329 遭遇
押し寄せる不死兵を前に、手にした大剣へ練氣を込めてかまえる。
「練氣・豪破断!!」
腰を落とし、ひねりを加えて繰り出す渾身の斬撃。
空気を斬り裂く轟音とともに、横なぎに振るわれた極太の気刃が不死兵の群れを粉々に打ち砕いた。
バラバラに飛び散る肉片を前に、俺はすぐさま背後の騎士たちへと指示を出す。
「魔術師隊、氷魔法斉射!」
「「「はっ!」」」
統率の取れた氷属性の集団魔法が隊列の後方から放たれ、不死兵の肉片を残らず氷の中へと閉じ込めた。
「よくやった。周辺の不死兵は残らず掃討できたか……」
大剣を背中に納め、周囲を見渡す。
目に映るのは崩落した民家や店舗、民間人の死体に氷漬けとなった不死兵の残骸のみ。
命あるものは何一つとして存在していない。
「生存者の確保は?」
「周辺には確認できませんでした。おそらくは、もう残っていないかと」
……ならば、潮時かもしれんな。
「……念のため、もうしばし生存者を捜索しよう。しかる後、スティージュ騎士団は城へと帰還。避難民の護衛任務にあたることとする」
「おっと、捜索の必要はないぜ」
民家の屋根から何者かの影が飛び出し、俺のそばへと軽快に着地した。
何者か、とは言ったが、確認せずとも声だけで誰だかわかる。
なにせ、俺の弟だからな。
「バルジか。必要がない、とはつまり……」
「あぁ、もうこの東区画には生存者は残っちゃいねぇ。さっき助けた親子で全部だったみてぇだ」
「……そうか」
「気を落とすなよ、ギリウスさん。何百人も助けられたじゃねぇか」
「だが、何百人もの死体をこの目で見たよ。助けた数と同じか、それ以上の人数の死体をな」
到底、手放しで喜ぶ気にはなれない。
とくにこの東区画は、お前やレイドが店をかまえていた場所だ。
お前たちに縁のある人々も、おそらくは大勢犠牲となったはず。
……記憶を失った今のお前に、こんなことを思っても仕方ないことだが、な。
「……なぁ、バルジ。ここから東の方角へ二ブロック、噴水のある広場を見たか?」
「あん? なんだ急に。たしかに噴水広場はあったが、そこにも生存者はいなかったぜ?」
「……。……そうか、ならいいんだ」
やはり、何も思い出せないか。
噴水広場にあるお前の店、リターナー武具店の跡地を見れば、記憶が戻るきっかけになるのではないか、と思ったのだが……。
「……? まぁいい。それよかよ、気になることがあんだが……」
「なんだ、言ってみろ」
「この東区画、ザコしかいなかったよな」
「あぁ、不死兵ばかりだ。『獅子神忠』の幹部級は見当たらなかったな」
「だが、親玉クラスが来てないわけじゃねぇ」
たしかに、中央区でキリエたちがジョアナと激戦を繰り広げている、という報告は受けている。
……なるほど、バルジの懸念が読めてきた。
「西区画にむかった王国の騎士団からの連絡がない。指揮系統が違う上に位置が正反対な以上、連絡をよこす必要がないだけかもしれないが……」
「そうじゃないかもしれねぇ。それに、西区画にはディバイもむかったしよ……」
相棒、か。
かつてのバルジはレイドをそう呼んでいたが……。
「ギリウスさん、俺ぁ西区画の様子を見てくる。もしも俺の思った通りの相手に遭遇してたら、アイツはムチャするに決まってるからな」
「待て、バルジ!」
止める間もなくバルジは屋根の上へ飛び上がり、西区画を目指して家々を飛びわたっていく。
「アイツめ……」
お前は仲間が心配なのかもしれんが、俺はお前が心配なんだ。
また一人でムチャをやらかさないかと。
「……副団長。騎士団を率いて城に戻れ」
「はっ! ですが、ギリウス団長は……」
「俺はバルジを追う。仲間のためなら無茶をするのが俺の弟だからな。一人にはしておけんさ」
△▽△
不死兵を掃除していた最中、そいつは突然俺の前に姿を現した。
ユピテルと同じ顔をしたその男。
すぐにわかった、コイツが話に聞いていたゼーロットだと。
ユピテルの体を乗っ取り、現世に復活を果たした二代目勇者。
『獅子神忠』の創始者だ。
ヤツがその場に出現してわずか一秒。
俺の周囲にいた騎士団員数名が、
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
「ひぎっ……!」
体から血を噴き出して、その場に崩れ落ちる。
俺自身も、とっさに氷のカベを展開しなければ同じ運命をたどっていただろう。
「んん……っ、悲しいかな人の子の断末魔。せめて、今は安らかに……っ」
パリィィィィィッ……!
受け止めた衝撃に耐えられなかったか。
氷壁が砕け散り、その音にヤツは目を細め、俺の方へと振り返る。
「んん、おやおやぁ……っ。今の不意打ちを生き残る者がいたとはね……っ。こいつは驚きだ……っ。これまで殺してきた騎士たちは皆、先のように成すすべなく倒れていったものだが……っ」
「貴様……、ゼーロットだな……」
クイナから聞いた情報で、コイツの体のことはよく知っている。
彼女とは異なり、ヤツの復活は不完全。
その体の中に、まだユピテルの魂は残っている。
彼はまだ、生きている。
「おやおやおやぁ……っ? ボクのことを知っているのかい……っ? ――いや、待て。ボクもキミのことを知っているな……っ」
こちらに手を突き出し、片手で顔をおおい、また突き出して人差し指を立て、横に振る。
この男、いちいち勘にさわるオーバーなリアクションを取る。
しかもユピテルの体で……。
「そうだ、キミはディバイ・フレング……っ! 氷結鬼とあだ名された殺人鬼、だね……っ! この体にある記憶が教えてくれたよ……っ!」
「ユピテルの記憶を覗けるのか……、ならば話は早い……」
ヤツは強い、全力でいかなければ殺される。
だが、ヤツを殺すつもりはない。
氷の魔力を練り、臨戦態勢を取る。
体からあふれ出す魔力が空気中の水分を氷結させ、周囲に氷の結晶を作り出した。
「二千年前の亡霊、ゼーロット……。その体、ユピテルに返してもらおう……」