326 家族
つい先ほどまで、お城の中はとっても大変でした。
街から逃げてきたたくさんの人たちで、お部屋も廊下もぎゅうぎゅうです。
ですので、元気な人はお城の西にある門から、兵士さんたちに護衛されて王都の外へ避難していきました。
最初の予定通り、近くの村や友好国へ行くそうです。
もっと大変なのが、元気じゃない人たちです。
たくさんのケガをした人たちの治療のために、王都中のお医者さんや治癒魔法を使える人がお城の中を必死に走り回っていました。
医療の知識がない人も、お薬や包帯を運ぶためにお城の中をバタバタです。
私は治癒魔法を使えますが、使っちゃいけない状態なのはわかっています。
まわりのみなさんも知っています。
ですから、治癒魔法は一度も使いませんでした。
ケガで苦しんでいる人が目の前にいるのに、助けられる力を持っているのに。
なにもしてあげられない自分がとっても嫌で、胸がとっても痛みました。
そして現在。
お城の中はケガ人の治療が一通り落ち着いて、少し余裕が出てきています。
完治した人たちは、無傷だった人たちと同じく王都の外へ避難。
重いケガを負っていた人たちも、治癒術師さんたちの魔法やラマンさんのお薬で回復次第、避難を開始していく予定です。
包帯やお薬を運ぶ雑用をしてた私は、手持ち無沙汰になってしまいました。
(キリエさん……、無事でしょうか……)
廊下からマドの外を見れば、すっかり暗くなった夜の王都。
ですが、いつものやわらかな明かりはどこにもなく、あちこちから火の手が上がって夜空を赤くこがしています。
このどこかで、今もキリエさんは戦っているんですよね……。
(どうか無事に帰ってきてください……)
両手を重ねてあの人の無事を祈ります。
私には、それしかできないから。
……本当に私、なんにもできませんね。
あの人のそばで戦うことも、戦いを見守ることすらできません。
いつも安全なところからキリエさんの無事を祈るだけで、唯一のとりえな治癒魔法で誰かを助けることすら、今は……。
「……っ」
じんわり、視界がにじんできました。
ダメです、誰かに見られたら余計な心配かけちゃいます。
がんばってるキリエさんにも合わせる顔がありません。
腕で涙をぬぐって、ふんす、気合いを入れなおします。
「……ベアトお姉さん? こんなとこでなにやってるです?」
「……っ!」
両手を胸の前でグッとしてると、横からメロさんの声が。
見られてしまったみたいですね。
うぅ、恥ずかしいです……。
「まあいいです。それよりですね、例の装置が完成したですよ」
「……っ!?」
「あとは【風帝】と【水神】を取りつけて、キリエお姉さんとリンクさせるだけなのです」
本当ですか!?
メロさんの方をふりむくと、両手で青いソードブレイカーを抱えていました。
とってもキレイで、キラキラと輝いて見えます。
それと、ケルファさんもいっしょにいました。
そっけなくマドの外をながめてるように見えて、バルジさんを心配してるのがわかります。
なぜなら、さっきマドにうつっていた私と同じ目をしているから。
「グリナさんが【月光】使ってこっちに運んでくれる予定ですから、あとはキリエお姉さんがジョアナさえ倒してくれれば――」
「簡単に言うね、ソレ相当ムズイだろ」
マドから差し込む月明りから、とつぜんグリナさんが現れました。
【月光】の瞬間移動ですね。
ちょっとびっくりです。
「うわっ! い、いきなり出てきておどかすなよ……」
「ははっ、悪い悪い」
ケルファさんも驚いてます。
目を丸くして、あの子もこんな風にびっくりするんですね。
ちょっとほほえましいです。
「装置の配達が終わったんでな、メロを探してたんだ」
「……?」
『メロさんをさがしてたんですか』
「あぁ、ソイツが持ってる剣。まあ受信機みたいなモンでな。調整の時、いっしょにあった方が都合がいいのさ」
やっぱりあのソードブレイカー、キリエさんが使うものだったんですね。
柄の部分に機械のダイヤルみたいなものが埋め込まれてますが、アレが受信機なのでしょうか。
「で、こうして見つけたわけだが、ベアトもいっしょにいたんだな。ちょうどよかった、お前も来るか?」
『わたしもですか?』
「家族が来てんだ、せっかくなら会いたいだろ」
私の家族……、お母さんが来てるってことですよね。
装置の開発に関わっていましたし、最終調整のために来たとか?
「……っ!」
もちろん会いたいです。
考えるまでもなく、首をコクリと縦にふります。
「そう答えると思ったよ。ケルファは……」
「……ボクはラマンたちのとこ行ってるよ」
ケルファさん、お母さんにはやっぱり顔を合わせづらいのでしょうか。
この子はお姉さんの複製人間。
つまりお母さんの子どもと言えなくもない、けどやっぱり違うような、微妙な立場です。
とっても複雑で、気持ちの整理なんて難しいですよね……。
ケルファさんと分かれて、私たちは装置が運び込まれたという会議室の前まで瞬間移動しました。
【月光】の力、本当に便利です。
グリナさんがトビラを軽くノックして、私たちは中へ入ります。
部屋の真ん中には、白くて大きな機械が置いてありました。
機械のまわりでは、二人の研究員さんが調整を行っています。
その様子を監督しているのはお母さんです。
こっちに来てるっていう私の家族、思ったとおりお母さんだったんですね。
「大司教、ただいま戻りました。お嬢さんもお連れしましたよ」
「あら、グリナ。お疲れ様。ベアトも、無事でよかったわ」
「……っ」
ぎゅっ、とお母さんに抱きしめられます。
不安だった気持ちがやわらいでいくみたいです。
「大変な状況になってるみたいね……。グリナ、【風帝】の確保のメドは?」
「現在、トーカがキリエに装置の完成を知らせにむかっています。ジョアナの目撃情報も、中央で救助にあたっていた騎士から多数報告が上がっているとのこと。彼女さえ仕留められれば……」
「装置の起動がかなう。戦局は一気にこちらへかたむきますね」
……やっぱりジョアナさん、ここに来てるんですね。
あの人はきっと、キリエさんを自分の手で殺そうとしている。
言うまでもなくキリエさんも、あの人を……。
今ごろ二人が戦っていてもおかしくありません。
お母さんに会えてひっこんでいた不安な気持ちが、また顔を出してしまいます。
「なに情けない顔してるのよ」
ピン!
「……ぃぅっ!」
いきなりのデコピンです。
ちょっと痛かったですが、それよりも驚きなのが私のおでこをピンとした人。
私にそっくりで、でもちょっと気が強そうな女の子。
「しっかりなさい。ホント、グズな妹ね」
「……っ!」
私の双子のお姉さん、リーチェ。
私の家族がもう一人いたんです。
ここにいるはずのないお姉さんが。
昔みたいに、私を引っ張ってくれる勝気な表情をしたお姉さんが、そこにいたんです。