37 氷の舞踏
ブルトーギュの息子第一号、ヘドが出るレベルの腐れ外道だ。
こいつが跡をついだら、なるほど王国は安泰だね。
もちろん、悪い意味で。
「さぁて、傷の観察がすんだところで、キミの肌に新しい傷を刻もうか」
本当に気持ち悪いなコイツ、なんて思ってるヒマもない。
タリオの姿がぶれて、次の瞬間には目の前に。
反応できるギリギリの速さで、私の腕を切断しにかかる。
体をそらして直撃は避けるけど、右腕を切っ先がかすめて傷が走った。
「いたっ……」
「いいよぉ、その顔! もっと傷ついて、もっと苦しんでおくれ!」
コイツ、本気なのか遊んでるのか。
もう二度、三度、四度と同じ展開を繰り返し、そのたびに腕に赤い線が増えていく。
傷はそんなに深くないけど、タリオが嬉しそうなのが最高に気分悪い。
「いい加減にしろ、この変態っ!!」
苦しまぎれに一回転しながらソードブレイカーを振ると、タリオは距離を離した。
けど、それで攻撃が終わるはずもなく。
「今のキミの姿、最高に美しいよ。もっともっと、赤い色で彩ってあげよう」
つららが三個、アイツの周りに出現。
プカプカ浮きながら、とがった先っぽがこっちに向いた。
「ホーミングアイシクル」
まあ予測できてたけど、そいつらが私めがけて飛んでくるわけだ。
速度はそんなでもないから、体をひねってしゃがんで飛びはねて、全弾回避。
三本仲良く後ろにすっ飛んでった。
けどさ、追尾っつってたよね。
「……やっぱりか、チクショウ」
思ったとおり、振り向けば三本のつららがものすごい勢いで反転してきてた。
「さあ、踊りたまえ」
で、お前は高みの見物か、クソ野郎。
(よけるだけじゃ意味がない。破壊するか溶かさないと……!)
氷は水、沸騰で溶かせるはず。
うまく触れれば、の話だけど。
まずは、地面スレスレを突っ込んでくる先頭のつららに向かって走る。
当たるギリギリでジャンプして、空中で逆さまになりながら指先でタッチ。
遅れて突っ込んで来た二本目のつららを、宙返りしながらソードブレイカーではじく。
最後に、着地しつつ三本目を真っ二つに斬り裂いた。
「これでっ——」
触れた一本目は、もう地面に落ちて溶け始めてる。
あとは弾いた二本目をどうにかすれば——。
ズド、ズドッ!
「がっ……!?」
真っ二つに斬ったはずの、半分に割れたつららが右肩と左のふとももに突き刺さった。
破壊しても意味ないのかよ。
この魔法、斬った程度じゃ止まらないんだ。
粉々になっても動き続けるかもしれない。
痛いけど痛がってる場合じゃない。
ささった氷に手早く触れて、溶かしながら引っこ抜く。
血がいっぱい出るけど、知るか。
死ななきゃ安いもんだ。
「今度こそ、あと一つ……っ!」
魔力を流して溶かしてしまえば、追尾は止まるんだ。
顔面めがけて飛んできたつららを右手でキャッチ。
「溶けろっ!」
魔力を流して、一瞬でお湯にしてやった。
よかった、右肩クソ痛いけど、まだちゃんと動く。
まだ戦える。
「お見事、全てを片付けるとは!」
全部のつららを溶かしても、こいつの余裕は崩れない。
そりゃそうだ、たくさんある魔法の一つが破られただけだもん。
「またまた素晴らしい傷付き方だよ。正直に言わせてもらうと、たまらない……」
べロリと舌なめずり。
ホントに気色悪いよ。
「次は……っ、何するつもりだ……。はぁっ、はぁ……、全部、溶かしてつぶしてやるよ……」
「惜しいなあ、女の子なのにその言葉づかい。そこだけが僕の好みを外れていて、本当に惜しい」
「いいこと聞いたよ……っ、このクソ野郎……!」
「教えるべきではなかったかな。さて、そろそろ終局といこうか」
今度は左手に、氷で作られた剣が現れた。
騎士剣の方も氷に覆われて、二本の氷の刃が完成。
あれってつまり、剣をへし折っても無意味ってことかクソッタレ。
「ラストダンスだ。キミの鮮血で、僕の氷を美しく飾り立てておくれ」
ニヤリと笑って、一気に距離をつめてくる。
そうして次々と浴びせられる、左右の剣撃。
ソードブレイカーで防いで、必死に体を動かして、なんとか致命傷だけは避ける。
ただでさえ速いのに、リキーノなんて話にならないくらい速いのに、肩と足の痛みが邪魔をする。
と、いうか、全身もれなく痛い。
痛い、痛すぎて腹立つくらい。
「何がこのっ……、気取ったセリフばっかり、吐きやがって……っ!」
「僕とお喋りしたいのかい? そんなつもりも余裕も、キミにあったっけかな?」
悔しいけどその通り。
コイツが勝負を決めにきてるのは本当だ。
右から、左から、斜め上から、一回転して二本連続で。
二本の剣での攻撃がはげし過ぎて、一瞬でも気を抜いたらやられちゃう。
(くそっ、負けてたまるか……! ブルトーギュはコイツより強いんだろ……? コイツを殺せなくて、どうやってアイツを殺すんだよ……!)
