339 決戦へ
装置の中で青く光る宝玉。
それと共鳴するように輝きを放つ青いソードブレイカー『神断ち』。
何よりも体の内側に感じるほんのりとした清々しさが、私の力の源がもはやエンピレオじゃないことを示していた。
「どうやら……、はぁっ、終わった、みたいね……」
「……は、……ぁっ」
「えぇ、成功よ。二人とも、よく頑張ったわね……」
息も絶え絶えのベアトとリーチェをベルナさんが抱きしめる。
数十分か、もっと長かったのか、正確な時間はわからないけど、ともかく、私の中の勇者の力を装置に転移させる作業、それから装置にエンピレオと反する魔力を生み出させる作業がようやく完了だ。
まぁ、今の私は達成感とか安堵感よりも、
「ベアト、平気? 苦しかったりしない?」
この子の心配で頭がいっぱいだったりするんだけど。
「……っ」
こくりとうなずくと、ベアトはベルナさんの腕の中からするりと抜け出して、私の前にちょこんと座る。
軽く汗をかいてて息も上がってるけど、倒れるほど辛いわけじゃなさそう。
ひとまずは安心、かな。
「よかった……。お疲れさま、ベアト」
「……っ!」
頭をなでなでしてあげたら、弾けるような笑顔を見せてくれた。
改めて、この子を守りたいって強く思う。
私の復讐のためだけじゃない、この子のためにもジョアナを、エンピレオを絶対にブチ殺す。
「……私も頑張ったんだけど? 一言くらいくれてもいいんじゃない?」
「……あぁ、うん。なに? アンタも頭撫でられたいの?」
「気色悪いこと言わないで。もういいわ……」
って言ってもね、リーチェってば何を言ってほしかったんだ。
まぁ、ベアトの様子を見ても、アイツがしっかり負荷を分担してくれたのはハッキリわかる。
ベアト一人に押し付けるんじゃないかって疑ったりしたけどさ、少しだけ見直したよ。
ほんの少しだけ。
「さて、と。ベルナさん、この剣もう抜いていいんだよね」
「かまいませんよ。作業工程は全て完了しましたから」
よし、じゃあ遠慮なく。
装置のスリットに納まった青いソードブレイカーを引き抜く。
ソイツを赤い剣の代わりに鞘に納めようとした時。
「キリエさん、少し待ってください。その剣に関する説明をしますので」
「説明?」
あぁ、メロちゃんも言ってたな。
この剣になにか仕掛けがあるって。
「その剣の刀身の付け根、鍔状になってる部分の真ん中にある装置ですね。そこには初代勇者の【聖剣】の勇贈玉が埋め込まれています。装置に組み込んだ都合上、能力としては使えませんけどね」
「【聖剣】――あぁ、フィクサーが使ってたヤツだ」
「始まりの勇贈玉である【聖剣】を媒介に、その装置があらゆる勇贈玉とリンクします。そして、勇贈玉に封じられたすべての勇者の戦闘経験値があなたに流れ込む」
ケニー爺さんが残してくれた、エンピレオ討伐のための最後の奥の手。
装置じゃなくてこの剣に組み込まれてたんだ。
でも……。
「……あの、それにしては私、全然変わらないんですけど」
それなら剣を手にした瞬間、信じられないくらいの力が湧いてきてもいいはずなのに。
「歴代の勇者、全ての戦闘経験値をその身に宿せば、たしかに圧倒的な力を得られます。しかし、その力は諸刃の剣。あまりに強すぎる力に、きっとキリエさんの肉体が耐えられない」
「体がブッ壊れちゃう、ってこと?」
「えぇ。それを防ぐため、装置にリミッターが設けられているのです。装置のダイヤルを回せば、あなたに力が流れ込み、それこそ神にも匹敵するほどの戦闘力を得られるでしょう」
たしかに、剣にツマミがついてるや。
コレを回すだけでいいのか。
「再び力を封じるには、ダイヤルを戻すだけで結構です。複雑な操作は戦闘中ジャマになるでしょうから」
「なるほど……。うん、わかった」
「気をつけてくださいね。肉体が耐えられるリミットは、ケニーさんの見立てによれば一分ほど。制限時間を過ぎればどうなるか、保証はできません」
ベルナさんの忠告を心に刻みながら、『神断ち』を鞘に納める。
いくらラマンさんの薬でも、致命傷になるようなケガはどうにもできないはず。
仇を前に自滅なんてマヌケな死に様、絶対にゴメンだからね。
ホントに気をつけなきゃ。
「それじゃあベアト、今度こそ行ってくるからね」
「……っ」
『まってます。まってますから、ぜったい、ぜったいぶじにもどってきてください』
「戻ってくるよ。心配しないで……って言ってもムリか。心配しすぎないようにね」
「……っ!」
ニッコリ笑ってうなずいたベアト。
それから背伸びして私のほっぺに顔を近づけようとして、ハッと周りを見回す。
いつもみたいに勝利のおまじないのほっぺにちゅー、やろうとしたんだね。
でも、ベルナさんやリーチェ、メロちゃんに研究員の人たちもいて、恥ずかしすぎてやめちゃった、と。
「……ぅ」
顔、赤くなっちゃってるし。
うつむいてもじもじしちゃってるし。
「……ベアト」
「……?」
呼びかけると、顔を上げて小首をかしげる。
そんなベアトの前髪をかき上げて、おでこにちゅ、っと唇を落とした。
「いってきます」
「……っ!!? っ、ぁぅ……っ」
『いってらっしゃい』の紙を、真っ赤になった顔を隠すように掲げるベアト。
なんかメロちゃんの「やりますねぇ」みたいな声とか、リーチェの突き刺さるような視線とか感じる気がするけど、そんなの関係ないくらいかわいい。
「うん、すぐに片づけてくるから。待っててね」
ほっぺをひと撫でしてから、私は会議室のトビラを開け放った。
誰もいない廊下を走り抜け、手近なバルコニーから城の外へと飛び出す。
燃え盛る街、鼻をつく血のニオイ。
ベアトと触れ合って和んでいた心が、一気にささくれ立った。
(クイナにイーリア、無事だよね。それにトーカも……)
戦場に残してきたみんなの顔が脳裏によぎる。
大丈夫だ、みんな強いから。
きっと持ちこたえてくれてると信じて、まずはトーカの待つ大通りへと駆け急ぐ。
最後の戦いになる予感を、肌に感じながら。