320 完成報告
生きてるのは知っていた、わかってた。
それでもこうして実際に目の前に出てこられると、言い知れないようなドス黒い気分にさせられる。
「……ッ!」
剣をにぎる腕が震える。
今すぐ斬り殺したい、煮殺したい、焼き殺したい。
あふれる衝動を、奥歯が割れそうなほどに噛みしめながらグッとこらえて、私はジョアナに問いかけた。
「……アレ、どういう意味?」
「あら、お話してくれるのね。お姉さん嬉しいわ。それで、『アレ』って?」
「クイナがもういないって、どういう意味だって聞いてんだ……!」
「あぁ、それはねぇ――」
ニヤリとジョアナの口元がゆがんだ瞬間、背後から強烈な殺気を感じた。
とっさに横っ飛びした直後、私のいた場所が丸い空間の歪みにつつまれる。
「今のは……!」
「あらら、かわされちゃったわねぇ、ノプト」
「申し訳ございません、お姉さま」
やっぱりコイツか。
【遠隔】の使い手、ノプト。
クイナの情報通り五体満足、両手がちゃんとついてやがる。
「残念だったね、奇襲失敗しちゃってさ」
「そうねぇ、残念だったわ。せっかく『クイナちゃん』とおんなじところに行けたのに」
「おんなじ、ところ……?」
なんだ、おんなじところってどういう意味だ。
まさか……。
「あら~。今のキリエちゃん、すっごくいい顔してるわよ」
「お前……! まさかクイナを……!」
「うっふふっ。さぁ、どうかしらねぇ……」
……落ち着け、クイナはまだ死んでない。
つまりあの子はどこか遠くへ飛ばされた?
いや、そもそもあの子の話を持ち出してきた理由は、きっと私から冷静さを奪うため。
今はこいつらを殺すことだけに集中しなきゃ……!
「……目の色変えて飛びかかってくるかと思ったら、意外と冷静ねぇ」
「冷静? そう見える? ……よかった」
真紅のソードブレイカーを強く強くにぎる。
刀身に【沸騰】の魔力をまとわせて、その切っ先をジョアナに、にっくき仇にむけた。
「今すぐお前らを殺したくってたまらない、暴走しそうな心を抑えられてるってことだからさ……!」
△▽△
メロもキリエもみんな忘れてるかもしんないけど、アタシは鍛冶師。
ずーっと休業状態だったけどな。
思えば剣を打ったのなんて、キリエに初めて会った時だったか。
真っ赤なソードブレイカー、その素材である赤い石がとんでもなくヤバい素材だなんて夢にも思わなかったな……。
「……よし、完成だ」
あの時以来の自信作、青く透き通った刀身に、アタシの心は達成感でいっぱいだ。
「トーカっ! 受信機、やっとの完成ですね! あとは本体さえ完成すれば、です」
「だなー。ちっとばかしのんびりしたい気分だよ」
肩越しにメロがひょこっと顔を出す。
解放感から軽ーく伸びをしながら、あくびまで出てきてしまった。
にじむ視界を手でこすって、改めて机の上に横たわった蒼いソードブレイカーを眺める。
コイツは魔力変換装置の受信機の役目を持った剣だ。
半透明に透けた刀身は、赤い石の成分を分析して作られた特殊な鉱石によるもの。
装置が動きだせば、魔力によってリンクするようになっている。
装置の本体でエンピレオの魔力を変換して、柄の部分に埋め込まれた機械で受信。
キリエへ送り届けるわけだ。
それ以外にも、じつは特別な機能が。
ソイツの調整が、たった今終わったところ。
「きれーな剣ですね。血みたいに真っ赤なあの剣と、まるで正反対です」
「あっちが魔剣ならこっちは聖剣……なんてカッコつけすぎかな」
勇者が振るって邪神を討つ剣なわけだから、聖剣たる資格は十分だってアタシはそう思うけど。
自分が作った剣が後世まで語り継がれるなんてことになれば、鍛冶師冥利に尽きるってモンだ。
