後日談その3 二人きりの時間
結局、昼間はいろんな人にはげまされちゃったな。
だったら頑張んないと、ってマドから月を見上げながら考える。
ここはストラの持つ屋敷のひとつ、その客間。
豪華な調度品にあふれた広くて豪華な部屋だけど、寝床はキングサイズのベッドひとつ。
新婚さんだから、とかいろいろと気をまわしてくれたのでしょうね、女王様。
ニヤニヤ笑いが目に浮かぶよ。
……にしても、ベアトに本音をぶっちゃける、かぁ。
『せっかくの新婚旅行なのに二人っきりじゃなくって、ベアトも他の子と遊んでばっかりだから拗ねてました』。
これ言うのか、うわぁかっこ悪……。
ベアトの前では強がっていたいし、かっこつけていたいんだけど、みんなに散々言われたことを思い返して!
パンパンっ、とほっぺを両手で思いっきり叩いて気合いを入れた。
「えぅっ!? ど、どうしたんですか、キリエさん!?」
座って本を読んでたベアトがビックリして飛び上がっちゃったけども。
気合いの入った私は止まらない。
ツカツカとベアトの前まで行って、白い小さな手をそっと取る。
「ね、ちょっと二人で散歩でも行かない?」
「は、はい……っ」
真っ赤になってうなずくベアト。
とってもかわいい。
さて、連れ出すことにはあっさり成功したけれど、問題はここからだ。
ベアトに幻滅されたり……しないよね?
〇〇〇
お屋敷を出て、夜の海辺をキリエさんに手を引かれて歩きます。
足元が悪いかもしれないから、って、なんなら私のことをお姫様だっこで運ぶ勢いだったキリエさん。
愛されてると感じて、とっても幸せな気持ちになります。
「……この辺でいいかな」
町の灯りが少し遠い、星明かりのキレイな砂浜でキリエさんは足を止めました。
大きく息を吸って吐いて、意を決したみたいにこちらをむくそのお顔、まるで今から告白するみたいに緊張しています。
……告白!?
私、今から告白されちゃうんですかっ?
とっくにプロポーズされてるのに!?
わ、わっ、ど、どうしましょう……!
ほっぺが熱くなるのがわかって、思わず両手でおさえちゃいます。
「……ベアト? どうしたの? ほっぺ痛い?」
「あ、い、いえっ、なんでもありませんっ」
キリエさんにいらない心配させちゃいました。
反省ですね、真面目な話かもしれませんのに……。
「そっか、よかった。じゃあその、……え、と。あー、と……」
キリエさん、そわそわしています。
あっちを見たり、こっちを見たり、かと思ったら空を見て、
「星、キレイだね」
なんて言っちゃったり。
「え? ……はい、キレイですねっ」
なんだかとっても様子がおかしいですが、星はホントにキレイです。
海のむこう、水平線まで広がる満天の星空。
キラキラ輝くお星さまが夜の海に反射して、上も下も星でいっぱい。
とってもロマンチックです。
こんな場所にキリエさんとふたりっきりでいられるなんて、とってもとっても幸せです。
「……」
そっ、とキリエさんに寄りかかります。
さらに肩に頭を乗せちゃって、つないだままの手に、もう片方の手を重ねて両手で包み込んだりしちゃいました。
これじゃあ絶対に離しません、って言ってるみたいですね。
じっさい、そういう意味なんです。
「キリエさん。私、いま幸せです」
「……私も。ベアトといっしょにいると幸せ。ずっといっしょに、二人だけでいたい」
キリエさん、とっても嬉しいことを言ってくれました。
嬉しくってもっともっとくっついちゃいます。
そのまましばらくくっついて、お互いの体温を感じていました。
海風が少し強いですが、少しも寒くありません。
キリエさんといっしょにいるだけで、体中がぽかぽかしてくるんです。
「……あの、さ。ベアトは今日、楽しかった?」
不意に、キリエさんが口を開きました。
なんだか少し沈んだ感じの口調です。
「……? はいっ、とってもとっても楽しかったですよっ」
正直な気持ちを答えます。
みなさんといっしょに遊んで、にぎやかで、とってもとっても楽しかったです。
