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348 ベアトとリーチェ




 お姉さんが、お姉さんがガレキの下敷きに!

 私を助けたせいであんなことに……!

 血もたくさん出ていて、すぐに治癒魔法をかけないと、このままじゃ死んじゃいます……!


「……っ、……っ!」


 でも、至近距離でないと治癒魔法はできません。

 お姉さんがいるのは、真ん中から二つに割れた部屋の反対側。

 私の運動神経じゃ、とても飛び越えられない距離です。

 真っ逆さまに落ちちゃいます。


 なにかむこうに渡る手段はないか、あたりを見回します。

 橋渡しになるような大きな木材とか、なにか……!


「……っ」


 でも、なにもありません。

 あるのは細かいガレキだけ。


「……こっちに来ようとしてるの? やめなさい……、どんくさいアンタじゃ落ちちゃうわよ……」


「……っ、……ぅぅっ!」


 ふるふる、ぶんぶん、首を振ります。

 嫌です。

 私を助けてお姉さんが死んじゃうなんて、そんなの嫌です!


「第一、もう手遅れよ……。太ももから先がつぶれて……、こんなの、アンタの治癒魔法でもどうしようもないわ……」


 諦めたみたいに笑うお姉さんの顔が、涙でぼやけます。

 ぽろぽろ、ぽろぽろ、こぼれ出して止まりません。

 手遅れなんて、認めたくない。

 せっかく、せっかくお姉さんと昔みたいな仲良しに戻れると思ったのに。

 なのに、こんなのって……。


「泣いてるの……? 私、アンタを殺そうとしてたのに……。ホント、底抜けのお人よしなんだから……」


「……ぅっ、……ぇぅっ」


 そんなの、関係ないです。

 お母さんが本当のお母さんだってわかるまでは、私にとってお姉さんがたった一人の血のつながった家族でした。

 今だって変わりません。

 お姉さんは小さな頃からずっと、私のあこがれのお姉さんで……。


「……最後だから、言っておくわね……。私、アンタが嫌いだった……」


「……?」


「アンタの体にほどこされた、エンピレオの魔力を遮断する封印……。母が今わの際に施した結界魔法……。アンタはあのバケモノの干渉を逃れて、私だけが苦しみを背負わされた……」


「……っ!」


「どうして私だけ、って考えない日は無かったわ……。母は私を愛してなかったのか、ベアトのために私を犠牲にしたのか、って……」


 私の中の封印。

 もう一人のお母さんが残してくれた、今はもうない封印。

 私がそれを知ったのは、つい最近のことです。

 でも、お姉さんはずっとずっと昔からそのことを知っていて、ずっと苦しんでいて……。


「ベルナに真相を訊くこともできた……。でも、怖かったの……。本当に、私が母にとって……、けほ、母にとっていらない子どもだったら……。そう思うと、怖くて……、訊けなかった……」


「……ぇ、ぅ……っ、……ぅっ!」


 だんだんと弱々しくなっていくお姉さんの声。

 もうしゃべっちゃダメ、そう伝えようとしても、やっぱり声は出ません。

 表情も、だんだんとうつろになっていって、このままじゃお姉さんが本当に死んじゃう……。


「でもね……、もうどうでもよくなっちゃった……。ベルナが……、母さんが私を愛してることが、わかったから……、もう、それで……」


 気を失ったままのお母さんに、お姉さんは薄く微笑みます。

 それから、うつろな目で虚空を見つめて……。


「ノア……。昨日までの私じゃ……、あなたに会っても叱られたでしょうね……。でも、きっと……、今なら……、胸を張って、会いに、行……け……」


 とうとう、お姉さんが意識を手放しました。

 嫌です、ダメです、こんなところで死んじゃダメなんです!

 ノアさんだって、きっとそんなの望んでません!