「銘はどうするです? 赤い剣、結局名無しのままですが。こっちも名無しなんです?」
「んー、アタシってばネーミングセンス無いからな……。『神断ち』とかどう?」
「シンプルですね。ひねりもないです」
「うっせ」
「……でも、まぁいいんじゃないですか?」
……メロってさ、素直にほめてくれないよな。
照れ隠しなのかなんなのか、アタシに対して意地張ってくるし。
「それより! 完成したこと、ベルナさんたちに報告行くです。さ、早く早く!」
「わ、わかったって」
背中をグイグイ、メロに押されて。
『神断ち』と銘打つ予定の剣を片手に、アタシは自室を出る。
廊下のマドから見える空は、もう夜の一歩手前だった。
(やれやれ、作業に集中しすぎたか。まだ昼メシも食ってないってのに)
地下の研究所に移動して、カードキーで研究室のトビラを開く。
中には絶賛作業中の研究員たちと、それに混じって汗水流す大司教の姿。
忙しそうにしてるってのに、声をかける前にアタシとメロに気づいて小走りで駆けてきた。
「トーカさん、こんにちは」
「こんにちは、もうこんばんはの時間だけどね。ベルナさん、コレ完成したよ」
手にした青いソードブレイカーを見せると、ベルナさんは満足げにうなずいた。
「お疲れ様です。こちらももう、最終調整を残すのみとなりました」
部屋の真ん中に置かれた、一メートルくらいの大きさの装置を指すベルナさん。
色は真っ白、飾り気一切ナシの横長の長方形に、ボタンやメモリ、それからチューブがついている。
何よりも特徴的なのが、上部に配置されている、小さな玉を四つ入れるための穴。
その穴には今、赤と茶色の二つの玉が入っている。
「変換装置、完成したですか!?」
「残す工程はあと二つ。【水神】と【風帝】をセットすること、そしてキリエさんの力を移し替えることのみです」
「起動と変換だけってことか」
つまり完成したも同然。
【風帝】手に入れるにはジョアナ倒さなきゃだから、簡単にはいかないけどな。
「じゃあ、いったい何を調整してたんです?」
「……とある機能の最終調整を。おそらく使わないものなのですが、ケニーさんの遺した設計図にはその機能も記されていまして。除外すると正常に動作しなくなる恐れがありますから」
「……よくわかんないのです」
心配すんな、メロ。
アタシだってよくわかんない。
「とにかく、キリエに知らせなくちゃだな」
「えぇ、一刻も早く朗報を。ちょうどこんばんはの時間とのことですし、グリナ」
「はい、大司教猊下」
「【月光】の力で、急ぎキリエさんたちに知らせてきてください」
「承りました。ただちに向かいます」
ペコリと頭を下げるグリナさん。
この人すっかり新大司教の腹心だな。
「アタシも連れてってくれ。仕事終わったし、久しぶりにアイツらに会いたいんだ」
「トーカ、帰るですか!? あ、あたいも戻るです!!」
「おう、まかせとけ」
月の光を使えば、遠く離れたデルティラードにも一瞬で帰れる。
夜の間だけとはいえ、便利なギフトだよな、【月光】って。
ちょっと前まではロクでもないイメージだったけど。
月明かりの中、アタシとメロはグリナさんの力でワープ。
聖地ピレアポリスのおだやかな景色が一瞬で移り変わって、今や見慣れた王城の風景へ――、
「負傷者はここに! 薬はまだあるから!」
「治癒術士、いるか!? こっちに来てくれ、痙攣がはじまって――」
「無事な方は王城の西へ! 抜け道を通って王都の外へ避難してください!」
……移り変わるはずだったのに。
転移した先に待っていたのは、見慣れた風景なんかじゃなかった。
ケガ人がゴロゴロ横たわって、治療班が必死に駆けずり回る、地獄みたいな光景だったんだ。




