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356 生まれ故郷




「ベアト、足痛めたりしてない?」


「……っ!」


 ガレキの上に、隣り合って座った私たち。

 心配してくれるキリエさんに、私はコクリとうなずきます。


「そっか、よかった……。ところでさ、あんなとこでなにしてたの?」


 キリエさんの問いかけに、私は羽ペンを走らせます。

 念話は治癒魔法の副産物。

 残念ながら自由にはできないみたいです。


『キリエさんをさがしてました。おきたらいなかったので』


「私を? ……そっか、黙って出てっちゃってごめんね。気持ちよさそうに寝てたから、起こしたら悪いかなって思ったんだけど」


 よしよし、って頭をなでてくれるキリエさん。

 気持ちよくって嬉しくって、自然と笑顔になっちゃいます。


 キリエさんの顔も、とってもおだやかです。

 でも笑顔じゃありません。

 少し遠いところを見てるような風にも見えて、心配になってしまいました。


『キリエさんは、どうしてここに? おしろにようじがあったんですか?』


 起きてすぐお城にむかうなんて、よっぽどの用事だと思います。

 まずはそこから聞いてみます。


「……ペルネ女王にね。半日くらい王都を留守にするからって伝えてきたんだ。黙っていなくなったら騒ぎになりかねないから。そしたら馬車も出してくれるって」


 ペルネさんは、お城の広場でストラさんたちと修復の指揮をとってます。

 だからお城に行ってたんですね。

 それにしても行き帰りで半日、そんなに遠くない距離です。

 いったいどこへ行くのでしょう。


『いきさき、きいてもいいですか?』


「……リボの村。私の、生まれ故郷」



 〇〇〇



 馬車から静かに降りて、生まれ故郷の土を踏む。

 私に続いてベアトも降りると、御者さんがしずかに馬車のドアを閉めた。


 全てを失ったあの日、二度と戻れない覚悟で、この場所を旅立ったっけ。

 全部が終わったら帰ってこよう。

 そう心に誓っていたけれど、本当に帰ってこられるなんて思わなかった。

 いつ死んでもおかしくなかったからな、私。


「……ベアト、行こうか」


「……っ」


 コクリとうなずいて、ベアトが私の手をぎゅっとにぎる。

 この子がついていきたいって言いだした時、正直ちょっと安心した。

 一人だと、感情がグチャグチャにならない自信がなかったから。

 きっとベアトがいるから、こんなにも穏やかでいられるんだと思う。



 焼け落ちた村の門をくぐると、同じく土台だけが残った家がならぶ。

 あれがケニー爺さんの家、あれがアルカの家。

 この広場で、アルカとよく追いかけっこしたっけ。

 お城から戻ってきた、最後になったあの日も……。

 家の前で手を振ってるアルカの姿が、一瞬だけ見えた気がした。


「……」


 ベアトは何も言わずに、ただ私の後ろをついてきてる。

 あたりをキョロキョロ見回して、時々私の顔をうかがって。

 心配、させちゃってるかな。

 大丈夫だよ、とつぜん泣き出したりしないから。


 アルカの家の前を通り過ぎると、とうとう見えた。


「……ベアト、あれが私の家だよ」


 今はもう何もない、ただの土台。

 でも、周りの木々や道、土を踏む感触にはとっても馴染みがある。

 当たり前だよね、ここで十六年間暮らしてきたんだもん。


「ちょっとだけ、ここで待っててね」


「……っ」


 つないでた手を離してから、私は家の前へ。

 片膝ついて腰を下ろすと、両手を重ねて祈りをささげる。

 それから、大事な報告。


「母さん、クレア、それから村のみんな。全部、終わらせてきたよ」


 みんなの命を理不尽に奪った奴らは、もうどこにもいない。

 全部、私が始末した。


「だから、安心して……、眠ってね……っ」


 ……あぁ、ダメだな。

 また泣いちゃった。

 こんなんじゃ、またベアトに心配かけちゃう。


 誰もいない静まり返った村。

 焼け落ちて土台だけが残った家。

 思い出の中に残ってる風景と、目の前の光景の落差を突きつけられて、改めて思った。

 私が失ったものは、もう何をしても戻ってこないんだ、って。



 〇〇〇



「……お待たせ。ごめんね、長くなっちゃって」


 お祈りを終えたキリエさん。

 泣き腫らして真っ赤な目に、心がズキズキ痛みます。

 全部を終わらせても、この人はまだ笑えません。


 もしかしたら、いつかは笑えるかもしれない。

 時間がなんとかしてくれるかもしれない。

 でも、心の傷を癒すのは体の傷を癒すより何万倍も大変です。

 どんな治癒魔法も、お薬も効きません。


 キリエさん、ずっと笑えないままかもしれません。

 そんなの嫌です。

 なんとかしてあげたいです。


「……っ!」


 キリエさんの傷を癒すのは、ずっと私の役目でした。

 だったら今回も。

 一念発起、羽ペンスラスラ決意表明です!


『キリエさん、えがおのくんれんしましょう!』


「……え? な、なに?」


 いきなりのことに面食らっちゃうキリエさん。

 ですが、私も怯みません。

 なんせ一念発起です!


『わたし、しゃべるくんれんがんばります! だからキリエさんはえがおのくんれん、がんばるんです!』


「ベアト……」


『そして、わたしがしゃべれるようになって、キリエさんがわらえるようになったら、またここにきましょう?』


「……そう、だね。いつまでもこんな顔してたら、母さんもクレアも安心して眠れないか」


 あ、キリエさんの口元が少しゆるみました!

 それから、私をぎゅっと抱きしめてくれます。


「いっしょに頑張ろう。そして、もし笑えるようになったら、その時は……」


「……?」


 その時は、なんでしょう。

 キリエさん、そこで言葉を止めてしまいました。

 何はともあれ、今日から訓練開始です!




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