38 氷が溶ければお湯になる
メロちゃんのおかげで助かった。
腕も一本持っていけた。
でも依然として大ピンチ、気を抜けばあっという間に殺される状況は変わってない。
「僕はもう、キミに近付かない、遊びも入れない……。絶対に触れられない距離から、確実に殺すとするよ」
「それは何より……っ。あんたさっきから、ほんっとうに気持ち悪かったからさあ……!」
「僕は残念だよ。キミが死んでいくサマを、間近で観察できないのはね」
軽口叩いてみたけれど、タリオは全然動じない。
挑発してみれば動いてくれると思ったけど、そう簡単にはいかないな。
近付いてきてくれないの、はっきり言って最悪に近いパターンだ。
「コイツでカタをつけるとしよう」
タリオの周りに大量のつららが生み出されて、プカプカと宙に浮かぶ。
また追尾つららだ。
さっきと数は全然違うけど。
軽く二十本くらいあるんじゃないか?
「アイシクルストーム」
左腕をふると、全部のつららが私めがけて飛んでくる。
アレを一本一本溶かしていくわけか、こいつは大変だ。
……いや、溶かしたところでどうすんだって話だけど。
(ダメだ、弱気になっちゃ……! 今はとにかく、コイツをどうにかする!)
地面に刺さったソードブレイカーを拾うため、走り出す。
つららも私の方に曲がった、ホーミングなのはそのままだ。
全速力で走って走って、拾いながらバック宙で反転、左逆手で構えて弾幕に突っ込む。
アレに丸腰で突っ込んだりしたら、さすがに穴だらけだろうから。
「さあ、見せてくれ! 死の舞踏をっ!」
「いちいち気取ってんじゃないっての!」
先頭のつららを避けながらタッチ。
まずは一つ、続いて二つ、三つと触れていって、その間に何本ものつららが体をかすめていく。
右、左、飛んで、伏せて、剣ではじいて。
一瞬でも動きを止めたらハチの巣だ。
(斬っても増えるだけだから、弾くしかないのはキツイけど……!)
弾幕を抜けるまでの間に、十本くらいのつららにタッチできた。
私に触れられると、つららはすぐに墜落してただのお湯になる。
この調子なら、次で全滅できそうだ。
そしたら反撃の手を考え——。
「無駄な努力ご苦労。十本追加だ」
……マジか。
溶かしたのと同じ数、タリオが作って撃ってきた。
前の十本と合わせて二十本。
全部元通りじゃんか、ふざけんな。
「お前、もう手は抜かないって……!」
「抜いていないさ、コイツが僕の全力だ。残念ながら、一度に追尾させられるのは二十個までなんだよ」
くそっ、今度は十本ずつが二手に分かれて、左右から挟み打ちで飛んでくる。
さっきより避けにくいし、溶かしてもまた追加される。
「魔力を伝わせて、思うがままに操作できる限界の数値さ。コイツはかなりの集中力が必要でね、二十個以上は操れない。情けない話だがね」
なるほどね、魔力を込めれば操れる、と。
……つまりそうか。
溶けたつららはただの水、コイツの魔力はもう入ってないんだ。
今、代わりに入ってるのは私の魔力。
だったら、コイツにできるのなら、私にも——。
「第二波、今回はしのげるかな?」
きた、両側からの針山地獄。
ここを抜けなきゃどっちみち、タリオは殺せない。
私の仇討ちも、中途半端で終わっちゃう。
終わらせない。
終わらせてたまるか。
「死んで、たまるかぁぁぁぁぁあぁあぁっ!!!」
もう、気合だけで動いてたと思う。
呼吸を止めて全力で集中して、傷だらけの体で、限界以上の動きを引き出す。
右を見て左を見て、すきまに体を通しながら、何本かのつららに触れて、魔力を流す。
それでもよけきれなくって、何度も肌を裂かれて、一本が左肩に突き刺さった。
「いっ……!!」
涙が出そうなくらい痛い。
叫びそうなくらい痛い。
でも、痛がって動きを止めたら死ぬ。
生きるんだ、その思いだけで避けて、避けて、避け続けて、最後の一本が太ももを貫通、大きな穴が開いた。
「っああああぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁっ!!!」
痛いなんてもんじゃない。
なんか熱い、目がチカチカする。
倒れながら、口から勝手に叫び声が出た。
もうだめ、もう動けない。
もう攻撃はかわせない。
「お姉さん! もういいです、あたいが代わりに……っ!!」
「ふははっ、健気だねえ、いい子だねえお嬢ちゃん。勇者キリエを殺したら、右腕のお礼にたっぷりじっくり遊んであげよう。それまでもう少しだけ、待ってておくれ」
「その、必要はない、よ……」
メロちゃん、気持ちだけ受け取っておくね。
今、コイツを倒すところだから、安心して見てて。
「必要がない、とは?」
「そのままの、意味だよ……っ!」
「おかしなことを言う。足をつぶされ、肩をやられて、もはや一歩も動けないじゃないか。そんな状態のキミに何ができる?」
「あんたを殺せる……とか?」
「減らず口を。もういい、死んでくれ。最期に最高の断末魔を響かせてッ!! その死にざまを僕は永遠に忘れないだろう!!!」
追加のつららと避けたつらら、合計二十本が向かってくる。
コイツを避ける手段は、もう残されていない。
けど……!
「さあ、今度こそ本当に終幕だっがごっごぼぼぼぼっ……ごぼっ!!?」
勝ち誇った瞬間、タリオの頭がまるごと、熱湯のボールにつつまれる。
集中力切れたんだろうね、つららは全部動きを止めて、地面に落ちる。
「ごばっ、がぼぼぼぼっ!?」
「なに言ってるか……、わかんないっての……」
ソードブレイカー、こんなに重かったっけ。
足を引きずりながら、ゆっくりとタリオへ近付く。
「……あぁ、なにが起こったかもわかんないか。簡単だよ、あんたの真似しただけ」
自分の魔力を注いだ物体を、自由に操るホーミングアイシクル。
あれと同じこと、私にもできると思ったんだ。
魔力を注いだつららが溶けたら、私の魔力たっぷりのお湯ができあがる。
タリオが私に釘付けになってる間に、それを動かそうとしてみたら、バッチリできちゃった。
あとはこっそりお湯を集めて、ボールみたいに丸く大きくして、タイミングを見計らって真後ろからぶつけてやった。
「そんなわけで、あんたは今熱湯に顔面つつまれてるんだ。ねえ、勝ったと思った? 自分の勝ちだって、勝ち誇っちゃった?」
説明が終わったところで、やっとタリオの前まで到着。
めちゃくちゃ苦しそうにしてるね、コイツ。
目を見開いてのど掻きむしってる。
顔真っ赤なのは息出来ないからなのか、熱いからなのか。
両方だったらいいな、それだけ苦しんでるってことだから。
「んぶくぶぶうぅぅ!! んぶうううぅぅぅ!!」
「なに言ってんのかわかんねぇっつってんだろ」
ズバシュッ!!
両足を付け根から切断。
倒れる瞬間に熱湯のボールを弾けさせて、声が出るようにしてやる。
「さあ、聞かせてよ。あんたの絶叫を」
「あっ、ぎぃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! あぎゃっ、ひああああぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!」
「……うん、汚い声。こんなん聞いても全然面白くない」