34 優しくなんか、ないんだよ
フレジェンタの街を出て、どのくらい走り続けたかな。
街はもう地平線の彼方、こっからじゃ見えないくらいには遠く離れた。
私は平気だけどベアトはクタクタ、メロちゃんなんて今にも死にそうだ。
あと、引きずられてるゴミは気を失ってる。
「じゅうぶん離れたし、今日はもう休みましょう。もちろん街道からは見えないところで、ね」
「はっ、はひぃぃ……っ」
「……、っ! ……、っ」
二人は息を切らしながら、神様を見るような表情でジョアナを見てた。
道から外れた荒野の中に洞窟を見つけて、私が先に入って安全確認。
魔物の巣じゃないことを確かめて、私たちはようやく一息ついた。
「どうかな。追手は来てない?」
「見通しは良いから断言できる。来てないわ」
こういう時、荒野だと便利だね。
敵は完全に私たちを見失ったはず。
タリオだけはブチ殺したかったけど、仕方ないか。
ベアトたちは、洞窟の奥でテントの用意を始めた。
私はやっぱり、コイツの拷問だ。
……ベアトには見せたくないし、外に行こう。
気絶したゴミを引きずって、洞窟をじゅうぶん離れたところで、
「おい、起きろ」
地面に放り捨てて、頭を蹴っ飛ばす。
「い、痛いっ!」
「おはよう、目は覚めた?」
走ってる間、コイツのプロフィールをジョアナから聞いた。
レクサ・マネルディ・デルティラード。
コイツ、ネアールから回してもらった美女の奴隷を五十人以上、自分の屋敷で飼ってるんだって。
戦場には出られないくらい臆病なくせに、部下にはいっつも威張り散らして、少しのミスで罰したり処刑したりするから人望もゼロ。
一万五千の将兵たちの見捨てっぷりも納得だ。
ま、一言で言うと小物。
薄っぺらいゴミ。
なんの面白みもない、どこにでもいるクズだ。
「き、貴様、知っているぞっ! 水をお湯にするしか能がない、出来損ないの勇者だろ! そんなゴミがこの僕に——」
「ゴミがピーチクさえずるな」
「あぎゃっつああぁぁぁっ!!」
とりあえず手首をグツグツさせてやる。
黙れっつったのに汚い悲鳴を上げやがって。
「聞かれたことにだけ、答えてね。わかったかな?」
「ひっ……はひっ……」
もう心が折れたのか。
とっても優しく言ったのに、青ざめながらこっくんこっくん首を上下させてる。
「はい、まず質問。なんで私たちの隠れ家がわかったの?」
「あ、兄ぃに、タリオ兄ぃに指示されて……」
「タリオはどうやって知ったの?」
「知らないっ、わからないっ、教えてもらってないっ!!」
「……はぁ、なんにも知らないんじゃん。ジョアナ、コイツだめだ。もういいかな?」
振り向いてジョアナに確認する。
いつの間に後ろにいて、見物してたか知らないけどさ、あんまり趣味良くないよ?
