330 ゼーロットの涙
「うーむ、なるほど……っ! キミはどうやら、この体の持ち主に一方ならぬ思いがあるようだ……っ!」
騎士たちを斬り裂いたヤツの武器は、なんの変哲もない両刃の長剣一本のみ。
ソイツを軽く振るって血を飛ばすと、ヤツは何も持たない左手を高々とかかげた。
「しかし、しかし……っ、悲しいかな……っ! それは報われぬ片思い……っ」
その手に魔力が集い、光となって、円形の巨大な盾が虚空から生み出される。
妙な装飾がほどこされた、不気味な光を放つ盾だ。
「彼の方は、キミを殺したいほど憎んでいるよ……っ。悲しい、悲しいね……っ」
片手に剣、片手に盾を手にしたヤツが戦闘態勢を取る。
その目から涙が一粒こぼれ落ちていった。
「その盾……。ただの盾ではなさそうだ……」
ゼーロットという勇者が活躍したのは二千年近く昔のこと。
ロクな記録が残っておらず、おとぎ話同然の話しか残されていない。
ヤツ自身の勇贈玉も、二千年前に失われたという。
おそらくは『獅子神忠』のしわざだ。
ヤツが立ち上げた組織が、ヤツが命を落としたあとに勇贈玉と正式な記録を回収したのだろう。
つまりヤツの戦闘スタイルは、俺にとって未知数。
唯一伝わっているギフトの名前から、推測するより他にない。
「貴様のギフトの名は【鉄壁】……。間違いないか……?」
「おや、顔色一つ変えないとは……っ。意外だね、もっと悲しむものかと……っ」
「答えろ……」
「……あぁ、その通りさ。そのくらいは教えてあげても、いいよね……っ」
やはり。
ならば間違いなく、魔力で生み出した盾がヤツの要だ。
「では、戦う前にボクも一つ、キミに質問をいいかな……っ?」
「……答える義理はない」
「まぁそう言わずにさ……っ! このユピテルという男に憎まれていると、ボクが教えてあげたにも関わらず、キミの心は少しも揺れなかった……っ。なぜだい?」
なんだ、この男……。
奇妙な話だが、俺にゆさぶりをかけているわけではない。
なぜならヤツの問いかけからは、一切の打算も含みも感じないからだ。
ただ純粋に、疑問を抱いて問うている。
「…………。……とうに、知っていたからだ」
「ほう……?」
「そう……。ユピテルが俺を憎んでいることなど……、とうに知っている……」
憎まれて当然だ。
彼の妹を殺したのはこの俺だ。
その人生を狂わせてしまった張本人は、他ならぬこの俺なんだ。
「彼に許されることなど、望んではいない……。俺の望みはただ一つ……。貴様という亡霊からユピテルを救う、それだけだ……!」
周囲の魔力を活性化させ、無数の氷の槍を作り出す。
右腕をふるい、そいつをゼーロットにむけて射出。
「自分自身の救済は、望んでいない、と……っ」
ヤツは大盾をかまえ、この攻撃をガードした。
盾にぶつかった氷は砕け、あるいは先端が折れて地面に散らばる。
「あぁ……っ、なんと悲しいことだろう……っ」
通常の盾でガードされたとしても、まったく同じ結果になるだろう。
この程度の攻撃では、ヤツのギフトを引き出すことはできないか……。
「貴様に……、同情される筋合いはない……」
続けざまに氷の槍を連射してヤツの動きを止めつつ、更なる大規模攻撃のために魔力を練り上げる。
「同情などしていない……っ。ボクは悲しいのさ……。この世界の残酷さが、ただひたすらに……っ」
ゼーロットの目から、またも涙がこぼれた。
ヤツの考えがまったくわからないが、今は思想よりも能力を引き出すことが先決だ。
「ご高説ならば……、勇贈玉の中で思うさましていろ……」
上空に生み出した巨大な氷塊を、重力にまかせてヤツの頭上に落下させる。
全長十メートルを超える、空気などの不純物を取り除いた透明な純氷だ。
夜の闇にまぎれて、視認はほぼ不可能なはず。
「あいにくと……っ、二千年もやっていては、飽きてしまってね……っ」
しかし、ヤツはこの攻撃を察知していたらしい。
氷槍が途切れた一瞬のスキをついて、足に練氣をまとい高速で移動。
氷塊は数瞬前までヤツがいた場所に落下し、砕け散った。
月影脚、か。
「だからキミに聞いてほしいんだ……っ! ボクの胸に秘めた、この想いを……っ!」
「興味はない……!」
まだだ、氷塊は一つじゃない。
上空から立て続けに、巨大氷塊を雨あられと降りそそがせる。
が、これほどの絨毯爆撃でもヤツにはかすりもしない。
……ならば、別の手段を講じるまでだ。
砕け散った大量の氷の破片、その全てを制御して、この一帯を無軌道に飛び回らせる。
視界一面が真っ白に染まるほどのブリザードが、数ブロック分の区画を覆い尽くした。
この範囲攻撃ならば、ヤツがいくら高速で動けたとしても無意味なはず。
しばしの間、戦場に猛吹雪が吹き荒れる。
ヤツの魔力反応は、ある一点から動かないまま。
ほんの少しでも、ダメージを与えられていればいいのだが……。
「どうだ……?」
魔力を解除し、攻撃を停止させる。
大きな氷の破片が落ち、小さな破片が風に流され、ゼーロットの姿があらわになった。
「あぁ……っ、なんだ、もう終わりかい……っ?」
「無傷……、か」
だが、一連の攻撃で判明したことが二つある。
一つは、ヤツが練氣を使えるということ。
そしてもう一つ。
ヤツのギフトは、やはり防御系の力だ。
それが証拠に、全方位攻撃のブリザードを受けてもヤツは全くの無傷。
体にキズはおろか、髪の毛一本氷ついていないのは明らかに不自然だ。
「ふむぅ……。しかしキミ、気に入ったよ……っ! 接近戦を避け、ボクの力を見極めようとする。冷静な戦い方をするじゃないか……っ!」
「むざむざと……、殺されるわけにはいかないからな……。ユピテルを貴様から解放するまで、俺は死なない……」
「……素晴らしい。キミは救済されるべき人間だ……っ!」
「救済、だと……?」
「あぁ、ごほうびに少しだけ見せてあげるよ……っ。ボクのギフト、その力の一片を、ね……っ!」
ヤツが手にした盾を俺の方へとむける。
直後、その盾から氷の槍が大量に発射された。
「攻撃のコピー……、反射か……?」
いずれにせよ迎撃せねば。
手早く魔力を練り上げ、同じ量の氷槍を放つ。
双方が激突し、相殺されて砕け散る――かに思われた。
「なに……!?」
が、砕かれたのは俺の放った氷槍のみ。
威力を倍加しているとでもいうのか……!
「くっ……!」
いずれにせよ、回避はもう間に合わない。
とっさに腕をクロスさせ、ダメージ覚悟で急所をおおい隠したその瞬間。
「間一髪、間に合ったみてぇだな」
俺の前へと飛び出した影が、目にもとまらぬ剣閃で氷槍を全て撃墜。
左のソードブレイカーを逆手に、右の長剣を肩にかついでこちらをふりかえった。
「バルジ……!」
「よぉ、相棒。お前のしたいこと、手伝いにきてやったぜ?」