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353 このくだらない力のおかげで




 エンピレオの口から吐き出され続ける真っ赤な極太魔力光は、弱まる気配をちっとも見せない。

 あのバケモノの魔力はきっと底なし。

 このまま耐え続けても、絶対に魔力切れは起こさないって確信できる。


 対する私の方は、ベアトのおかげで常に体力満タン。

 魔力も練氣レンキも、歴代の勇者全ての合計値が合わさってる状態だからそうそう息切れはしない。

 ヤツの根本の沸騰が全身に回るまで、何時間だって、何日だって粘れる自信があった。


 ただ、それはあくまで私に限った話だ。

 沸騰がヤツを殺す前に、間違いなくベアトがバテちゃう。

 ベアトの魔力が尽きたら、反動ダメージが再開して私も終わりだ。

 そもそもベアトにそんな苦しい思いさせたくないし。


 じゃあ、手段は残されていないのか。

 答えはノー。

 むしろさ、今の私、これっぽっちも負ける気がしないんだよね。


『キリエさんっ、な、なにか他に手伝えることないですか!?』


 だって、ベアトが見ていてくれるから。

 そばにいて、声をかけてくれるから。

 私といっしょに、いてくれるから。


『大丈夫だよ。ベアトはそのままで』


『でも私、キリエさんの助けになりたいんです……。ずっと思ってたんです、いっしょに戦いたいって、見てるだけは嫌だって。だから――』


『違うよ、見てるだけなんかじゃない』


『え……?』


『ベアトが今こうして、苦しい思いをしながら治癒魔法をかけ続けてくれてなかったら、私はもうとっくに死んでる。ベアトも今、私といっしょに戦ってるんだよ』


『キリエさん……。……はいっ、いっしょに戦いましょう!』


『うん、そしていっしょに倒そう。エンピレオを!』


 ベアトがそこにいてくれるなら、私は負けない。

 負ける気がしない。


 もちろん、気持ちだけの問題じゃないよ。

 ベアトの遠隔治癒魔法のおかげで、身動きできないこの状況でもあのバケモノ(エンピレオ)を倒す方法を思いついた。


(治癒魔法を離れたところにいる相手にかける。こんなこと、今まで誰も思いつかなかったよね。すごいよ、ベアト)


 治癒の魔法は相手の側で使うもの。

 それはもう、空が青いのと同じくらいの常識だった。

 そんな固定観念があったから、誰も実行しようとしなかったんだと思う。


 ……いや、もしかしたら思いついた人はいたのかもしれない。

 だとしても、きっとこの魔法を使うには普通じゃない膨大な魔力が必要だ。

 だから思いついても実現できずに、やっぱりムリだと思われたのかも。


 魔法はイマジネーションが大事、ってのは、最初のころにメロちゃんから教わった。

 それと同じくらい、使い手の魔力の量も大切だ。

 固定観念に捕らわれない発想と膨大な魔力。

 今の私なら、どっちも持ってるはず。


(私の【沸騰】は、触れた相手にダイレクトで魔力を流しこんで体の水分を沸騰させ、即死させる。これもただの固定観念だ)


 触れなきゃ意味がない、そんなこと誰が決めた?

 私が勝手に思い込んでただけじゃないのか?