――でも、もしかして。
キリエさんは、そうじゃなかったのでしょうか。
「じつは、ね。私……、私もさ、悪くはなかった。みんなでにぎやかに騒いで、遊んで、そういうのもたまには悪くないかな、って思ったよ。でもね――」
そこでキリエさん、言葉を切りました。
自分の気持ちにあまり正直になれないこの人が、頑張って伝えようとしてくれている。
だからジャマしないよう、寄り添ったまま何も言わずに続きを待ちます。
「でも……。ベアトと二人っきりじゃないのが、嫌だった。せっかくの新婚旅行なのに二人っきりじゃなくて、ベアトも私以外の人と楽しそうにしてるのが、なんかモヤモヤした」
言い終えたキリエさんの口から、はぁ、と深いため息が漏れます。
「ごめん、こんな私イヤだよね。幻滅した? ベアトを独り占めできなくて、子どもみたいに拗ねてたんだよ。情けないよね……」
キリエさんは基本的に、こういう人です。
必要以上に自分を下げちゃいます。
とってもとっても自分に厳しい人なんです。
だから私は、いつもこういうとき、あなたに寄り添って――。
〇〇〇
情けない本音を言い終えて、見られなかったベアトの顔を見る。
笑ってるかな、怒ってるかな。
それともあきれちゃってるかな。
いったいどんな表情で――。
「ん……っ」
「むっ……!?」
……表情を見る前に、唇を唇でふさがれた。
ベアト、どうしていきなりキスなんて……。
顔を離したベアトの表情は、なんだかとっても嬉しそうに見える。
「キリエさん、やきもちやいてくれたんですね。私が他の人と仲良くしてるの見て」
「そ、そうだよ……。かっこ悪いでしょ……」
「いいえ、かわいいですっ」
「か、かわっ……!?」
まさか可愛いだなんて感想が飛び出すとは。
おどろく私を見たベアトは面白そうに、口元を軽くおさえてクスクス笑う。
笑い方にも品があるの、やっぱりベアトも育ちのいいお姫様なんだなぁ。
「キリエさん、かわいいです。それから――嬉しいですっ。私を独占したくてやきもちしてくれたのも、正直な気持ちを話してくれたのも、とってもとっても嬉しいです」
本当にうれしそうに笑うベアトの顔に、かわいいのはベアトだよ、なんて思ったり。
この子の笑顔と言葉のおかげで、さっきまで私をつつんでいた不安な気持ちはキレイさっぱり無くなった。
代わりにベアトへの愛しさがあふれてきて、細くて小さな身体をそっと抱きしめる。
「わぅっ!?」
「ベアトのこと、もっと独り占めしたい。しばらくこうしてても、いい……?」
「……はい」
私の腕の中にすっぽり収まったベアトが、軽い体重をかけて身体を預けてきた。
ぴったりくっついて、二人の心音と息遣いが重なる。
誰もいない夜の海。
寄せては返す波の音につつまれて、最愛の人と過ごす時間がすごく尊く、愛おしく感じられた。
このまま残りの旅行期間、ずっとベアトと二人っきりで過ごせたら。
みんなには悪いけど、そんなことまで考えてしまったりして。
「……あ、でもキリエさん。少しはガマン、覚えないとダメですよ?」
「え――?」
「いつかもうひとり家族が増えたら、その日からは私、キリエさんとその子のふたり占め、ですからねっ」
小さく舌を出していたずらっぽく笑うベアト。
やっぱこの子には敵わないや。
いつかそんな日も来るだろうけど、まだまだ先にしておこう。
もっと私、ベアトを独り占めしていたいもん。
クスリと笑い返してから、今度は私の方から唇を重ねる。
大好きで大切で、誰よりも愛しい私のお嫁さんとの二人だけの時間が、出来るだけ長く続きますように、と願いながら。
湯沸かし勇者の復讐譚、後日談はこれでおしまいです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
ここからの活動ですが、木曜日を目処に新作を始めようと思います。
よろしければそちらの方もよろしくお願いします。
それでは!




