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333 二千年前




 亜人たちが、元は俺たち人間と同じ存在だっただと?

 にわかには信じられねぇ話だが……。


「大陸の西側に住んでいた人々は……っ、分霊わけみたまからあふれる魔力の影響を受けて、姿形が変わってしまったのさ……っ。その環境に合わせた姿へと、ね……っ」


「人間が姿を変えた……? そんな話、信じられるわけが――」


「ギリウス君、キミも知っているはずさ……っ。神の影響を受けた人間が、姿を変えることを……っ」


 ……教団が飼ってた肉塊や、奴らの不死兵のこと言ってんのか。

 たしかに、そいつらという例がある。

 ラマンたちはあんなバケモノじゃねぇが、エンピレオの魔力が人間を変質させるってのは確かだ。


「ともかく、そうして亜人が生まれたのはまぎれもない事実さ……っ。――そうして亜人が生まれ、世界は……地獄となった……っ」


「地獄……」


「あぁ、地獄さ……っ」


 どこか遠くを見るような目で、ゼーロットはそうつぶやく。

 地獄、ヤツが口にしたその単語からは、なんつーか重みを感じた。

 軽い言葉じゃねぇな、ってよ。


「……突如として出現した亜人たちだが、その後、世界はどうなったと思う……っ?」


「どうって、今みたいな形じゃねぇのか。種族ごとに集まって、国を作って……」


「その形になるまで、の話さ……っ」


「……弾圧、排斥はいせき。あるいは虐殺、か」


「あぁ……っ、その全てだよ……っ」


 ギリウスさんの問いかけに、ゼーロットがうなずく。

 世界規模で、亜人の虐殺が起きたってのか?

 そんな話、聞いたことも――。


「意外そうだね、バルジ君……っ。無理もない。歴史から抹消された忌むべき出来事だからね……っ」


 ……ウソじゃ、ねぇみてぇだな。

 コイツの目はマジだ。

 本当のことを言ってやがる。


「ひどい光景をいくつも見てきたよ……っ。村が丸ごと皆殺しにされる、なんてものはザラにあった……っ。亜人というだけで捕まり、泣き叫びながら拷問にかけられて処刑される子どももいた……っ。悲惨な、本当に悲惨な時代だった……っ。言葉が通じるのに、同じ心を持っているというのに……っ。姿形が違うというだけで、人はあんなにも残酷になれるんだね……っ」


 ゼーロットの目から涙がこぼれていく。

 肩を震わせ、声をつまらせながら、ヤツはなおも語り続けた。


「そんな状況に、ボクも勇者として何もしなかったわけじゃない……っ。亜人たちをパラディへ受け入れ、彼らが安心して暮らせるように保護をした……っ」


「パラディに人間と亜人が共に住んでるのは、そんな歴史があってのことか」


「その通りさ、ギリウス君……っ。だが、パラディの領土も無限ではない。受け入れる人数にも限界があった……っ。亜人の虐殺は続き、一部の亜人たちは西へ逃れて他種族とのつながりの一切を断ったけれど……っ、そうもいかない種族も大勢いた……っ」


 ……なるほどな。

 魚人たち以外にも、西の果てに鎖国している複数の種族がいる。

 お宝守ってるわけでもねぇそいつらが、なんで魚人といっしょに鎖国してるのかと思ったが。

 こんな胸糞悪い背景があったとはな……。


われなき暴力にさらされ続け、とうとう亜人たちも黙っていられなくなった……っ。そこから先は戦争、さ……。人間も亜人も疲れ果て、ようやく領土を決めて和解するまでには、セリア君の時代までかかったみたいだよ……っ」


「……で、お前は人間に絶望して『獅子神忠ピレア・フィデーリス』を作ったってわけか。カミサマにすがって、人間みんなをエサにするためによ」


「そうじゃないさ……っ。言ったろう? ボクは人間が大好きなんだ……って」


 あん?

 今、コイツの暴挙の理由を話してんだよな。

 そういう流れじゃなかったのか?


