327 双子の姉妹
もう、グズね。
すぐ転ぶんだから。
昔、まだとっても小さかったころ。
私が中庭で走り回って遊んでいた時。
転んでしまって泣いていた私に、お姉さんはそう言って手をさしのべてくれました。
賢くて、強くて、一人でなんでもできて。
お姉さんは私の自慢で、あこがれだったんです。
……でも、そんなお姉さんは幻だったんですよね。
本当のお姉さんは、聖女の運命に翻弄されて、迫りくる死に怯える日々を過ごしていた。
聖女として暮らすお姉さんとは、それほどいっしょには過ごせませんでしたが、それでも私はお姉さんの家族です。
たった一人の妹なんです。
お姉さんに命を奪われそうになったときよりも、真相を知った時の方がショックでした。
妹として、お姉さんの苦しみに気づいてあげられなかったことが、とっても悔しかったんです。
「……なによ。デコピンされてニコニコしてるなんて、気味悪いわ」
「……っ!」
だから私、今とっても嬉しいんです。
聖女としてのお姉さんでも、部屋に閉じこもって抜け殻みたいだったお姉さんでもなく、あの頃のおもかげを残した素のお姉さんが目の前にいることが、とっても嬉しいんです。
「聖女リーチェ……!? なぜここにっ!」
ところがメロさん、グリナさんの後ろに隠れてとっても警戒しながら問いかけます。
無理もない反応ですよね、やっぱり……。
お姉さんも、特に気にしていない様子です。
「決まってるじゃない。私を長年苦しめてきた全ての元凶が滅んでいくサマを、指さして笑ってやるためよ」
「おぉ……」
そうです、エンピレオが滅べば私とお姉さんの体をむしばむ呪いが消えます。
そしたら、お姉さんを苦しめてきた死の恐怖からも解放されて、昔みたいなお姉さんが戻ってくるはずです。
この戦いが終わったら、きっと私たち、仲のいい姉妹になれますよね?
「……だからアンタ、なんでニコニコしてるのよ。調子狂うわ、まったく。……でもま、アンタがそんなだから私ももう一度――」
「……っ?」
「――なに顔近づけてきてんのよ。なんにも言ってないから」
よく聞き取れなかったので近寄ってみたのですが、ダメだったみたいです。
怒らせてしまったでしょうか。
「……しょんぼりしないでよ。別に怒ってないわ」
「……っ!」
怒ってませんでした!
「ニッコニコですね、ベアトお姉さん……」
「こうして姉妹らしいやりとりをできるのが嬉しいんだろ。いろいろあったからな……」
「ですねー、本当にいろいろありました。でも、あとはキリエお姉さんが【風帝】さえ持ってきてくれれば――」
バタンッ!
乱暴にトビラが開け放たれる音に、ビックリして肩が跳ねてしまいます。
会議室の中にいた全員が、いっせいに入り口の方へと目をむけました。
そこにいたのは――、
「キリエお姉さん!」
そうです、キリエさんです。
急いで走ってきたのでしょうか、それとも戦っていたからでしょうか。
息は切れてませんが、少し汗ばんで見えます。
「ベルナさん、ベアトもここにいた……。よかった、ケルファに聞いた通りだった……」
「キリエさん、トーカさんもご一緒のはずでは……?」
お母さんの疑問ももっともです。
トーカさんが呼びにいって、いっしょに戻ってくるはずなのに。
「ソレもふくめて説明するよ。……で、なんでリーチェがここに?」
こっちに歩いてきながら、キリエさんがお姉さんをにらみます。
いけません、ケンカになる前に、間に割って入って止めないと……!
「クソ神様にざまぁみろって言いにきただけ。気にしないで」
「……そ。まあいいや」
ところが、ケンカにはなりませんでした。
二人の間に流れる空気はとっても険悪ですけど、ひとまず安心です。
「……大丈夫だよ、ベアト。ちゃんとわかってるから」
おまけにキリエさんに頭をなでなでされちゃいました。
とっても嬉しいです!