 助けたい、死なせたくない。

 その一心で、私は遠く離れたお姉さんに両手をかざしました。

 そうして、自分の中の魔力を全開で解放します。

 治癒魔法は至近距離でないと無意味。

 わかっていても、見てるだけなんてできません。


「……ぅ、うぅ……っ!」


 エンピレオとのリンクは、まだ途切れていません。

 お姉さんの補助で負担を軽減していたさっきとは違って、とっても苦しいです。


 頭の中に走るノイズと激痛。

 同時に、一つの光景が見えました。

 ボロボロになった血だらけのキリエさんが、それでもエンピレオに立ち向かっていくビジョン。

 今現在の、エンピレオが見ている光景なのでしょうか。


「……ぇぅ、ぅぅ゛、んぅぅ……!」


 頭の中を直接かき混ぜられるような不快感にも負けずに、治癒の魔力を両手にこめます。

 そこから遠く離れたお姉さんに放ち、送りこむようにイメージして。

 そうして必死に魔力を放出していると、


 パァァァァ……。


「……っ!」


 なんと、お姉さんの体が淡い光に包まれ始めました。


「……ん、んん……。……べ、ベアト? アンタ、なにをして……」


「……っ!!」


 しかもですよ、意識を取り戻して私の名前を呼んだんです。


「これ……、治癒魔法の光……? 痛みが引いて、足のケガも治ってく……」


 意識だけじゃなく、体のキズも治っていってるみたいです。

 もう奇跡としか思えません。


「まさか、遠隔で治癒魔法を……? あり得ない、不可能だとされていたのに……。どれほどの魔力があればそんな芸当が可能なの……?」


「……っ。ぅ、ぁぅ……っ」


 安心したとたん、体から力が抜けてしまいました。

 頭がズキズキ痛んで、治癒の魔力も止まってしまいます。

 その場にへたり込んで、もうクタクタです。

 でも、やりました。

 お姉さん、助けられました……!


「まったく……。アンタ、どれだけムチャしたのよ……」


「……はぁっ、……ぁっ」


 お互い様です、お姉さんだって私を助けるために、とんでもないムチャしたじゃないですか。


「……でも、ありがと。おかげで命拾いしたみたいだわ」


「……っ!」


 やりました、お姉さんにお礼まで言われちゃいました。

 こんなのいつぶりでしょうか。


 ……ところで、これまでお姉さんのことで頭がいっぱいでしたが、これからどうしましょう。

 今にも崩れ落ちそうな会議室の中で、私たちは身動きが取れません。

 よくよく考えると、ちょっと途方に暮れそうな状況です。


 ブオォォォォォォッ!!


 その時、耳に届いたのは炎が噴き出すような音。

 お外に目をむけると、航空機型のガーゴイルがこっちに飛んできます。

 会議室の前で停止して、ホバリングするガーゴイル。

 その入り口から飛び出したのは、もちろんトーカさん。

 カベに走った亀裂から、お姉さんサイドの方へ着地します。


「……っ!!」


「ベアト、無事だったか! あとリーチェも、なんとか生きてるみたいだな。赤いビームが会議室に飛んでったのを見たときは、肝が冷えたぞ」


「なんとか生きてるわ。あなたならガレキどけられるでしょ。お願いできる?」


「お安い御用だぞ……っと!」


 トーカさん、練氣レンキで腕力を強化して、お姉さんの上のガレキを軽々どかします。

 少し得意気ですが、ガレキの下から現れた無傷の下半身を見てすぐに目を丸くしてしまいました。


「む、無傷ぅ……? 血だまり出来てるってのに、なんでキズ一つないんだよ」


「あの子のおかげよ」


「ベアトの? なんかよくわかんないけど……」


 首をかしげながら、トーカさんがこっち側にジャンプ。

 そこで気を失ってるメロさんに気づいて、私そっちのけであわてて駆け寄りました。



 トーカさん、キリエさんのところからまっすぐ飛んできたんですって。

 最初はクイナさんと一緒だったらしいのですが、クイナさんが早すぎてすぐに置いて行かれてしまったとか。

 クイナさんはというと、一足先にペルネさんたちのところに危険を知らせに行ったみたいです。


 気を失ったメロさん、お母さん、それから装置と私を乗せて、ガーゴイルがお城を離れます。

 ですが王都――というか盆地のまわりは赤くて薄い結界におおわれて、どこにも逃げ場はありません。


「さて、どうしたもんかな。赤い光は山脈にまで届いてた。狙いも正確、どこにいても危険だぞ」


「……っ!」


 どうせどこにいても同じなら、行ってほしいところがあります。

 羊皮紙を取り出して、羽ペンをスラスラ走らせます。


『わたし、キリエさんのそばにいきたいです。つれていってください』


「え? いいけど、行ったところで足手まといになるだけじゃ……」


『そんなことないです。いまのわたしならきっと』


 さっき見えた、キリエさんが戦ってる映像。

 あれが現実のものなら、きっと私は力になれる。


『わたしひとりだけでもかまいません。そうちとおかあさんたちをとおくにおいたら、わたしをつれて』


「なに言ってんのよ。一人でアレ使うつもり? これ以上は寿命が削れるか、アンタの体がもたないわよ」


 勢いのままに殴り書きしてたら、お姉さんに止められました。

 それからお姉さん、いつもの勝気な笑みを浮かべます。


「だから、私にも手伝わせなさい。装置の時の要領で、アンタの負担を軽減してあげる」




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