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346 敵か獲物か




 結界を張り終えて、エンピレオが次に起こすのは間違いなく捕食行動だ。

 なんせコイツは食欲に取りつかれたバケモノ。

 食べる以外に行動原理なんてありゃしない。

 その証拠に、まず最も手近な獲物の私たちに狙いを定めたみたい。


『たべたい』


『かじらせて』


『ちょっとだけ』


 触手についた無数の口がガチガチと歯を鳴らし、物騒なことを口走る。

 触手が鎌首をもたげ、私たち三人へと襲いかかってきた。


 ズバァッ!


「行って!」


 【沸騰】の魔力を刀身に込めて、トーカとクイナへ伸ばされた触手を斬り払う。

 それと同時、二人はお城の方へと駆け出した。


「死ぬなよ、キリエ!」


「そうだよ。王都観光の約束、忘れてないんだからね!」


「心配なんていらないよ。そっちの方こそ、みんなのことお願い」


 ホントはベアトのことお願い、って言いたいんだけどね。

 他のみんなにも死んでほしくない気持ちは本当だから。

 遠ざかっていく背中にチラリと目をやって、目の前のバケモノへと視線を戻す。


 私を捕らえようと伸ばされる大量の触手。

 そいつを駆け回って避けながら、気になったのが斬り落とした触手だ。

 地面に転がってうねうねうごきながら、湯気を立ててブクブクと沸騰していく。

 私の【沸騰】、確実にエンピレオに効いている。


(でも……)


 問題は本体につながってる方。

 切り口から触手を伝って本体に到達する直前、まるでトカゲのしっぽみたいに、根本からブチっと切り離してしまった。

 しかも、そこから新しい触手が無傷で生えてきやがる。


「ノプトは私の与えたダメージ、再生できなかったってのに……!」


 再生じゃなくて、新しく別の触手を生やしてるからセーフだとでも言うつもりかっての。

 なんにせよ、いくら触手を斬ってもムダ。

 なんとか触手ををかいくぐって直接本体を叩かなきゃ倒せないってわけだ。


「問題は、こいつら全部かいくぐれるか、だね……」


 本体の幹の部分から大量に生えてくる触手。

 こうしている間にもどんどん数を増やして、今はもう数えきれないくらいの本数がうごめいている。

 ざっと数千、いや、数万本かな。

 そいつら全部が本体を守って、いざとなれば私を狙って攻撃してくる。

 この奥の手がなければ、あまりの勝ち目のなさにヤケを起こしてたかも。


「最後までありがと、ケニー爺さん」


 剣の柄に手をそえながら、恩人に小さくお礼。

 ケニー爺さんの知識、これまでいろいろと私を助けてくれたよね。

 最後にこんな置き土産まで残してくれて、感謝してもしきれないよ。


「……リミッター、解除」


 カチっ。


 装置を起動させると刀身が青く輝き、全ての勇贈玉ギフトスフィアに封じられた勇者の力が私の体へと集まった。

 信じられないくらいの力の高まりに、流れる時間さえも遅く感じる。

 神殺しを成すための奥の手。

 ただし安全に使用できるタイムリミットは一分間。

 それまでに決着をつける。


 振り下ろされた触手を二本かいくぐり、まずは屋根の上へと飛び上がる。

 エンピレオはまだ、私をただのエサとしか思ってないはず。

 その証拠に、わずかな触手を伸ばして攻撃してくるだけ。

 しかも素の私で十分対応できる程度の速さで。


 けど、私を自分の命をおびやかす敵だと認めれば話は変わる。

 星をまるまる食い尽くす力を発揮して、全力で殺しにくるはずだ。

 そういう意味でも短期決戦、油断しているうちに。


練氣レンキ――」


 体中から練氣レンキを練り集めて、剣に結集させる。

 長時間のチャージを覚悟したけど、集まるまでの時間は一秒にも満たない一瞬だった。

 自分でも少しびっくり。

 でもびっくりしてる時間すら惜しい。


飛連刃ヒレンジン!」


 剣を立て続けに三度ふるい、本体めがけて三日月状の氣の刃を三つ飛ばす。

 超高速で飛んでいく氣刃たち、もちろん【沸騰】の魔力のおまけつき。

 完全に油断してるところにこの奇襲、しかも触手じゃ防御不可能なはず。

 盾になって防ごうとすれば、もろとも斬り落とされるだけだ。


(コイツで一気に……)


 カキィ……ン。


 触手を蹴散らして本体に命中する直前、唐突に出現した赤い結界。

 ソイツに当たったとたん、飛連刃ヒレンジンはそよ風みたいにかき消えた。

 危険を察知して、一瞬で結界を張ったってのか?

 私の全力を込めた一撃をあっさり無効化する結界を、あんな一瞬で……。


 ぎょろり。


 その時、数万本の触手が一斉にこちらをむいた。

 背筋がぞっとするような殺気が、私に浴びせかけられる。

 敵と、認識されてしまった。


「く……っ」


 反射的にその場を飛び離れた次の瞬間、私のいた場所に極細の赤い閃光が走る。

 ソイツは王都をこえて夜の闇へと消えていき、遠くの山脈で大爆発を巻き起こした。

 どこから撃ったのか、よく見えなかったけど、今の私でも当たったら一巻の終わりだ。


『たべさせて』


『かじりたい』


『ひとくちだけ』


 ガチガチ、ガチガチ。

 歯を鳴らしながら、大量の触手が猛烈な勢いで伸びてくる。

 私が着地する前に捕らえるために。


 本気を出した触手の動きは超高速、だけど今の私なら十分に対応できる。

 殺到する触手を空中で蹴って回避していると、大量の口の中の一つが不意にガパっと大きく開いた。

 その喉奥に、一瞬だけ感じる巨大な魔力。


(まさか、さっきの……!)


 とっさに体をひねる。

 直後、発射された極細の光線が私の脇腹スレスレをかすめていった。

 今のヤツ、口から吐いてたのか。

 ってことは、触手に大量についた口の一つ一つが全て発射口。

 チャージの短さ、破壊力、どれをとっても厄介極まりないシロモノだってのに。


 しゅるしゅるしゅるっ。


「……っ! しまっ……」


 ムリな体制で体をひねったせいで、余計なスキをさらしてしまったみたいだ。

 触手の一本が、右腕に巻きついてきた。

 まずい、捕まった……!


『たべる』


『ごちそう』


『いただきます』


 幸い、武器をにぎった左腕は自由なまま。

 動きの止まった私に群がる触手はなんとか追い払える。

 けど、右腕の方はなんともできなくって、


 ガブゥッ!


「いづっ……!」


 思いっきり噛みつかれて、歯が肉に食い込んでくる。

 練氣レンキ堅身ケンシンで防御を高めてなんとか耐えてるけど、早く振り払わなきゃ。

 このままじゃ、肉を引きちぎられるだけじゃすまない。


『たべたい。たべ、たべっ、たい変そうねぇ、キリエちゃん?』


 しかも最悪なことに、巻きついてる触手の先端、口の部分がジョアナの顔へと変わる。

 コイツの顔を見るだけでも気分悪いってのに。


「……なんか用? 今忙しいんだけど」


『つれないこと言わないの。お姉さんね、ちょーっといいこと思いついたのよおぉ』




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