369 大切だからこそ
「どうしたらいいんでしょう、お母さん、おばあちゃん……」
ここはパラディの大神殿。
大司教のお部屋の奥で、私はベルナお母さんとグリナおばあちゃんに相談の真っ最中です。
お城のパーティーに来ていたグリナさんの【月光】で、私とキリエさんはパラディへ運んでもらいました。
たまには実家に顔を出したかったから、というのもありますが、家族に悩み事を相談したかったのが一番の理由です。
「キリエさんにとって、家族ってとっても大事な、誰にも踏み入ってほしくない部分だと思うんです。そこに私が入っちゃって、本当にいいのかなって……」
相談の内容は、キリエさんとの結婚について。
あの人といっしょに暮らし始めて二年、そろそろそういう流れになってもおかしくない頃です。
でも、なんだかどちらからも言い出せない空気が流れていて……。
この話、キリエさんには聞かれたくなかったので、あの人には席を外してもらってます。
家族水入らずで話すといいよ、って言われましたし、不自然に思われてはいないはず……です。
「ベアト……。それで、あなたはどうしたいの?」
「私は……。私は、キリエさんと一緒になりたいです。あの人と本当の意味で結ばれたい。でも、あの人がそれを望んでなかったら……」
「諦めるってのかい?」
おばあちゃんが私の言葉をさえぎります。
いつもの優しいおばあちゃんとは違う、少しするどい声で。
「相手を思いやれる優しさはアンタの長所だよ。誰にだってできることじゃない。けどね、言いたいことを我慢して自分の気持ちを抑え込む。コイツは不健全だ。いつか爆発しちまうよ」
「おばあちゃん……」
「……なぁに、心配は無用さ。あの子に限ってアンタの気持ちを踏みにじることはしない。もし断ったらあたしがぶん殴ってやるよ」
ぽんっ。
最後はいつもの調子で、にっこりと笑いながら。
おばあちゃんは私の頭をなでてくれました。
「……ありがとう、おばあちゃん」
キリエさんは殴ってほしくないですけど。
「ベアト、本当に大きくなったのね」
それから、お母さんが私をぎゅっと抱きしめてくれました。
安心するぬくもりに、自然と顔がほころんじゃいます。
「優しい子に育ってくれてありがとう。でも、これからはもっと自分に正直になって。そして、幸せになってね」
「……はいっ」
〇〇〇
エンピレオが討伐されてから、教団内部はそりゃもう大変だったみたい。
これからの教団の在り方はどうなるか、真相を世間に伝えるかどうか。
揉めに揉めたその末に、ひとまずエンピレオの消失と、魔物と勇者がこれ以上生まれないことだけは発表された。
その原因が王都で暴れた怪物にあることも。
二千年もの間、多くの人に神様だと信じられてきたエンピレオ。
その正体が魔物を生み出すバケモノだったと一般市民に知らせるには、ちょっとリスクがデカすぎる。
ましてやパラディはこの大陸の最大勢力だ。
知らない方がいい真実ってのは、やっぱりあるわけで。
全ての真相はエンピレオ信仰が薄れた頃に公表されるらしい。
もちろん、今もパラディの内部はゴタついてる。
神の消失なんて大事件、熱心な信者の問い合わせが毎日毎日殺到だ。
リーチェもベルナさんも大変な状況の中、のんきにベアトにプロポーズなんてしてもいいものか。
ベアトだってそんな場合じゃないんじゃないか、どうしてもそう考えてしまって。
「はぁ……」
大神殿の中庭でベアトを待ちながら、私は一人ベンチに座って、晴れた空にため息をひとつこぼす。
「辛気臭いわね、勇者キリエ。なに一人で負のオーラ放ってんのよ」
「……なんだ、リーチェか」
「そうよリーチェよ。ベアトじゃなくて悪かったわね」
ベアトにそっくりな、だけど性格は正反対の双子の姉、リーチェ。
青髪の小さな女の子の手を引いて、私のとなりに腰をおろした。
「おねぇちゃん、このひとは……?」
「勇者よ、勇者。一応、私の命の恩人ね」
この子の名前はニーア。
捨て子だったのをリーチェが見つけて、親が見つからなかったから育てることにしたらしい。
まぁ、それは置いといて。
「で? ベアトを置いて一人でなにやってるの?」
「ベアトはベルナさんとクレールさんのとこ」
「ベアトじゃなくて、アンタのこと聞いてんだけど。とくにため息の理由」
「それは……、いいか、話しても」
どうせリーチェだし。
ぼんやり空をながめながら私は話した。
パラディが大変な中、ベアトにプロポーズをしてもいいものか。
そんな悩みをつらつらと。
「……アンタ、バカじゃないの?」
「ゆーしゃのおねぇちゃん、ばかなの?」
「そうよ、コレはバカ」
「おい、子どもに変な言葉吹き込むな」
相談して失敗したか、これ。
「だってバカじゃない。ベアトがそんなこと気にすると思う? アンタに求婚されたらぴょんぴょん喜んで終わりよ」
「そんな簡単に――」
「いくわよ、簡単に。前から思ってたんだけど、アンタらお互いのこと、大切にし過ぎて遠慮し合ってない?」
「う……っ」
な、なかなか痛いとこ突いてくるじゃん。
「そんな調子で、いっしょに住んでて窮屈って思わないの?」
「思わない。思わないけど……」
……でも、よくないのかな。
お互いに気をつかってばっかりってのも。
「……ま、いいわ。私はこの子とお散歩の真っ最中。アンタと話したのはもののついで。ちょうどベアトも戻ってきたようだし」
「え?」
「ほら、行きましょ?」
「うん。またね、ゆーしゃのおねぇちゃん」
さっと立ち上がり、ニーアの手を引いて立ち去っていくリーチェ。
その視線の先には、小走りでこっちに来るベアトの姿が。
私も急いで立ち上がって、ベアトの前まで駆け寄っていく。
「キリエさんっ、お待たせしましたっ」
「ベアト。お母さんたちとはもういいの?」
「はいっ、話したいこと全部話しましたから」
「そっか……」
向かい合ったまま不意に途切れる会話。
頭の中に求婚とかプロポーズとかがぐるぐる渦巻いて、気まずくなってしまう。
しかもなぜかベアトまで、顔を真っ赤にしたまま固まっちゃうし。
「「あ、あのっ」」
そしてダブる声。
余計に気まずくなったんだけど、なんだこの空気。
「……えっと、ベアトから先に言って?」
コレは遠慮とかじゃなくって、私のは重いヤツだからね。
後回しにした方がいいかなって。
「あ、はい……っ。あの……っ。あ……っ、ぅ……っ。……ぇぅっ」
……ところが、ベアトの様子がおかしい。
顔を赤くして、もじもじしながら。
声が出なかった時みたいに、小さな声をのどからしぼり出そうとしてそれでも出てこない、そんな感じだ。
「……ぅぅぅっ!」
そしてとうとう、肩から下げたカバンの口を引っ張って、中から羽ペンと紙を取り出した。
真っ赤になりながらサラサラと羽ペンをすべらせて、ヤケっぱちって感じで私につきつける。
耳まで赤くなった顔を紙で隠しながら。
その紙に書いてある文字は――、
『けっこんしてください!!!!!』
……だった。