352 声が聞こえる
光線をかわし、触手のなぎ払いを避けながら登り続ける。
エンピレオの花弁はもう目の前、一飛びでたどり着ける距離だ。
トドメの一撃を浴びせるため、私は足場の触手を蹴って真上へと飛び上がった。
花の真上へ躍り出た私を、エンピレオの大きな口がガチガチと歯を鳴らして出迎える。
おまけに無数の小さな肉の花びらがうねうねとうごめいて、一言でいうとすっごい気持ち悪い。
けど、気持ち悪がってるヒマなんてないよね。
反動が来るまでの残り時間はあとわずか、早くトドメを刺さないと。
攻撃をしかけようと、『神断ち』に練氣と魔力を込めたその時。
ガチィィッ!
「な……っ!」
いきなり現れた小さな結界の中に、私の体はすっぽりと閉じ込められてしまった。
体をちぢめなきゃとても入ってられないほどの、狭くて小さな結界だ。
「……こんな結界、すぐにブチ破って……っ!?」
力まかせに結界を叩き割ろうとした時、私のまわりを触手がぐるりと取り囲む。
とっさに防御を固めた直後、結界は消失。
同時に触手の先っぽから、魔力光線が一斉に発射された。
ドガァァァァァッ!!
「っぐぅぅぅぅぅ!!」
全方位から浴びせられ、巻き起こる大爆発。
爆炎で視界が完全にさえぎられる。
魂豪炎身のおかげで肉体的にはノーダメージ。
ただ、残り時間はごっそり削られたと思う。
たぶんもう数秒も持たないはず。
今すぐにでも、トドメの一撃を放たなきゃ――。
キュイィィィィィィ……っ!
ところが、爆炎が晴れて目に映ったのはエンピレオの大きく開かれた巨大な口。
感じるのは、その中心に収束した赤い光が放つぞっとするほど膨大な魔力。
まずい、全身がそう警告を発した瞬間。
光が強烈に輝き、太さ数百メートルの極太魔力光線が私に目がけて撃ち出された。
「……っ!」
考えてる時間なんてなかった。
とっさに剣に溜めてた練氣と魔力をフルパワーにして、こっちも極太の氣の刃を生成。
そいつを力まかせに振り下ろし、真正面から迎え撃つ。
(くそ、こっちが本命か……!)
結界と触手のコンボ攻撃は、コイツを放つための時間稼ぎ。
最初からこの一撃で、私の体を練氣の鎧ごと消し飛ばすつもりだったんだ。
実際あんなのまともに喰らったら、いくら魂豪炎身を使ってても一巻の終わりだ。
氣の刃と魔力光が激突して、バチバチとスパークする。
このまま相殺できればよかったんだけど、残念ながら私はただいま滞空中。
踏ん張る足場も支えもない私の体は、光線の勢いに押されるまま上空へ押し出されて、
バチィィッ!!
「あぐっ!!」
盆地を囲む巨大結界の天井に背中から叩きつけられる。
「ぐ……ぅぐぅぅぅぅぅぅ……!!」
真下から照射され続ける極太の破壊光。
背中には強固なエンピレオの結界。
この二つの間に挟まれて、私はそれ以上落ちることも吹き飛ばされることもなくなった。
この状況、もし少しでも力を弱めたら。
もし少しでも練氣が弱まったら。
この体、一瞬で蒸発するだろうね。
だから私は歯を食いしばって、力の限り押し返そうとした。
でも……。
ドクン。
「がっ……、ごぽっ……!」
視界が揺らいで、口から血が飛び出す。
とうとう時間切れだ。
体が限界を超えて、骨が、筋肉が、内臓が悲鳴を上げはじめる。
それでも力をゆるめるわけにはいかない。
練氣と魔力は全開にしたまま、一切ゆるめない。
体中の骨がきしんで、あちこちの血管が破れ、血が噴き出す。
ブチブチと筋繊維が切れる音がする。
それでも、私は一歩も退かない。
「あと……っ、あと少しなんだ……っ!」
全てを失ったあの日から、私から全てを奪った奴らを絶望の淵に叩き込んで殺すことを生きる目標に進んできた。
ベアトの真実を知った日から、あの子の運命を変えるためエンピレオを殺すことを目標に進んできた。
どちらもあと一歩、あともう少しで叶うんだ。
だから絶対にあきらめない。
たとえ腕がもげても砕けても、この命が尽きたとしても。
「絶対に、お前らを殺す……ッ! この身に代えても、絶対に……ッ!!」
『――そんなのダメです!』
〇〇〇
上空高く打ち上げられたキリエさんを追って、トーカさんも高度を上げます。
結界と光線の板挟みになって、それでも耐えるキリエさん。
だけど、とうとう限界が訪れたみたいです。
体中から血を噴き出して、このままじゃ死んじゃいます!
