362 離れていても
イーリアさんといえば、あの戦いの功績で次期騎士団長間違いなし。
大兄貴がスティージュの騎士になった今、間違いなくデルティラード最強の騎士だ。
そしてベルちゃんは、ペルネの影武者を完璧に演じられてたように、その知識と教養は正真正銘マジの本物。
今やペルネの右腕として、政務に力をふるっている。
そんな二人のカップルは、そりゃもう誰もが羨むような……。
「……あの、陛下?」
「はっ……!」
いけないいけない、ジロジロと二人の顔を見ちゃってた。
これじゃホントにおかしな人だと思われちゃう。
「こ、こほん。ごきげんよう、イーリアさんにベルちゃん。二人連れだっちゃって、ラブラブってカンジだね」
「な……っ、わ、わたしたちはただ、ペルネ様へご報告に参ったところを偶然出会っただけであって、ら、らぶらぶなどと、そのようなことは……っ」
くいっ。
しどろもどろなイーリアさんのそでを、ベルちゃんが控えめにひっぱった。
しかもほっぺを片方だけ膨らませちゃって。
「……ラブラブじゃないの? ちがうの?」
「う……っ、ち、ちがわ、ない、です……」
ベルちゃんやるねー。
一撃でノックアウトした恋人に、してやったりのしたり顔。
「うらやましいねーお熱いねー。ひゅーっ」
「うぅ……、ストラ様まで、からかわないでいただきたい……」
「いいじゃない。ラブラブなのは事実でしょ」
イーリアさんの腕を思いっきり抱き寄せるベルちゃん。
いいなぁ、幸せそうで。
けど、この二人も簡単に今の関係になれたわけじゃないんだよね……。
「……あのさ、今はそうでもないけど、元々二人って身分違いの恋ってヤツだったじゃん? 恋人になるにあたって、やっぱり踏ん切りとか必要だったのかな」
あたしとペルネは身分違いじゃなくって、むしろ全くおんなじだからこその壁があるわけだけど。
それでも、なにか参考になるかな、と思って聞いてみる。
「……そうですね。ためらいが皆無だったかと言えばうそになります。ですが――」
寄りそうベルちゃんを愛おしそうに撫でて、イーリアさんは迷いのない言葉を口にした。
「たとえどのような困難に阻まれたとしても彼女を守り抜く。我が剣に、そう誓いましたから」
「……そっか、ごめんね、変なこと聞いちゃって」
どのような困難があっても、か。
そうだよね、困難にぶち当たる前からうだうだ考えたって仕方ない。
出会ったそばから全部なぎ倒しちゃえばいいんだ。
「ありがとう、参考になった! じゃあね、二人とも!」
「あ、ストラ陛下!?」
思い立ったらすぐ行動!
二人をその場に置き去りにして、あたしはペルネ目指して突っ走りはじめた。
……と、勢いに任せてみたはいいものの、ペルネは執務室でお仕事の真っ最中。
王都の復興作業の指示とか、キリエの村の再建とか、やるべきことはたくさんあるもんね。
机に座って羽ペンをおどらせるペルネをじっとながめて、時々お話しながらしばらくたったころ。
小さく息を吐きながら、ペルネがペン立てに筆を置いた。
「ストラさん、お待たせしてごめんなさい。どうしても終わらせなければならなかったので……」
「気にしないで。突然押しかけちゃったあたしが悪いんだしさ。そんなことより終わったんでしょ? お茶飲みながら休憩しようよ」
「えぇ、では用意させますね」
呼び鈴をチリンと鳴らしてメイドを呼びつけて、お茶とお茶菓子を用意するように指示するペルネ。
産まれた時から王族ってカンジの手慣れたしぐさ。
あたしはまだ、こういうのに抵抗あるからなー。
バルコニーにテーブルが持ってこられて、あたしとペルネは王都をながめながらカップをかたむける。
天気は晴れ、きのうの慰霊式典での雨がウソみたいだ。
「王都の復興、かなり進んできたねー。さっすがペルネ」
「皆の努力の結果ですよ。私はただ、ここから指示を出しているだけ」
「そんなことないって。ペルネがいるからみんな安心して王都に帰ってこられて、こんなに頑張れるんだ」
……そう、女王様が国にいるからこそ、みんな安心して頑張れる。
逆に言えば、国にいなけりゃ国民は不安になる。
私だって女王様なんだから、いつまでもここでこうしていられない。
「……あのね、あたしそろそろスティージュに帰らないとなんだ」
「そう、ですか……。仕方のないこととはいえ、さみしくなりますね」
これまでもペルネと離れることは何度かあったけど、やっぱり寂しい。
国元にいなきゃいけない女王様同士なんて、年に何度会えるのかもわからない。
だったら会えるときに言いたいこと、したいことをハッキリ伝えなきゃ!
「あ、あのね、ペルネ……! あ、あたし、ペルネのこと、その……っ、す、好きっ、なの!」
「はい、私も好きですよ?」
あたしの一世一代の告白を、ペルネはきょとん、とした表情で返してくれた。
あ、コレ伝わってないヤツだ。
「そういう意味じゃなくて……。だから、こ、恋人になりたいってこと!!」
「……え? え、えぇっ!?」
おぉ、顔を真っ赤にしてあたふたしてる。
こんなペルネはじめて見た。
きっとあたしも負けないくらい、顔を真っ赤にしてるんだろうね……。
でも、見慣れないペルネだったのはほんのちょっと。
すぐに真面目な、落ち着いた表情にもどって、真剣な目であたしに問いかけた。
「……ストラさん、その意味するところをわかっていますか? 私たちはともに一国の王。ともに暮らすことはおろか、気軽に顔も合わせられません」
「わかってるよ……、覚悟の上」
「会えない時間が、気持ちを冷ましてしまうかもしれない。そうならないと、言い切れますか?」
「ならないし、ペルネにもさせない! 考えて考えて、その上で決めたんだ。だからペルネ、あたしの嫁になりなさい!」
じっと、見つめ合う。
数秒か、数十秒か、それとも一分か。
沈黙が続いたあと、
「……ふふっ」
ペルネが急に噴きだした。
「な、なにさ、笑っちゃって……!」
「だって、命令されたのなんて生まれてはじめてで、それも嫁になりなさいだなんて、おかしくって……っ」
「もう、こっちは真剣に――」
「伝わりましたよ、ストラさんの真剣さ」
ペルネの手が、あたしの頬にそっと触れる。
細くて白くてなめらかな指に、心臓がドキっと跳ねた。
「私の気持ち、冷めさせないでくださいね……?」
「あったり前。ストラさんをナメないでよ?」
お茶とお菓子の香りと、ペルネのちょっと甘い香りにつつまれて。
王都をバックに、あたしたちはちゅっ、と、触れるだけの口づけをかわした。