「で、説明だよね。急いでるから手短に、要点だけ話すからよく聞いて」
――そうしてキリエさんが話してくれたことは、これまでの計画を根底からくつがえすものでした。
ジョアナさんがエンピレオと一体化していて、装置の生み出す魔力がないと殺せないだなんて……。
「あぁ……、なんてこと……」
お母さんが両手で顔をおおいます。
今にも泣きだしそうな声で。
でも、装置がムダに終わってしまったことを悲しむような声色ではなくて、恐れていた事態が起きてしまった、そんな感じがします。
「ベルナさん、この装置にはいざという時のための機能がそなわってるってトーカから聞いた。この状況、どうにかできる機能なの?」
「――結論から言えば、可能……です。四つの勇贈玉がなくとも、装置は動かせます」
「だったら――」
「ですがその方法は……。ケニーさんが残したその機能は、人造エンピレオと同じものなのです」
「え……?」
キリエさんの表情が、固まりました。
お姉さんもです。
きっと、私もでしょうか。
「『星の記憶』とともにもたらされた四つの勇贈玉は、装置にセットされることでプログラムを展開し、エンピレオとつながった勇者の魔力の流れをハッキングします。そうして取り込んだエンピレオの魔力を、装置の中で生産、増幅していくのです」
「……人工勇者の計画を立ち上げたのは、他でもないジョアナだったわ。今思えば、研究が進む前に自らに【風帝】を仕込むことで人造エンピレオの開発を阻止しようとしたのね」
「そんなジョアナの動きを知っていたかは定かじゃないけれど。ともかくケニーさんは、勇贈玉がそろわないことを計算に入れていた。だから彼は、フィクサーと同じ答えにたどり着いたのね」
「……ちょっと、ちょっと待ってよ」
キリエさんが震えた声で、青ざめた顔で問いかけます。
「それって、それってつまり……。ベアトが生贄にならなきゃいけないってこと……?」
「……厳密には、少々違います。勇者を介しての魔力のハッキングが不可能な場合、聖女の体を介してエンピレオの魔力を直接取り込む、そのための機構です」
「体から、直接……」
「当然ながら、聖女の肉体にかかる負担は多大なものになります。……不幸中の幸いと言えばいいのでしょうか、足りない勇贈玉は【風帝】のみ。三つの勇贈玉の補助があれば、負担は軽くなると思います。ですが、やはり命の危険は避けられません……」
「そんな、そんなのって……」
キリエさん、うつむいて拳をにぎりしめます。
とっても、とっても迷ってます。
でも、頭ではわかってるんですよね?
この手段を使わなきゃ、きっと世界中の命がエンピレオに食べられてしまう。
そしたらもちろん、私も死んでしまうって。
だから、迷うことなんてないんです。
でもこの決断はキリエさんには下せないから。
だから、私が名乗り出ないと……!
『わたし、やりま』
「はい、ストップ」
羊皮紙に羽ペンを走らせていた手が、ガシッとつかまれました。
私を止めたのはお姉さんです。
「なに二人して、この世の終わりみたいな顔してんのよ。ここに聖女がもう一人いるって忘れてない? ベアトはともかく勇者キリエ、アンタもうちょっと頭の回る人種だと思ってたのに、ベアトが絡むとバカになるのね」
「リーチェ……。まさか、アンタが犠牲になる気?」
「はっ、冗談。死にたくなくってあんなことやったのに、自分から死ぬわけないじゃない。……ベルナ」
お母さん呼び捨てですか、お姉さん。
「魔力を中継する役目、私とベアトの二人がかりで負担を軽減し合うことは可能かしら」
「理論上は……可能だと思うわ。けれど、よほど息の合った同調をしなければ――」
「そう。なら問題ないわよね、ベアト」
「……、……っ!」
コクリ、うなずきます。
お姉さんと力を合わせれば、きっとできます。
だって私たち、双子の姉妹ですから!