はやく助けないと……!
「……っ!!」
あの人を助けたい一心で、私はとっさに両手をかざします。
そしたら、「はぁ……」という大きなため息といっしょに背中をポンと叩かれました。
「アンタねぇ、体への負荷を忘れてるでしょ。一人でいきなりやろうとするんじゃないわよ」
「……っ」
ご、ごめんなさいお姉さん……。
傷ついていくキリエさんを見てたら、体が勝手に動いてしまって……。
「ま、アンタらしいけどね。アンタに限らずあの勇者も、だけど。お互い相手のことになると、自分のことなんで二の次になるんだから」
確かにそうですね……。
反省しなきゃいけない部分もあるかもです。
キリエさんが私のために自分を犠牲にすると、とっても胸が苦しくなりますから。
「さ、急ぐわよ。今回もさっきと同じく、私が負担を半分受け持つから」
「……っ!」
お姉さんとリンクしたのを確認してから、かざした両手から治癒の魔力をあの人に放ちます。
魔力を使うときの体の負担はお姉さんが半分引き受けてくれます。
ただし状況的に、一瞬だったさっきとは違って長い間かけ続けなきゃダメです。
当然、負担も大きなものとなります。
それでもお姉さんは覚悟の上です。
私にかかる負荷も、キリエさんの痛み、苦しみに比べたらなんてことありません。
ふんす、気合いを入れて、私は治癒の魔力を全力で放ちました。
〇〇〇
『キリエさんは生きてくれなきゃダメなんです!』
まただ、やっぱり幻聴じゃない。
さっき聞こえたのと同じ声が頭の中にひびく。
あの時、諦めないでくださいって言ってくれた、どこか安心するようなあの声が。
同時に、私の体をつつむ治癒魔法の光。
自壊ダメージをあっという間に全快させて、新しいキズもついたそばから回復させていく。
『絶対に死んじゃダメです! 私といっしょに生きてください!』
「この声……。もしかして、ベアト……?」
じゃあやっぱり、この治癒魔法もあの子が……?
ガーゴイルの方へチラリと目をやると、やっぱりそうだった。
入り口のところに立ったあの子が、こっちに手をかざしてる。
遠距離からの治癒魔法なんて、今まで聞いたことないけど……。
リーチェがその後ろで精神を集中させてるのは、装置の時と同じように魔力の負担を軽減してくれてるのか。
まぁ、よそ見はそこまで。
気合いを入れなおしてエンピレオをにらみつける。
ただ、その間にも頭の中にはベアトの声が響き続けて……。
『大好きなキリエさんに死なれたら、とっても嫌です! 私、もう生きていられません!』
『ベアト……。ありがとね、私もベアトがいない世界なんて考えられないよ』
『……えっ? えっ、えっ? キリエさん、私の心の声、聞こえちゃってるんですか?』
『聞こえてる。すっごい聞こえてる』
『わ、わわっ……! わ、忘れてください……』
きっと照れてるんだろうな。
生きるか死ぬかの戦いの最中だってのに、軽く頬がゆるんじゃう。
この現象、ベアトの魔力が私に作用して起きてるのかな。
原理はともかく、こんな形でベアトの声が聴けるなんて思わなかった。
そっか、ベアトってこんな声してるんだ。
『と、とにかくですっ! これからは私が治癒魔法をかけ続けます。キリエさんにはもう、時間制限なんてありません。だからエンピレオなんか、思いっきりやっつけちゃってください!』
『……うん、任せて』
ベアトがついててくれるなら、もうこれっぽっちも負ける気がしない。
あの子の未来のために、そして私の復讐のために。
エンピレオ、そろそろ幕を下ろしてやる。