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359 平和




 装置がピレアポリスに戻されても、私の力が弱まることはなかった。

 王都くらいの距離ならなんの問題もないみたい。

 スティージュや亜人領くらいまで離れるとどうなるかはわからないけど、このぶんなら大丈夫だと思う。

 そもそも、もう戦うつもりなんてないんだけどさ。



 ベルナさんとリーチェがパラディに帰って数日後のお昼どき。

 昼食を終えてベアトとそれぞれの訓練をしていたら、来客を知らせる呼び鈴の音。

 いったい誰が来たんだろうか。

 ベアトといっしょに入り口の方へ行ってみると。


「キリエ、久しぶりッス。あの戦い以来ッスねー」


「クイナ!」


 そこにいたのは私の友達、クイナ。

 メガネをかけてのほほんとした顔は騎士勇者セリアとしての面影ゼロ、出会った頃のそのまんまってカンジだ。


「パラディから戻ってきたんだ。ってことは、体は大丈夫だったんだね」


 あの戦いが終わったあと、クイナはパラディに行っていた。

 人工勇者であるクイナは、他人の体に魂が宿って息を吹き返したっていうとってもイレギュラーな存在。

 エンピレオが死んだことで、魂の定着が不安定になってしまうかもしれない。

 そんなわけで、パラディの研究施設で数日間、精密検査をしてたんだ。

 まぁ、パラディに呼ばれた理由はそれだけじゃないんだけど……。


「おかげさまで異常ナシ。まずは一安心ッスね」


「そっか……、よかった」


 他の勇者たちといっしょに魂まで飛んでっちゃうんじゃないか。

 そんなことまでチラリと頭をよぎったこともあったけど、これからもこの子とはずっと友達でいられそうだ。


「あ、キリエ。今少し笑ったッスか?」


「……笑えてた?」


「ほんの少しッスけどね。十分ビックリッス」


 ほんの少し、だけど自然に笑えてた。

 毎日のベアトとの訓練、そして平穏な日々が、少しずつでもいい方向に作用してるのかな。


「ぁ、の……っ」


「お!?」


 今度はベアトが声を発して、またまたクイナがビックリ。

 この子の方も訓練の成果出てきてるね。

 それでも、長い言葉はまだうまくしゃべれない。

 いつも通りに羽ペンを羊皮紙に走らせて、胸の前でかかげた。


『げんかんでたちばなしもなんですし、あがってください。おちゃとおかしもあります』


「そうだね、上がってよ」


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。ベアトさん、少しだけ喋れるようになったんスね!」


「ぇへへ……」


 成果を披露できて喜ばれて、照れ臭そうに笑うベアトはとってもかわいかった。



 私の【沸騰】の平和的利用によって、アツアツの紅茶が人数分テーブルに並ぶ。

 差し入れのクッキーをつまみながら、まずは近況報告。


「王都の復興、まだまだこれからって雰囲気ッスね。激しい戦いだったッスからねー……」


「人も物も全然足りてないから。ペルネ女王やストラが各地に支援を要請してるらしいんだけど、到着まではまだまだ時間がかかりそう」


 スティージュやバルミラードはもちろん、遠くパラディやコルキューテにも支援要請は飛んでいる。

 大勢の人手や物資が王都にむかってやってきてはいるけど、全部が到着するまで一か月はかかりそうだ。

 当然ながら、本格的な復興はそれからになるわけで。


「約束してた王都観光、ずーっと先の話になりそうッスね」


「大丈夫だよ、ずっと先でも。私たちにはたくさん時間があるんだから」


 生きるか死ぬかの日々はもう終わり。

 明日生きてないかもしれない、なんて心配はしなくてよくなったんだ。

 だから平気だよ、ずっと先になっちゃっても。


「……そッスね。明日の心配、しなくてもいいんスよね」


 数多くの平穏な暮らしを送っている人たちにとってそれは当たり前のことだ。

 だけどクイナはハッとしたような表情のあと、遠いところを見るような目をした。


 ……リーダーから聞いた。

 二千年前、勇者セリアが生きていた頃、世界はひどい状態だったって。

 二代目勇者ゼーロットが語った、その内容が真実なのかどうかを確認する。

 それがクイナの、パラディに呼ばれていたもう一つの理由だ。


「エンピレオが死んだことで、不死兵は全て溶けて消えた。赤い岩も今はまだ動いてるけど、きっとそのうち力を失うって言われてる。そうしたら魔物だって出なくなって、本当の本当に平和が訪れる」


「……少なくとも、ジブンたちの生きているうちは平和が続く」


「そのあともずっと――とは言い切れない。それでも、一日でも長く続くといいよね」


 それで、平和な日々の中でクイナの――セリアの傷ついた心が少しでも癒されたらいいなって、そう思う。


「……ところで話は変わるんスけど、なんだか雰囲気変わったッスよね」


「表情筋のマッサージしてるからね。あと、できるだけ表情動かす訓練も」


「そっちもそうなんスが、そうじゃなくて。お二人の雰囲気の方ッス。なんというか、流れてる空気が違うっていうか」


 ……私とベアトの?

 あー、やっぱりみんななんとなく分かっちゃうのかな。

 別に隠してるつもりはないから、言っちゃってもいいよね、ベアト。


「……えっとね、実は――」


『わたしとキリエさん、こいびとどうしになりました!!!』


 どーん!


 太い文字でデカデカと書かれた紙がテーブルの上に。

 そこまで力強く主張するんだ……。


「おぉ、やっぱり! めでたいッスねー、式はいつッスか?」


「気が早いから。式とかまだまだずっと先だから」


「するつもりは満々、と」


「なっ、だっ、あーもう……!」


「やりぃ! キリエの貴重な照れ顔ゲットッス♪」


 カミングアウトはかまわないけど、からかわれるのは勘弁してほしい。

 ベアトの方はなぜか、まんざらでもなさそうだけど……。


「しっかし、そうッスかー。王都観光、恋人同士のお二人に交じって回ることになるんスねー。気を使っちゃいそうッス」


「使わなくっていいって。今まで通りでかまわないからさ」


『そうです! デートしたいときは、あらためてキリエさんとふたりでいきますから!』


「お、おぉ、なるほど……」


 クイナがベアトの勢いに圧倒されてる……。

 この子、こういう方面に関しては意外と積極的なんだよね。

 大人しそうな雰囲気に反して、わりとグイグイ攻めてくるタイプっていうか。


 とにかく、クイナも問題ないみたいで何よりだ。

 王都の復興が進んだら、約束通り三人でいろいろ見て回ろう。

 それからベアトも。

 二人っきりでのデートとか考えてあげないと、ね。




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