370 復讐譚は英雄譚へ
二人の女王の結婚式は、そりゃもうすごかった。
王国中の人が王都に集まってのお祭り騒ぎ。
いや、王国どころじゃないか。
スティージュをはじめとした東の小国からもたくさんの人が押しかけて、王都は人でぎゅうぎゅう詰めだった。
それこそ人間ってこんなにいたのかって思うくらい。
ペルネとストラの結婚は、この大陸全体の未来を左右する重大なイベント。
歴史の一ページとして二千年先も残るような出来事なんだろう。
でも、規模の大きさとは関係なく二人はとっても幸せそうで。
大事なのは、やっぱりそっちだと思う。
「で、次はキリエたちの番でしょ? やっぱり同じくらいの規模でパーっとやる?」
式の翌日だってのに、落ち着いたらさっそくストラがブッ込んできた。
いや、たしかにこの間ベアトからプロポーズされたけどさ。
「……誰から聞いたの?」
「ベアトから」
「私が言いましたっ」
そうなんだ、ベアトが……。
別にいいけど、私だったら恥ずかしくて言えないな。
「……こんなハデにやんなくっていいよ。リボの街で仲間呼んで、ささやかに挙げられたらそれで十分」
「なんで? せっかく世界を救った勇者なんだから、ハデにかまそうよ。あたしとペルネも協力するよ?」
「ありがと、気持ちは嬉しい。でもね……」
それは、勇者というネームバリューで人を集めるってこと。
正直なところ、勇者という存在にいいイメージを持てないんだ。
エンピレオのエサ係として作られた役目だって知っちゃったし、そもそも私が勇者になったせいで村のみんなは……。
だから――。
「私はもう、ただのキリエとして暮らしたいんだ」
「……そっか。ならムリは言わない。でもキリエは本当にすごいことしたと思うよ? もう少し胸張ってもいいと思うけどな」
〇〇〇
式を挙げる日の早朝。
街の外れの霊園で、私とベアトは母さんたちの墓前に祈りをささげていた。
結婚の報告と、もう心配しなくていいってことを伝えるために。
「……そろそろ街に戻ろうか、ベアト」
「はいっ。いろいろ準備しないとですもんね」
招待状を出したみんなの出迎えの準備とか、式の準備とか、他にもいろいろ。
規模が小さいから、自分たちでやらなきゃいけないこともたくさんある。
ベアトと手をつないで、街の方にもどっていくと……。
「……なんか今日、人多くない?」
「そうですね。いつもにぎわってる街ですけど、今日は特に……」
街を歩くと注目されるのもいつものことだけど、今日はちょっと異様な雰囲気だ。
まるでお祭りの前みたいな。
まさか――いや、考えすぎだよね。
大々的に宣伝したわけでもないのにさ。
〇〇〇
小さな教会のステンドグラスから差す光。
白いウェディングドレスに身をつつんだベアトはすっごくキレイで可愛くて、他の全てがかすんでしまうくらい。
「キリエさん、娘を頼みます」
「……はい」
ベルナさんからベアトを託されて、小さなその手を引く。
私を見つめるベアトの瞳はうるんでて、頬もほんのりと赤い。
私のドレス姿、この子にはどう映ってるのかな。
牧師さんがいる祭壇の前へ行って見つめ合う私たち。
誓いの言葉うんぬん言ってるとこ悪いけど、お互いの存在以外、もう目にも耳にも届かない。
誓いは本来、神様の前で神様に聞いてもらうもの。
だけど私たちは、少なくともエンピレオなんて神様はいないって知っている。
「キリエさん……」
「ベアト……。ん……っ」
だからこの誓いの口づけは誰のものでもない、私たちが私たちで誓うものだ。
触れた唇を離すと、とたんに鳴り響く拍手。
この遠慮のなさはトーカだな……。
「いよっ、お二人さん! お幸せにな!!」
「お熱いですねー、お熱いのです。……ちょっとうらやましいですね」
「おねぇちゃんたちきれいだよー!」
「うっ、うぅっ、お二人ともお幸せにッス……」
トーカの声を皮切りに、次々と浴びせられる冷やかし――もとい祝福の声。
今この教会の中にいるのは、ベルナさんとクレールさん、リーチェをはじめとしたベアトの親族たち。
お忍びの変装でやってきたストラとペルネの両女王。
それからいっしょに街に住んでるトーカたち四人。
これ以上は入らないから、あとのメンバーは教会の外で待ってもらっている。
「キリエさん。私たちの晴れ姿、みんなにも見せに行きましょう?」
「そうだね、行こうか」
みんなの拍手の中、赤いカーペットの上を二人並んで歩いて、教会のトビラを開け放つ。
その瞬間。
「「ワアアアアアァァァァアアァァァァァァッ!!!!!!!」」
出迎えたのは空気を揺るがすほどの拍手と大歓声。
そして教会前の広場や道をおおいつくすほどの人、人、人。
たしかにリーダーやギリウスさん、イーリアたちも最前列にいるけど……。
「な、なにこれ……。……もしかして、ベアトが?」
「私、なんにもしてませんよ……?」
ベアトもきょとんとしたまま、ぼうぜんとしてる。
そんな私たちの後ろから、ストラとペルネがポン、と肩をたたいた。
「そ。ベアトも――もちろんあたしたちもなんにもしてない」
「ただ単純に、これだけの人が結婚のウワサを聞きつけて、キリエさん、あなたを祝福したくて集まった。それだけのことです」
「わ、私を……? そんなこと、あり得るの……?」
「あり得ますっ!」
今度はきっぱりと、ベアトが断言する。
「キリエさん、自分で自分の凄さをわかってないんです。自己評価が低すぎます」
「……うん、そうだね。確かにそうみたいだ」
勇者はエンピレオのエサ係。
だけど、それだけじゃない。
人々に希望を与える救世主、それが勇者の持つ本来の意味。
語り継がれてきた英雄譚の主役も、そのほとんどが勇者だった。
復讐から始まった血塗られた道のり。
全てを失ってから、仇を討つためにがむしゃらに進んでいった間に、どうやら私はいつの間にか本当の意味で勇者になっていたのかな。
だとしたら、この勇者って称号もちょっとは好きになれるかも。
「ほら、キリエさん。手をふってあげましょう」
「……照れ臭いけどね。それでみんなが喜んでくれるなら」
ベアトと手をつないだまま、もう片方の手を大きく振る。
大歓声はひときわ大きくなって、リボの街を囲む山々に響きわたった。
湯沸かし勇者の復讐譚、これにて完結です。
最後までお付き合いいただき、誠に、誠にありがとうございます!
皆様の応援のおかげでコミカライズ化という夢のような出来事にも恵まれ、本当に感謝しきりです!
今回で連載は終了ですが、折りを見て外伝の投稿などをしていけたらと思っています。
また、コミカライズ版湯沸かし勇者の復讐譚がマンガUP!様にて好評連載中です!
こちらもまだまだ続いていく予定ですので、発売中の単行本共々これからもよろしくお願いします!
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最後に重ねて、ここまで本当にありがとうございました!
追記:12/7 新連載を開始しました。
もしよろしければご一読くださると幸いです。