どれだけ強く思っても、実力差は埋まらない。
右から来る氷の刃を防御してる間に、左の剣をよけきれず、左腕を深く斬られた。
痛みが走って、ほんの少し動きがにぶって、そのほんの少しが致命的。
続けて上から振り下ろされた二本の剣の同時攻撃をガードしようとして、
ガキイイィィィィン!
しきれずに、剣を弾かれた。
「まずっ……」
くるくる回って、地面に突き刺さる。
丸腰。
無防備の状態で、しかも体勢崩れて思いっきり体が開いてて、心臓突いてくださいって言ってるようなもんじゃん、これ。
「さあ、クライマックスだ。美しい断末魔を聞かせてくれよ」
殺される。
終わりだ。
こんなところで。
ブルトーギュとも戦えないまま。
ゴメン、母さん、クレア、みんな。
私、仇、討てなかっ——。
「ロックラッシュっ!!」
「……チッ、お楽しみの最中に」
小さな石が、タリオに向かってたくさん飛んできた。
メロちゃんたちのいる、洞窟の方から。
そうだよね、メロちゃんも仇が討ちたかったんだ。
コイツを、殺したかったんだ。
「タリオっ、みんなの仇っ! 死ねっ、死ねっ、死ねぇぇっ!!」
怒り、悲しみ、色んなものがこもってるメロちゃんの魔法。
あの子、泣きながら連射してる。
けど、気持ちだけではどうにもならなくて。
二本の剣で全部斬り落とされて、一発も届かない。
「……はぁ、うっとおしい。先に黙ってもらおうか」
タリオがつららを一本生み出して、メロちゃんに向かって放つ。
……ありがとう、おかげで隙が出来た。
痛みをこらえて、クソ野郎に手を伸ばし、そして、
「ゆ、勇者、今、僕に……っ、触れっ……!」
「触れたよ? 指先でちょん、ってね」
タリオの右手首に、なんとか触れられた。
魔力を流し込んで、【沸騰】させてやった。
「くっ、ぐぅおおああぁぁぁぁぁっ!!!」
バキッ!!
「あ゛ぅ……っ!!」
苦し紛れの裏拳をまともに喰らって、顔を思いっきり殴り飛ばされた。
ごろごろと地面を転がる私の体。
多分鼻血も出た。
けど、もう終わりだ。
沸騰の力は、全身に回るようにしておいた。
手首の肌が弾けて、肉が剥き出しになる。
右手が溶けて、騎士剣ごと手首が落ちて、腕を伝って胴体めがけ、すごい速さでどんどん上っていく。
メロちゃんの方は……良かった、ジョアナがかばってくれて無事みたいだ。
つららで肩を刺されたジョアナを、ベアトが治療してる。
メロちゃんは、うつ伏せに倒れて泣いていた。
「クソっ、クソォォっ!! 僕は死なない、この世の全てを手に入れるまで、まだ死なないッ!」
ズバシュッ!!
……いや、ウソでしょ。
コイツ、迷わず自分の右腕を斬り落とした。
左手の氷の剣で、【沸騰】が上ってくる前に。
「ハァァァっ、ハァァァァっ……!」
傷口を氷で包んで止血して、斬り落とされた右腕は血肉が溶けて骨だけに。
私の【沸騰】から、まさか逃れるだなんて……。
「見くびっていた、まだ見くびっていたよ……。右腕はその代償だ……。あぁ、痛い。涙が出そうだ」
本当に泣いてるし、気持ち悪っ!
……でもこれで敵は片腕、戦力半減だ。
次が最後の勝負、ケリつけてやる。