けない悲鳴を上げた。
なんだコイツ、いきなり狂ったのか?
……違う、手首だ。
私の右手が触れている敵の手首が、なぜだかやたらと熱くなってる。
「な、何をした、このガキィィィィっ!!?」
パァン!!
何かが破裂する音と同時、ガラレは短刀を取り落としながら体を引き、尻もちをつく。
よくわかんないけど、私は自由になった。
「なんだよこれぇっ!? 一体何が起こったぁぁぁっ!??」
ガラレの手首は湯気を立てながら、ポコポコと煮えたぎっている。
血が、汗が、肉の中に詰め込まれた水分が、まとめて沸騰している。
皮膚にどんどん水ぶくれみたいなのが発生しては破裂してる。
裂けた皮膚から、血もすっごい出てる。
もちろん沸騰しながら。
「……あぁ、そっか。汗とか涙とか、あと血とか」
そういえばあれ全部、体の中から出てくる。
もしかして人間の体の中には、水がいっぱい蓄えられてるってこと?
「つまり、人間って水袋だったんだ」
なんだ、だったら簡単じゃん。
頭でも掴んで、煮えたぎらせればいいんだ。
それだけでこの下らない能力は、殺人技に昇格だ。