 今からエンピレオ、お前の体で試してやるよ。



 〇〇〇



「……っ、……ぅっ」


「アンタ大丈夫? すごい汗よ……?」


 お姉さんのぶっきらぼうな、でも心配そうな声が聞こえます。

 ちょくせつ魔法を使っている私の方が、お姉さんより負担は大きいみたいです。

 でも負けません。

 私は今、キリエさんといっしょに戦っているんですから。


「……っ!」


 大丈夫です、って意味をこめて大きくうなずきます。

 あの人は大丈夫だと言いました。

 だから私も大丈夫。

 あの人がエンピレオを倒すまで、治癒魔法をかけ続けるだけです。


「……そう。アンタが平気だってんなら何も言わないわ。……でも、勇者キリエの方は?」


 キリエさん、今もまだ結界と光線に挟まれたままです。

 おっきな練氣レンキの刃を盾代わりにして、ずーっと耐え続けています。


「防戦一方じゃない。こっちからも援護、してやった方がいいんじゃない?」


「アタシの魔導機兵ゴーレムなら、いつでも出せるぞ!」


 操縦席の方から、トーカさんの声がしました。


「ガーゴイルとゴーレム、同時操作くらいやってみせるさ」


「……」


 トーカさん、やる気満々です。

 いつもならお願いしたいところですが……。


「……っ!」


 ふるふる。

 左右に首をふると、お姉さんが「必要ないですって」とトーカさんに呼びかけました。


「お、おぅ、そうか……。……ホントにいいのか?」


 不思議そうな、戸惑ったようなトーカさんの声。

 この状況、どう考えても助けに入らない方が不自然ですよね。

 でも、あの人が大丈夫だって言ったんです。

 だから助けに入るのは、きっと余計なお世話だと思うんです。


「……アンタ、さっきから何度か笑ったりしてるわね。それに、この魔力の流れ。もしかして――」


 私とリンクしてるお姉さんが、私の様子と魔力で感づいたみたいです。

 そうです、お姉さん。

 今私は、あの人とつながっているんです。


「……そういうこと。アンタがそんな顔してるなら、本当に問題ないんでしょうね」


「……っ!」


 大きくうなずいて、またじっとキリエさんを見守ります。

 あの人なら、絶対になんとかしてくれると信じて。


「……?」


 あれ、おかしいです。

 キリエさんの姿がぼんやりしてます。

 いえ、キリエさんだけじゃありません。

 あの人のところから、エンピレオの方に歪んだ空気が伸びていって……。



 〇〇〇



『キリエさん……? あの、もしかして何か攻撃してますか?』


『ベアトの遠隔魔法にヒントをもらって、ね。……ベアト、もうすぐキミを死の運命から解放する。もう少しだけ、待っててね』


『……はいっ!』


 そう、もうすぐだ。

 もうすぐエンピレオに魔力が届いて――。


『縺ゅ▽縲?縺ょ字菫晉?縺?>縺』


 よし、始まった。

 エンピレオの花弁がボコボコと沸騰をはじめて、ヤツの上半分まるごと全て、あっという間に煮立ちだす。

 根本の沸騰も加速して、私の魔力は一気にエンピレオの体全体へ。


『繧ュ繧「蜴壼コ?コ懈エ・證第クゥ辭ア縺』


 エンピレオの絶叫がとどろいて、全身をグネグネとくねらせて身もだえる。

 当然極太ビームの狙いも逸れて、私の体はでっかいお花にめがけて自由落下を開始した。


「遠隔の沸騰、大成功だね……!」


 空気中にも水分はたくさん含まれてる。

 そこに沸騰の魔力を伝わせて、ヤツの体まで伸ばしていったんだ。

 更に、体の内部まで直接魔力を送り込むことにも成功。

 ぶっつけ本番にしては上出来だ。


「こんなことまでできるなんてね。ホント、最初はロクでもない能力だって思ったのに」


 湯沸かし勇者なんてバカにされて、役立たずとして捨てられて、村を焼かれて。

 それもこれも全部、このくだらない力をよこしたお前のせいなのに。

 今、お前がくれたこの力のおかげで――水をお湯にするくらいしか能がないこの力のおかげで、お前をブチ殺せるんだ。


「感謝するよ、エンピレオ。腹空かせてるんだろ? お礼に腹いっぱい喰わせてやる。私の殺意と――」


 目前に迫ったエンピレオの巨大な口。

 『神断ち』を両手で強くにぎり、そこに照準を定める。


「お前が食い物にしてきた、全ての命の力と――」


 歴代の勇者、全ての戦闘経験値を乗せた、極太の練氣レンキの刃。

 その中にありったけの【沸騰】の魔力を乗せて。


「このくだらない力を、腹いっぱいにッ!!!」


 ズボォォォッ!!


 大きく開いた口の中に、思いっきり突っこんでやった。


『縺ゅ$縺シ縺ゅ♀縺ゅ≠縺翫≠縺翫≠縺翫≠縺』


 くぐもった絶叫を上げるエンピレオ。

 一切かまわず遠慮せず、氣の刃からヤツの体内へありったけの魔力を注ぎこむ。

 瞬間、ヤツの体は大きく膨張し、


 ドパアアアァァァァァァアァァン!!!


 血肉をまき散らしながら粉々に砕け散った。




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