「異質なものを恐れ、遠ざけ、迫害する……。たしかにアレが人間のサガなのだろう……っ。誰もが持つその本能を、大多数の人間は理性で制御できない。悲しいことだけどね……っ」


 ゼーロットは大きく頭を左右に振って、涙をポロポロとこぼす。

 ところが次の瞬間には、大きく腕を広げて満面の笑みを浮かべた。


「だがっ! あんな地獄の中でも、ボクは見たんだよ……っ。誰かのために戦える者たちを、その輝く心を……っ!」


 辺り一面に響くような大声で叫んだあと、ヤツは感極まって自分の体を自分で抱きしめる。


「キミたちもそうだ……っ。自分ではない誰かのために命を張れる、素晴らしい人間さ……っ。彼らやキミたちのような人間ばかりの世界なら、あんな悲しい出来事は起きないのにね……っ」


 散々なオーバーリアクションの末に、俺たち三人を見回してうんうんと何度もうなずく。

 かと思いきや、唇を噛みしめてまたボロボロ泣き出しやがった。

 コイツの情緒、いったいどうなってんだ。


「ボクはね、もうなにもわからなくなってしまって……っ! そんな時、神が救いの手を差し伸べてくれたんだよ……っ。迷えるボクに、神託をくれた……っ」


「神託だぁ……?」


「そうさ……っ。神が神託をくれたんだ……っ。善なる心を持つ、一部の者だけの理想郷を作ればいい、と……っ」


 エンピレオってのは、生存本能と食欲だけを持ったただの怪物だ。

 そんなこと言い出すはずがねぇ。

 第一、神託者でもねぇのにエンピレオの言葉が聞けるかよ。

 大方、心がブッ壊れて妄想に取りつかれたってとこか。

 自分で出した結論を、神の言葉だと思い込んでるんだ。


「そうしてボクは、神を崇める同志たちを集め、ひそかに『獅子神忠ピレア・フィデーリス』を設立した……っ。この世界を、神の治める理想郷と変えるために、ね……っ」


「理想郷だと? ふざけるな。貴様のやろうとしていることは、貴様が忌まわしいと断じた虐殺だ」


「違うよ、ギリウス君……っ。選ばれなかった者は、みな神のにえとなる……っ。高尚なる神と一体化するんだ……っ。愚かな人々も、神と一つになればきっと救われるよね……っ?」


 イカレたとんでも理論をブチ上げやがったコイツからは、一欠片の悪意すら感じなかった。

 そこにあるのはただ、底抜けの善意だけ。

 やっとわかったぜ。

 この野郎の行動原理は、吐き気をもよおすほどの、底の見えない独善だ。


「わかってくれたかい……っ? ボクはキミたちのような人間を殺したくない……っ。剣を納めて、ボクといっしょに理想郷を作ろうよ……っ!」


 ヤツは剣を納め、俺たちに手を差し伸べた。

 なるほど、耐えきれねぇような辛いことが色々あったんだろうさ。

 だが、俺の答えは決まってる。

 ディバイもギリウスさんも、確認するまでもねぇよな。


「ゼーロット、よーくわかったぜ。お前ほどじゃねぇが、俺たちもひどい光景を山と見てきたさ。たしかに人間の本質は、二千年前から変わってねぇかもしれねぇな」


「あぁ、わかってくれたんだね……っ!」


「だがな。だとしても、だ。未来これからを少しずつでも変えていくべきなのは、現在いまを生きる俺たちだ。二千年前(過去)を生きてたお前じゃねぇ。だからよ、俺たちの答えも変わらねぇ」


 一歩進み出て、俺は右の長剣を肩にかつぎ、左のソードブレイカーの切っ先をヤツにむける。

 イマイチ何を言ってるのかわからねぇって顔してるからな。

 わかりやすく、ハッキリ言ってやるよ。


「とっととユピテルに体返して、玉ん中に戻りな。お前の出る幕は、二千年前(とうの昔)に終わってんだよ」




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