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35 第七夫人




 テントから出ようとすると、ベアトに左手を握られた。

 刺された手のひらの痛みが、暖かさに包まれて引いていく。

 あぁ、ヒールをかけてくれたんだ。


「……!」


「ありがと。これで思う存分戦える」


 おかげで傷は完全にふさがった。

 ちょっと頭に血が上って、無茶な防御しちゃったかな。

 あの時の光景がフラッシュバックして、冷静さを失ってた。

 もう大丈夫、無茶はしないから。


 ソードブレイカーの鞘を腰につけて、テントを出ようとすると、二人分のシルエットが見えた。

 ベアトを下がらせて身構える。

 中に入ってきたのは男二人。

 軽装の鎧を着てて、兵士だって一目でわかった。


「なんっ……!?」


「コイツ、頭が……っ!」


 あはは、頭蓋骨剥き出し死体見て怯んでる。

 覚悟足んないんじゃないの?

 怯んでくれたなら遠慮なく、二人まとめて剣を持ってる手首をつかんで沸騰させる。


 ぴぎゃっ、とかわめきながら、手首が剣ごとボトリと落ちて、敵は丸腰。

 もうこっちのもんだ。


「砕けろっ!」


 両手でそれぞれの顔面をわしづかみにして、脳みそを弾けさせた。


「……ベアト、ここから出ちゃダメだからね」


「……っ!」


 こくり、とうなずいてくれた。

 頭蓋骨剥き出し死体といっしょなの、ちょっと居心地悪そうだけど、そこは勘弁してね。

 さて、外はどうなってるのか。

 隣のテントの様子も確かめないと、ジョアナたちも襲われてるかもしれない。

 バサッ、と入り口を広げ、近くに誰もいないことだけ確認して外に飛び出す。


 ……うっわ、この状況、思った以上の最悪だ。

 洞窟の入り口を取り囲む兵士、だいたい五十人くらい。

 テントに入ってきた三人は、ただの様子見、斥候せっこうだったみたい。


 で、もう一つのテントの前にはジョアナたち三人がいて、みんな無事みたい。

 ジョアナの手にした短剣が血で汚れてて、三人分の兵士の死体が転がってた。

 テントの方は倒れてて、メロちゃんが腰を抜かしてる。

 ノアさんは思ったより落ち着いてるな、意外だ。


「ジョアナ、説明!」


「見ての通り! 私も何がなんだかさっぱりよ!」


 なるほど、ジョアナもよくわかってない、と。

 仕方ないから自分で状況判断だ。

 敵は明らかにフレジェンタの兵士、しかもやる気ゼロの連中じゃなく、お城でぬくぬくな親衛隊だ。

 どうやってここがわかったのか、さっぱりわかんないけど、大ピンチってことだけは確かだね。


「キミが、勇者キリエかい?」


 なんだ?

 洞窟の中に響く、やけに偉そうな声。

 入り口ふさいでる兵士たちが左右に道をあけて、そのど真ん中を偉そうなヤツが歩いてきた。

 白い髪で片目を隠してる、赤い目の若い男。

 腰に騎士剣下げて、金属製の軽鎧を着てる。


「……そうだけど、あんたは?」


「なるほど、話に聞いていたようなゴミとは違うらしい。我が精鋭が二十人、弟と共にたやすく討たれ、そして今の鮮やかな殺しの手腕……」


「なあ、あんた誰って聞いてんだけど」


「実に見事だ。父から伝え聞いていた評価、改めねばならないな」


 あ、こいつ人の話聞いてないな。

 ……ん?

 父の評価?

 こいつもしかして……?


