364 あの時の続きを
秋も深まって、肌寒い季節になってきました。
デルティラード盆地を囲む山々が、もうすぐ白くそまる頃です。
お布団の中にいても、朝はちょっと寒いですね。
なんにも着てないとなおさらです。
だから私はお布団の中をもぞもぞして、ぴったりとキリエさんにくっつきます。
「……ベアト、おはよう」
あ、キリエさん、もう起きてたみたいです。
お布団から顔を出すと、やわらかく微笑んだキリエさんの顔が見えました。
キリエさん、自然に笑えるようになってきました。
まだ回数は少ないですが、あのキリエさんが笑えるようになったんです。
胸の中がとっても幸せになって、思わず抱きついちゃいます。
「わっと。どうしたのさ、甘えてきちゃって。もしかして寒い?」
「んうっ」
くっつきにいったのは寒かったからですが、抱きついたのはキリエさんが愛おしくてたまらなくなったからでして。
全部伝えるのはなんだか恥ずかしくって、もっとぎゅーっとしちゃいます。
たとえ裸でも、キリエさんとぴったり肌を寄せてたら寒さなんて感じませんね。
〇〇〇
ストラやリーダーたちがスティージュに帰って、はや二か月。
あの戦いなんてもう三か月近く前か。
今、この元リターナー武具店にトーカとメロちゃんは住んでない。
トーカがドワーフの国に里帰りすると言い出して、メロちゃんもついて行っちゃったからだ。
あの二人、二人っきりで大丈夫かな。
ケンカとかしてないといいんだけど……。
だったらこの家には私たち二人以外誰もいないのかというと、実はそうでもなくって。
「お二人さん、おはようさんッス」
「おねーちゃん、おはよっ!」
ベアトと二人で二階から降りてきたら、リフちゃんのハグがお出迎え。
テーブルではクイナが、湯気を上らせたコーヒーカップを片手に座ってる。
「おはよ、二人とも。もう起きてたんだ」
「お二人が遅いだけじゃないスか? 仲よさそうでなによりッス」
「……別に普通だから」
私のおなかに顔をぐりぐりするリフちゃんの頭をなでなでしつつ、ジト目をむけてくるクイナの追求を受け流す。
この二人、元々はリーダーとかと一緒に貴族街のお屋敷の方で世話になってたんだ。
でもみんなスティージュに行くことが決まって、この二人だけが王都に残ることに。
私といっしょにいたいって言うリフちゃんの希望で、いっしょに住むことが決まった。
クイナの方も、一人でお城や貴族屋敷に住むのは気まずいからって。
もともと地下にはたくさん部屋があるし、トーカたちがいてもまだスペースには余裕があった。
女の子が二人くらい増えても、まったく問題なし。
「えへへ。つぎはベアトのおねえちゃん!」
私のなでなでに満足したリフちゃんが、今度はベアトに抱きついた。
ニコニコしながらなでなでするベアトと、嬉しそうなリフちゃん、二人ともかわいいな。
ほほえましく見守りながら、クイナの正面の席に腰を下ろす。
「朝ごはん、私が作る?」
「お願いするッス」
「りょーかい。ただし王宮やお屋敷の豪華な料理にはぜんぜん負けちゃうから、期待しないように」
「豪華な料理より、素朴な料理の方がジブン好きッスよ?」
「……誉め言葉と受け取っとくね」
「褒めてるッスよー?」
うん、ホントに褒めてるんだろうけどさ。
首をかしげながらキッチンに向かいつつ、笑みがこぼれてしまった。
うん、平和な日常だ。
ホントに、全部終わったんだ……。
クイナいわく素朴な朝食を終えて、おだやかな朝のひととき。
リフちゃんはなぜだか、クイナのひざまくらでスヤスヤ眠っている。
「……なついてるね、クイナに」
「ぅん」
ベアトも意外そう。
リフちゃんって私に一番なついてるイメージだったのに。
「あー、と、コレはッスねー……。じつは女王様たちと王都から避難してる道中、グリナさんの【月光】で盆地の外の村まで飛んだ時の話なんスけどね?」
「私がエンピレオと戦ってる真っ最中だね」
あの時はベアトが殺されたと思って頭に血がのぼってたから、どのくらいの時間戦ってたのかハッキリと覚えてない。
とにかくあのタイミングでなにか起きてたのかな?
「この子がすっごく不安そうにしてたんで、そばについててあげてたんスよ。パラディの時から見知った仲ッスし、知らない人より知ってる人の方がいいかなって」
「……で、なつかれちゃったんだ」
「みたいッスねー」
起こさないように頭をゆっくりなでながら、クイナはとってもおだやかな表情をしてる。
「でも、まぁ悪い気はしないッス」
「かわいいからねー、リフちゃんってば」
「……っ!」
こてん。
「……ベアト?」
ベアトがとつぜん、私のひざの上に寝転んできた。
しかもほっぺを膨らませて。
なんだろう、甘えたくなっちゃったのかな。
さっきもベッドの中で甘えてきてたし。
とりあえずなでなでしてみる。
「よしよし、ベアトも甘えん坊だね」
「んぅ……、ぇへ……」
お、機嫌直ったっぽい。
にへらー、って笑いながら私のお腹に顔をうずめてすんすんしてる。
よかったよかった。
「見せつけてくれるッスねー」
「別にいいでしょ、付き合ってんだから」
「悪いとは言ってないッスよ? ただ、お邪魔じゃないかなーって」
「……ジャマだなんて思わないよ。クイナは大事な友達だもん」
「んっ!」
ほら、ベアトもコクコクうなずいてるし。
「だからさ、そろそろ約束果たそうかなって。ほら、王都もほとんど元通りでしょ?」
「……あの時の続き、ッスか?」
「ちょうど、ここで中断しちゃったからね。あの時見て回れなかったぶん、私たちといっしょに王都を見回ろうよ」