36 第一王子・タリオ
「ジョアナはベアトとメロちゃんをお願い。二人を守ってあげて」
「あなたは? まさか突っ込むの?」
「突っ込む」
「死ぬわよ?」
「死なないよ。ブルトーギュをブチ殺すまでは」
テントから出てきてたベアトが、ジョアナのところに走ってく。
しっかり守ってあげて。
私は今から、こいつら全員地獄に叩き込む。
一歩、二歩、と前に出ながら、ソードブレイカーを引き抜く。
はじめは重かったこの剣も、カインさんに勝ってから羽みたいに軽い。
あの人のおかげで、今の私は負ける気がしない。
「前衛部隊、かかれ」
タリオの指示で、二十人くらいの敵兵が突っ込んでくる。
全員じゃないのか、その数で十分だと思ってんのか、ナメるなよ。
私も敵の群れへと走り出して、先頭のヤツの顔面の指先でちょん、と触れた。
「ぎゃぱっ!!」
まず一人、顔面が弾けて即死する。
その後ろから来た二人が、同時に剣を振りおろしてきた。
遅い。
あくびが出るくらい遅い。
左のヤツの剣をソードブレイカーで受けて、右のヤツの攻撃はヒラリと回避。
クシに絡めた剣をへし折ってから、二人続けて指先でタッチ。
まとめて頭が破裂、サヨナラだ。
「さあ、どんどん来なよ。私に殺されに、さ」
先陣を切った三人があっさりと殺されて、すっかりビビったみたい。
親衛隊の精鋭さんとやら、腰が引けてるよ?
「そこまで。総員、戻れ」
……いや、なんでさ。
タリオの指示で攻撃中止、全員入り口に引き上げてった。
「……どういうつもり?」
せっかくこのまま、全員ブチ殺してやろうと思ったのに。
「正直に言わせてもらおう。キミを殺すには、この兵力では不十分だと判断した。もし殺せたとしても、我が親衛隊は壊滅的な損害を受ける。そのような戦、たとえ勝っても負け戦となんら変わりないだろう?」
「ようするに、兵士の心配したんだ。お優しいこって」
「褒め言葉だと受け取っておくよ」
皮肉も通じないのか、コイツは。
「それと、もう一つ。キミの力をこの目で見て確かめたかった。報告に聞いただけでは、にわかに信じ難くてね。触れただけで人が死ぬなどと」
なるほどね。
私の力を確かめるために、三人犠牲にしたんだ。
それはそれは、お優しいこって。
「これではっきりした。僕は絶対にキミには触れさせないよ。指の一つも触れられず、我が剣と魔法が葬ろう」
「……その口ぶり。まさかあんた、一人で私と戦う気?」
「兵と共に戦えば、キミと僕の攻撃で大勢の死者が出るだろう。これがもっとも損害の少ないやり方だ」
つまり、確実に私に勝つ自信がある、と。
いくら強くても、それはうぬぼれじゃない?
私にとっては好都合だけど。
「上等。早く始めようよ」
「そうあせるな。暴れるにはここは少し狭い。表に出よう」
タリオの野郎、兵士たちとノアを連れて、本当に入り口の包囲を解きやがった。
私が逃げないって確信があるからか。
その通りだけど。
「キリエちゃん、気をつけなさい。アイツは氷魔法と剣技を使う。遠距離近距離、両方に隙がないわ」
「わかった。ジョアナは引き続き、二人をよろしく」
「あの、キリエお姉さん……」
メロちゃんが、祈るような表情で私を見上げてくる。
アイツ、家族の仇だもんね。
気持ちはわかる、痛いほどわかるよ。
「しっかり見てて。私がアイツを殺すとこ」
「はい、です……!」
頭を軽く撫でてから、メロちゃんに背中を向けて、タリオへの殺意を煮えたぎらせる。
「……っ!」
最後にベアトが袖をつまんで来たけど、ごめんね。
今、ベアトの顔は見れない。
キミの心配そうな顔を見ちゃったら、私の中の怒りが、憎悪が、殺意が薄まりそうだから。
「大丈夫、行ってくるね」
背を向けたまま、それだけを伝えて、洞窟の入り口へと歩き出した。
タリオの兵士たち、わりと遠くに固まってるな。
その真ん中にノアが守られてる、間違っても巻き添えを食わないようにってとこかな。