「どうだい? 今からでも我が支配下に入って、共に魔族打倒を目指さないか? キミなら従来の勇者と同等、いやそれ以上の活躍も——」


「黙れ」


 もういい、もうわかった。

 コイツが誰か、よーく理解した。

 嬉しいよ、私の前にノコノコ出て来てくれるなんて。


「タリオ・タルタロット・デルティラードだな。お前を殺す、覚悟しろ」


「……答えはノー、と。残念だ、次の勇者に期待するとしようか」


「次なんて来ないよ。勇者はこれからも私一人だし、このバカげた戦争ももうすぐ終わる」


「終わる? 終わると? それはまたどういった理由で?」


「お前の父親、ブルトーギュが死ぬから。アイツが私に殺されて、全部終わりだ」


「ははっ、センスのないジョークだ」


 さて、お話はこれでおしまい。

 さっさとコイツをぶっ殺して——。


「ところでノア、いつまでそうしてるつもりだい? 早くこっちにおいで」


「ええ、タリオ様。もうお芝居はおしまいよね」


 ……待って。

 ちょっと待って。

 冗談だよね?

 ノアさんがにっこり笑いながら立ちあがって、タリオの方に歩いてく。

 兵士たちも手を出さずに、タリオの前まで到着して、アイツに抱き寄せられて……。


「……ノア、さん?」


「ごめんなさいねぇ、勇者さん。実はあなた達の場所、知らせてたのはこの私」


 ドレスの胸元から、小さな黒い何かを取り出して、見せてくれたけど。

 何がなんだかわからない。

 あの物体も、この状況も。


「魔族の捕虜ほりょから手に入れた、魔力で動く発信機、というものらしいわ」


「こいつに我が魔力を注入しておけば、どこにいても場所がわかるのさ。優れ物だろ?」


 なんでだよ。

 あんた、カインさんの娘さんだろ。

 無理やり妻にさせられたんじゃないのかよ。


「よくこいつらの侵入を知らせてくれた。我が七番目の妻よ」


「チチちゃんが賢かったからよ。あの子にも、あとで美味しいものたっぷりあげないと」


 チチって、部屋にいたあの白い鳥?

 アレってまさか、伝書鳥として訓練されたヤツか。

 そうか、あの時手紙を仕込んで、王宮のタリオに飛ばしたんだ。

 あの笛の音、本当に私たちの侵入に気付いた音だったんだ。


「……どうして。あんた故郷は、スティージュはどうでもいいのかよ! カインさんは、あんたのために……っ!!」


「故郷? お父様? それってお金になるの?」


「か、ね……?」


「タリオ様はね、私に違う世界を見せてくれたの。美しい宝石、きらびやかなドレス、ぜいの限りを尽くした料理。どれも貧乏くさい騎士の娘じゃ味わえない」


 なに、言ってんだ。

 この女、何を言ってるのかさっぱりわからない。


「父がレジスタンスを裏切って、私のために頑張って死んだ? 知ったこっちゃないわよ。勝手に私が不幸だと思って、勝手に助けようとして。私は助けなんて求めてない。だって、強くて麗しくて、この世の全てを持っているこの人の隣が、私は一番幸せなんだもの」


「もういい、黙ってッ!」


 そっか。

 そうなんだ。

 カインさんが助けたかったノアさんは、もうどこにもいないんだ。

 胸の中が怒りで煮えくりかえって、握り拳がぷるぷると震える。


「ふん、怒鳴っちゃって。タリオ様、あんなのすぐに始末して、早く帰りましょう?」


「あぁ、そうだね。キミは後ろに下がっていなさい」


 これじゃあカインさん、何のために裏切って、何のために死んだんだよ。

 許さない。


「ジョアナ、タリオを殺る。援護よろしく」


「……気をつけて、キリエちゃん」


 右を見ると、ジョアナも少し引きつった顔してる。

 やっぱりショックだったみたい。

 メロちゃんもすごい顔で、タリオとノアをにらんでる。


 それと、声が聞こえてきたからかな。

 ベアトがテントから顔出して、やっぱりビックリしてた。


「タリオの実力はブルトーギュに次ぐ。今のキリエちゃんでも、正面から戦ったら絶対に勝てない。数の上でも圧倒的に不利だわ」


「……で?」


 この洞窟、テントの後ろはすぐ行き止まり。

 唯一の出入り口は、五十人の兵士でふさがれてる。

 逃げられないし、逃げるつもりもない。


「私は死なないよ。アイツがどれだけ強くても、勝って生き残って、絶対に復讐を遂げる」


「……やれやれ、頼もしい限りね」




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