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345 お花が咲きました




 最初に異変に気が付いたのは、お姉さんでした。

 突然自分の体を抱えて、震えながらその場にうずくまったんです。

 いったいどうしたのでしょうか。

 心配になって駆け寄ろうとしたとき、すぐに私にも理由がわかりました。


「……っ!」


 全身をつらぬくような、ぞっとするほどおぞましい魔力。

 底知れない恐怖感につつまれて、私もその場にかがみ込んでしまいます。


「ベアト、リーチェ! 二人とも、いったいどうしたの……?」


 ただ事じゃない様子に、お母さんが私たち二人の肩を抱いてたずねます。


「……っ、……ぅっ」


「来る……! ヤツが、来る……!」


「来る……? ヤツってなにが――」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!


 お城を、王都をまるごと揺るがすような大振動。

 もちろん地震じゃありません。

 お姉さんの言う通り、あの存在が現れようとしています。

 王都のずっと地下深くから、地上にむかって伸びてきているんです。


「――まさか、まさかエンピレオが……!」


 お母さんがその名を口にした瞬間。


 ドゴォォォォォオォォッ!!


 王都の中心部で、ものすごい轟音が響きました。

 道を、家を吹き飛ばして、土煙の中から現れた真っ赤な肉の茎。

 そのてっぺんがゆっくりと開いていって、大きな丸いたんぽぽみたいな形になります。


「……っ、……っ!」


 遠く離れたお城の中からでもはっきり見えるほど、巨大でおぞましいその姿。

 息が詰まりそうなほどの恐怖の中で、浮かぶのはキリエさんの顔でした。

 あの人は今、きっとあの怪物の根本にいる。

 たった一人で、星を喰らう怪物に挑もうとしている。


 私にできるのは、ここであの人の勝利を祈ることだけです。

 無力な私が、あの怪物にできる精いっぱいの抵抗です。

 カミサマなんていないから、祈るのはキリエさんに。

 お願いします、キリエさん。

 必ず勝って、生きて帰ってきてください……!



 〇〇〇



 石畳を砕き、家屋を吹き飛ばして、地面から飛び出した巨大な肉のクキ。

 樹齢何千年の巨木よりも、お城の塔よりもずっと太い肉の塊が見上げるほど高くに伸びて、その先端に膨らんだ肉のつぼみがゆっくりと開いていく。

 まるでたんぽぽみたいに丸い肉の花の中心には、むきだしの巨大な歯茎がひとつ。

 ガチガチと歯を鳴らして、まるで自分の開花を祝っているみたいだった。


 根本やクキからは大量の触手がのびて、粘液を垂らしながらうねうねとうごめいている。

 その触手一つ一つにも、先端、側面、いろんな場所に口がついてて、むき出しの歯茎がガチガチと音を鳴らしていた。


「な、なんだよ、このバケモノ……!」


 ガチガチ、ガチガチ、耳ざわりな大合唱の中、トーカの震えた声が耳に届く。


「キリエ、コイツが……」


「うん、なんとなくわかるよ」


 『神断ち』から感じる魔力とは正反対の性質の、おぞましい魔力。

 間違いない、コイツが全ての元凶だ。

 ベアトの命を縮めて、ジョアナなんていう狂信者を生み出して、私を勇者なんていうエサ係にしやがった、星の海からやってきた怪物。


「ようやく会えたね。はじめまして、エンピレオ。殺してやるから覚悟しろ」


 言葉なんて通じないだろうけどさ。

 『神断ち』の切っ先をむけて宣戦布告だ。


 これから会いに行こうとしてたのに、まさかそっちから来るなんてね。

 手間が省けたのはいいけど、少し心配だ。

 お城に残してきたベアト、コイツの魔力をモロに感じて平気なんだろうか。


 しゅるるるるるるる。


 私の言葉に反応したみたいに、触手の一本がこっちにむかって伸びてきた。

 ソイツは攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、私の数メートル手前でピタっと止まる。

 その先端でガチガチ音を鳴らしていた歯茎の辺りが盛り上がり、人間の顔へと変わっていった。

 私のよく知ってる顔見知りの顔に。


「ばぁ☆」


「ジョアナ……」


「……あら、もう少し驚いてくれると思ったのに。残念だわぁ」


 別に驚かないさ。

 エンピレオ本体と融合しているってことは知ってたし。

 こうして出てきた以上、私をおちょくりにくるだろうな、とも思ってた。


「で、今さら何の用? 私から言いたいことはさっき全部伝え終えたんだけど」


「つれないのねぇ……。キリエちゃんになくっても、私にはあっ、あっ、たべたい私にはあるのよ」


 話してる途中、ジョアナの様子がおかしかった。

 うつろな目で歯をガチガチ鳴らしながら、いきなり脈絡のない言葉を口走る。

 しかも当の本人は、それにまったく気づいてないみたい。


エンピレオ(この子)はね、食べれば食べるほど成長していくの。あっ、たべっ、でもこれまでは、その成長分を勇者に分け与えたべたっ、分け与えていた」


「……アンタ、大丈夫?」


 コレ、取り込まれかけてないか?

 殺す前に正気を失ってもらっちゃ困るんだけどな。


「種の状態で星へ落ちてきたエンピレオは、開花して星の命を喰らい尽くし、たべっ、また種となって宇宙(そら)へと旅立つ。たべたい。けどね、この子は種のまま、二千年間も地底深くに眠っていたのよ? とっても優しい子でしょう?」


 ザクッ!


「あがっ」


 ジョアナの口の中めがけて『神断ち』を突き立てる。

 これ以上、コイツの寝言もエンピレオ弁護も聞いてやる義理なんてないからね。

 あと気色悪い。


「……ひどいわねぇ」


 ところが別の口が盛り上がって、また別のジョアナの顔が現れた。

 なんだコイツ、ホント人間辞めてるな。


「だからこの子はもうガマンの限界。この星の全ての命を喰らい尽くして、たべたいっ、新しい星へ渡るつもり。そのために、世界中へ根をのばしている最中なの」


 世界中の命を自分のエサにするつもりだってのか?

 こうして地上に出てきたのも、そのために……。


「不死兵の刈り取った命で、この子は開花して完全体となった。でもね、たべたいっ、まだまだ足りない。手始めに、この王都にいる全ての命を食べなきゃ気が済まないみたい」


「……王都の人たちなら、とっくに避難したよ。そろそろ盆地を出る頃じゃないかな」


「っふふ。それはそれはまずいわねぇ、まずい。まずい、おいしい。たべたいっ、たべたっ、たべっ」


 ドロリ。


 ジョアナの顔が崩れて、むき出しの歯茎だけが残る。

 ソイツがガチガチ歯を鳴らしながら食べたいを連呼、触手についた他の口も一斉に同じ言葉を口走りはじめた。

 その直後、この盆地を囲む山脈のてっぺんから半透明の赤いカベが出現。

 ソイツはドーム状に展開していって、あっという間にこのデルティラード盆地全体を包み込む。


「キリエ、これってまさか……!」


「結界、だね……。にしても、盆地まるごと一瞬で包むだなんて……」


 結界術を自在に操る、ケニー爺さんの推測通りの力。

 これで私やベアトはもちろん、避難中の一般市民全員、盆地の中に閉じ込められたってわけだ。

 一人たりとも逃がさずに、自分のエサにするために。


「……トーカ、クイナ。二人はお城に残ってるみんなに、このことを伝えに行って」


「あ、あぁ、わかった。けどキリエは――」


「決まってる。コイツを、殺す」




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