39 仇が死ねば、きっと笑えるはずなのに
叫んでるタリオの左手首を、ソードブレイカーで叩き切る。
魔法を出せるのは、指か杖の先っぽ。
これで魔法は使えないし、もう動けない。
「いぎゃああぁぁぁぁいいいぃっ!!!」
汚い絶叫は無視して、約五十人の兵士たちをにらみつける。
「お、おい……、タリオ様が負けたぞ……!」
「魔族の将とも互角に打ち合う、あのタリオ様が……、負けた……!?」
あいつら、かなりショック受けてる。
ざわつきながら、逃げようかどうか迷ってるみたいだ。
「……ねぇ、あんたら」
一歩踏み出しながら、声を上げる。
ざわつきが止んで、兵士たちに緊張が走った。
「大将やられたけど、あんたらはどうすんの? 仇討ちする? 自分の命を捨てて、コイツのために」
正直、これは賭けだ。
こんなズタボロの状態で、五十人全員殺せるわけないもん。
けど、戦えるフリをして、あんたらなんか簡単に全滅させられるって思わせる。
タリオの強さと人格をよく知っているこいつらだからこそ、効くはずだ。
タリオはデタラメに強い。
そして人格は最悪、人望もきっと薄い。
こんなヤツのために、自分より圧倒的に強い相手と命を賭けて戦う人間なんて、いないはずだから。
「ねえ、どうするのさ。私はいいよ? 何人でもコイツの後を追わせてやる」
「ひっ……!」
強がりを隠してにらんでやったら、短い悲鳴が上がって、
「そ、総員、いったん退くぞ!」
いや、もう戻ってこないつもりじゃない?
とにかく、兵士たちは逃げていってくれた。
……正直、襲ってきても半分以上は道連れにできたと思う。
あんまり動けなくても、魔力が通ったお湯がたくさんあるから攻撃はできるし。
兵士さん、あんたら正解選んだよ。
「ま、待ってっ! 私を置いていくのっ!? 第七夫人である、この私のことを!!」
あれ、取り残されてる人がいる。
ぺたんと座りこんでる、豪華なドレスを着たお姉さんが。
もしかして、腰が抜けて立てなくなったのかな。
……あ、ジョアナが走っていって取っ捕まえた。
私の方にはメロちゃんとベアトが走ってくる。
「……っ!! ……っ!!!」
「お姉さんっ!!」
足がふらついて倒れそうになった私を、駆けつけたベアトが支えてくれた。
「ちょ……、ダメだよ、服に血がついちゃう……」
「……っ、……っ!」
ふるふると首を横に振って、ついてもいいですって言ってるのかな。
ありがとね。
それとメロちゃん、涙がポロポロこぼれてるよ。
「メロちゃん、泣かないでよ。ほら、仇だよ。家族の仇、そこに無様に這いつくばってるよ」
「……っ、は、はいっ」
両手足を失って、完全に無力化されたタリオ。
口をパクパクさせて、気絶できないほどの激痛に苦しんでる。
いい気味だ。
「さ、メロちゃん。好きなだけ恨みをはらしてよ。そのためにかろうじて生かしてあるんだからさ。岩で頭をつぶしてもいいし、石の弾丸でハチの巣にしてもいいよ? なんなら、死ぬまで殴り続けるとか——」
「あの、お姉さん。仇を討ってくれて、ありがとうです。……けど、あたいにコイツは殺せません」
「どうして? こんなクズに情けをかける必要ないでしょ?」
はやくトドメを刺さないと、出血多量で死んじゃいそうだよ?
せっかくの、恨みを晴らすチャンスなのに。
「違うんです。コイツに同情なんて一欠片も湧かないし、今すぐこの手で殺してやりたい。けどお姉さん、勇者の加護があるんですよね?」
……そっか、メロちゃん私のために。
コイツの強さを私に吸わせるために、殺すのをゆずってくれてるんだ。
「お姉さんがブルトーギュを殺すためには、コイツの命は絶対に喰っておくべきなんです! ……だから、気持ちだけ受け取っておきますです。本当にありがとう、お姉さん」
ペコリと頭を下げられて、ここまでされたら無理にとは言えないよね。
「……わかった。メロちゃんは偉いね」
私が同じ立場だったら、同じ決断できたかな?