「ええ、殺しちゃいましょ。これ以上なにも出てこないでしょうし」
「ひっ、やめでっ、殺さないでっ! 嫌だっ、死にたくないぃぃっ」
ボロボロ泣いてるけど、汚らしいとしか思わない。
脳みそ破裂で即死なんて、罰としてはちょっと生ぬるいよね。
鼻の先に、ちょん、と指を触れる。
「あへ? あっ、あっちっ、あっちぃぃぃぃ!!」
鼻の先から少しずつ、顔全体へ皮膚が弾けて、沸騰が広がっていく。
表面だけじゃなくて奥にも行くようにしたから、最後には脳みそに到達するけど。
それまでは、たっぷり苦しんでもらおう。
「あぎゃああぁぁぁっ!! たずげっ、だすけでぇぇぇぇぇぇっ!!!」
……。
「あづいっ、いだいっ、あぎっ目がっ目が見えなくっ……!!」
…………。
「いぎゃああぁっ!! あぎゃぅ、ぎゃ……」
ビクン、と体が跳ねて、動かなくなった。
顔面の皮が全部弾けて、肉が剥き出し。
目玉もパァンって弾けて、ホント面白い死にざまだったな。
あースッキリした。
「キリエちゃん、あなた……」
「どうかした?」
「すっごく冷たい目で見てたわよ……? ぞっとするくらいに……」
「そう? 私は面白かったよ?」
「最近、人間味出てきたと思ったんだけど。はぁ……、まだまだみたいね」
生ゴミは荒野の崖から投げ捨てて、ジョアナといっしょに洞窟へ戻ってきた。
そしたら、私に気づいたベアトがすぐにこっちへ走ってきて、
「……っ」
両手をギュッと握られた。
私がなにしてたのか、わかってたのかな。
それとも、黙っていなくなったからベアトに心配かけちゃってたのかな。
どっちにしても、この子は私がすることに何も言わない。
ただただ隣にいて、私のことを心配してくれる。
「ベアトは優しいね、私と違って」
「……っ、……っ」
ふるふるって、顔を左右に振って。
そんなことないですよって、キリエさんも優しいですって言ってくれてるのかな。
うぬぼれかもしれないけど、ベアトの言いたいこと、少し分かるようになってきたし。
でもさ、ホントに違うんだよ。
私は、優しくなんかない。
優しくなんか、ないんだよ。
その後、数時間だけ仮眠をとって、明け方に出発することが決まった。
テントを二つ張って、私とベアトが二人で、ジョアナたちが三人の組分けで眠る。
すぐに出られるように普段着のまま、掛け布団をかけただけだから、体も心も全然休まらないけどさ。
○○○
夢を、見た。
夢の中で、クレアは笑ってて、私と一緒にかくれんぼしたり、雪合戦をしたり。
ベアトといっしょに寝ると見られる、幸せな夢。
けど、突然クレアの様子がおかしくなった。
お姉ちゃん、今すぐ起きて。
ここから早く出て、元の場所に戻って、って必死に私にうったえてくる。
あまりにも必死だから、私はしぶしぶ、夢の世界から抜け出した。
そして、目を開けると、視界に映ったのは、私に両刃剣の切っ先を向ける見知らぬ男。
「……っあああぁぁぁぁぁぁああぁぁっ!!!」
瞬間、私の心を満たしたのは殺意。
飛び出したのは怒りの叫び。
またか、またなのか、ふざけるな。
振り下ろす切っ先に、手をかざす。
手のひらがつらぬかれたけど、そんなの知るか。
「うおっ、こいつ……っ」
そのまま起き上がって、怯む敵の顔面をつかんで、思いっきり魔力を流す。
加減なんてない、メチャクチャな量を。
「おばっ、ぼぶぷぁああああぁぁっ……」
顔面全体が沸騰して、肉が全部溶け落ちて頭蓋骨だけになって、男は死んだ。
「はあっ、はぁっ、はっ……」
ベアトは?
私の隣で寝てるベアトは?
確かめるのが怖い。
もしもこの子が殺されていたら、私は、私は……。
「……っ! はっ、はぁ……」
……足の力が抜けて、へたりこんだ。
ベアトの体には、傷一つついてない。
かけてる布団に血もついてない。
静かに寝息を立てて、寝てるだけだ。
よかった、生きてる。
あの日の夜と違って、今度は間に合った……。
「ベアト、ベアト、起きて」
「……?」
軽くゆすって起こす。
寝ぼけまなこで目をこするベアトだけど、テントの中に転がってる男の死体と剣を目にして、すぐに目が覚めたみたい。
異常事態だと認識してくれて、すぐに荷物をまとめ始めた。
ホント、賢いよね、この子。
「ベアトはこの中にいて。私はメロちゃんやジョアナたちの様子を見てくる」
クソ、まただ。
私たちの居場所がバレてる。
どうやってんのか知らないけど、夜討ちをかけて皆殺しにする気だ。
そうはいくか、逆に私が全員まとめて殺し尽くしてやる。