で、タリオのクソ野郎、マジに一人だけで堂々待ってくださってた。
ジョアナたちは洞窟の入り口から、こちらの様子を見守ってる。
「遅かったね、勇者キリエ。目の色変えて殺しに来る狂犬かと思っていたけれど、案外冷静なのかな?」
「あんたとお話するつもりはないんだけど。それより待ちくたびれた。早く殺り合おうよ」
「野蛮な限りだ」
ため息つきながら騎士剣を抜くタリオ。
野蛮なのはお前の国だろうが、ふざけんな。
左手にソードブレイカーを握って、少しの間にらみ合って。
先に動いたのは、私。
一気に距離をつめて、剣をへし折って顔面に触れる、必勝のパターンを狙って駆け込む。
「そんなにこの僕に触れたいのかい?」
タリオはその場から動かずに、左の手のひらを向けた。
「ヘイルストーム」
拳大の雹が、吹雪に乗って大量に飛んでくる。
右に転がって避けてから、また突っ込もうとするけれど。
「女性に触れられるのは歓迎だがね、そのリクエストには答えられないな」
吹雪が私を取り囲む形に変わって、完全に閉じ込められた。
全方位をぐるぐると雹が回る、ドーム状のオリの中だ。
「キミを触れずに始末する。実行させてもらうよ?」
タリオがパチン、と指を弾くと、周りを回ってた雹が動きを変えて、いっせいに私に向かって飛んできた。
ヤバい。
このままじゃ、ズタズタにされる……!
「うっ、ああぁぁぁああぁあぁっ!!!」
体中にぶつかる氷の塊。
痛い、死ぬほど痛い。
気絶しないように大声上げて、頭と心臓だけガードして、なんとか耐えた。
体の方も丈夫になってるのかな、青あざと擦りキズだらけでボロボロだけど。
「なんと耐えたか、驚いたよ」
攻撃が終わったと思ったら、もう次かよ。
今度は剣を振りかざして、斬りつけてきた。
ガギィィィッ……!
ソードブレイカーの峰で受けるけど、やっぱり外されてギザギザがない根元に。
あの女騎士ですら出来たこと、コイツに出来ないわけないか。
「結局、近付いてきてんじゃん……!」
「だが触れられないだろう? キミの力では、片手を離した瞬間に押し切られる」
くやしいけど、確かに両手の力でギリギリ鍔迫り合いが成立してる状態。
コイツ、力も半端じゃない……!
「それに、だ。傷だらけの乙女の柔肌を、ぜひとも近くで見たくてねぇ」
「……は? 今なんて言ったの?」
「僕はねぇ、女性が傷ついているところを見るのが大好きなんだ。傷一つない柔らかな肌に、傷が走って血が流れる。綺麗な肌を殴られて、醜い青アザが出来る。暴力と辱しめに、心が折れて泣き叫ぶ。そんな様子にたまらなく興奮するのさ! ……あぁ、ノアには内緒だよ? 妻たちには隠しているんだ。相手はもっぱら奴隷の子たちだから」
気味悪い顔でなに言ってんだ。
寒気がする、冬の寒さとは関係なく。
「だからねぇ、あそこにいる女の子」
メロちゃんのことか。
嫌な予感がする。
こいつの声、あそこまで聞こえてないよね?
「あの子の姉、もう名前は忘れてしまったけど、彼女が自殺しているところを見た時は、最っ高ぉに興奮したんだよ! だって僕が追い詰めた末に、自分から死を選んだんだよ? たまらない、たまらないよねぇ!!」
「……ッ!!」
このゴミ、メロちゃんのお姉さんの死を、悲しみを、なんだと思ってんだ。
「だからキミも、いっぱいなぶって傷つけてから、殺してあげるねぇ。あぁ……っ、楽しませてくれよ! この僕の欲望を、キミの死で満たしておくれっ!!」
「黙れ、異常性癖のサイコ野郎」
両手に力をこめて、思いっきり押し返す。
押し切られると思ったのかな、タリオは後ろに飛んで距離を取った。
「メロちゃんの前で、懺悔させてから殺してやる。覚悟しろ」
「いいねぇ、その顔。強気なその顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるとこ、とっても見たいよッ!!」