絶対に無理だって断言できる。
凄いよ、メロちゃん。
「ベアト、ちょっとごめんね。離れてて」
「……っ」
さっきから抱きついてたベアト、大人しく離れてくれた。
この子、私が人を殺すことをどう思ってるんだろ。
止められたことも、やめてほしいとも一度も言われてないけど。
「あが……っ、は……っ、いだぃいぃぃ……」
「お待たせ、ゴミ虫。むごたらしく死ぬ準備はできた?」
「ひっ、がぁぁ……っ、ぃだいよぉ゛……」
「聞いてないね。まあいいや。これ以上あんたの耳障りな声聞きたくないから、口にフタさせてもらうね」
新しく習得した、熱湯を遠隔操作する魔法の練習台になってもらおう。
さっき散らばったお湯をまたかき集めて、大きな球状にする。
なるほど、形も自由に変えられるみたい。
四角くしたり、三角にしたり、
「……よし、これでいこう」
細長い形にもできる。
この形のままタリオの口に突っ込んで。
「んぼおおおぉぉぉぉぉおっ!!!」
胃袋に到達させた。
そのまま体内で沸騰させると、お腹のあたりが破裂しそうに膨らんで、ボコボコ動いてる。
うわ、気持ち悪っ。
……ベアト、顔をそむけてる。
どうしてだろう、この子にだけは見せたくないな。
メロちゃんの方は、何も言わずにただじっと見つめてる。
「ごぼぼおおおおぉっ!! がぼっ、ぐぼぼっ……」
口の中、食道、胃袋を熱湯で直接煮られる苦痛に、目ん玉見開いてがぼがぼ言ってる。
きちんと呼吸できるように、鼻の穴から気管までのスペースは開けてるよ。
だって、窒息死なんて呆気ない死に方、コイツには生ぬるいもん。
「がぼっ! がぼおおぉぉぉぉぉっ!! が、ばぼっ……」
体の内部からたっぷり煮られ続けて、何度も頭をふって声にならない叫びを上げた末に、タリオは死んだ。
「……はい、終わり」
苦しみ抜いて死んだ結果、涙と鼻水を垂れ流して、目と口をおもいっきり開けたひっどい死に顔が完成。
熱湯のコントロールを手放すと、タリオの口からザバァっとお湯が出てきた。
同時に、私の体にびっくりするくらいの力が宿った気がする。
「メロちゃん、どうだった? コイツの死にざま、スカッとした?」
スカッとするに決まってるよね。
だって家族の仇だよ?
死んだらスッキリ爽快に決まってるじゃん。
「……っ、ふ……っ、えぐっ……」
「あ……れ? どうして泣いてるの?」
「わ、わかんないです……っ。ただ急にっ、家族のみんなのこと、思い出して……っ、仇は死んでも、みんな、みんなもういないんだって……っ、うあっ、うわああああぁぁぁぁぁああっ……」
……よくわかんなかった。
今のメロちゃんがどんな気持ちなのか。
私はメロちゃんじゃないから。
私がブルトーギュ殺したら、きっとスッキリすると思うのに。
アイツを殺した時、きっと私は初めて笑えるから。
「お疲れさま、キリエちゃん。すごかったわよ」
おっと、いつの間に来てたんだ、ジョアナ。
ノアの首根っこ掴んで引きずってるけど、高そうなドレスがボロボロだよ。
かわいそうに。
「ジョアナ、メロちゃん守ってくれてありがとね。傷、平気?」
「ベアトちゃんのおかげでバッチリ。もう少しも痛くないわ」
「そりゃ何より。で、ソイツだけどさ」
第七夫人サマ、自分の夫の死にざま見て顔を真っ青にしてるね。
私の声に、肩をビクっと震わせた。
次は自分の番だとか思ってる?
「た、助、けて……っ、殺さ、ないで……」
「殺さないよ」
「……えっ」
そう、殺さない。
だって、コイツを殺しちゃったらあの世に行くってことでしょ?
カインさんがコイツのことを知っちゃうじゃん。
そんなのはダメだ。
「一応、カインさんとも約束したしね。ただ、殺さないってだけだから」
殺さないだけで、しっかりと罰は受けてもらうよ。
「さっさとフレジェンタにでも帰ったら? タリオが死んだ今、ただの側室なアンタが王族の一員として認められるか、わかったモンじゃないけどさ」
「そうね、正妻ならまだしも側室、しかも第七夫人だもの。タリオが死んだなら、王宮を追い出されて路上生活間違いなし。よくて娼婦、運が悪ければ奴隷商に捕まって、どっちにしろ死んだ方がマシな生き地獄が待ってるでしょうね」
少なくとも、ぜいたくな暮らしなんて一生できないだろうね。
ここで殺すより、コイツにとってはよっぽど重い罰になる。
「あ、あぁっ……」
「ほら、私の前から早く消えろ」
「う、うあああぁぁぁぁぁっ!!」
絶望の表情を浮かべたあと、フレジェンタの方に向かってノアは走っていった。
何度も転んで、高そうなドレスを砂だらけのボロボロにしながら。
「……ねえ、ホントによかったの? 殺さなくても」
「……カインさんの娘じゃなきゃ、殺してた。それだけの話だから——」
あれ?
視界が、突然ぐにゃぐにゃになった。
おかしいな、立ってられない。
「キリエちゃん!?」
「お姉さんっ!!」
あ、これもう限界かな。
体の感覚がなくなって、景色がナナメになって。
「……っ!!!!!」
何かに受け止められた気がしたけど、わかるのはそこまで。
私の意識は闇の中へ落ちていった。