32 鳥かごの鳥
「ごめんねー、遅くなっちゃった」
翌日のお昼近くになって、ジョアナはひょっこり戻ってきた。
お城の完璧な内部構造マップを片手に。
いや、どうやって調べたんだよ、ホント。
屋敷とはワケが違うだろ。
「遅れたかわりに、タリオたち将校の動き、バッチリ探ってきたわよ」
「……ねえ、どうやって?」
「ヒ・ミ・ツ」
やっぱヒミツかよ。
ウインク飛ばすな。
「主だった指揮官は二十人、そのうち半分は街の外、陣地でスタンバイしてる。いつ敵が攻めてきてもいいように、ね」
「ご苦労さまって感じだね。きっと階級低いんでしょ、そいつら」
「正解。低い身分で高級将校と一緒の場所に寝泊まりさせられるか、ってのがお偉いさんの本音でしょうね」
で、いざとなったらそいつらのために、命張って真っ先に戦わされるんだから。
割に合わないことしてるよね。
……私も危うく、同じことやらされそうになったんだけどさ。
「で、王宮にいる将校は、王族が五人。第一王子タリオと、第三、第五、第七、第八王子。どいつも腐った生ゴミみたいな性根のクズよ」
「ぜひとも皆殺しにしたいね」
「したいだろうけど、我慢。目的は暗殺じゃなくて奪還よ、忘れないで」
まあね。
いくらなんでも無謀だろうな。
……殺れるなら、せいぜい一人ってとこか。
「残る五人は歴戦の猛将たち。ブルトーギュ派かどうかは分からないし、まともな人かもしれないからここはノータッチでお願い」
偉そうなおじさんは殺しちゃダメ、と。
偉そうな青二才だけ殺せばいいんだね、なるほど。
「……ねえ、キリエちゃん物騒なこと考えてない? 潜入だって正しく理解してくれてる?」
「してるしてる。で、肝心の娘さん、どこよ」
「娘さん、ノアさんね。彼女は他の奥方たちと一緒に後宮にいるわ。宮殿の裏手ね」
ジョアナが指さしたところ、警備も他に比べて薄そう。
これなら忍び込んで、ノアさんって名前なのか、娘さんを連れ出せそうだね。
「いくらなんでも凄すぎです、ジョアナさん。どうやって調べ上げたですか……」
「ちょーっと、ちょちょいと、ね」
「あたい、現地ガイドだったですよね。いなくてもよかったんじゃ……」
「そんなことないわよー。王宮からの逃走経路とか、このお家とか。とっても助かってるわよ?」
「……っ、……っ!!」
ベアトがそうだそうだ、って感じで何度もうなずいた。
私もメロちゃんには、たくさん助けてもらったと思ってる。
思ってるだけで、口に出したりしないけど。
「けど、メロちゃんのお役目はここまで。あとは私たちに任せなさいな」
「だね、危ない仕事は私とジョアナの役目だ。で、決行はいつさ」
「今日の夜。しっかり準備しておいてね」
「また早いな。了解」
お城への潜入か。
ブルトーギュを殺す本番の、いい練習になりそう。
もちろん目的は奪還だって、忘れてないけどね。
○○○
夜闇にまぎれて、カギ付きロープでお堀を越えて、王宮を囲う城壁の上へ。
そこからロープをたらして庭園まで降りて、王宮裏の小さな宮殿をめざして、こっそり進む。
元は本物のお城だっただけあって、立派な庭園だ。
こんな時じゃなければ、じっくり見て周りたいくらい。
「人の気配、しないね」
一番見つかりにくい潜入ルートだってジョアナが言ってたけど、ホントに警備兵の一人も見当たらないな。
「広い王宮に、将校十人とその召使い、兵士は王子たちの親衛隊が二百人ちょっと。あとはタリオの奥方十二人だけだもの。すっかり油断してるわね」
庭にまで人手は回せないってことか。
それとも、街の周りを囲ってる、一万五千の軍勢に守られて、完全に気が抜けてるのかな。
「こんな調子なら、簡単に連れ出せるかもね」
「あはは、まっさかー。一国の王子の側室よ? そんなカンタンに連れ出せるわけ——っと、どうやら到着よ」
声を小さくして、茂みの中からジョアナが指さす。
後宮の前には、さすがに警備兵が置かれてた。
入り口をはさんで二人、槍を持って立っている。
あんまりやる気はなさそうだけど。
城門と王宮の前、そしてここ。
大事な場所はしっかり固めてるんだね。
「……じゃあ、ちょっと行ってくる」
ジョアナに了解を取って、こっそりと接近。
じゅうぶん近づいたところで茂みから飛び出し、二人同時にちょん、と触る。
脳みそが破裂して、あっさりと即死。
兵士さんたち、死ぬまで気付かなかったみたい。
私、そんなに速くなってたのか。
ジョアナにサインを送って、いっしょに死体を茂みの中に隠してから、いよいよ後宮の中へ。
奥方たちには、それぞれ個室が用意されていて、カインさんの娘さんは二階の西側の部屋。
ジョアナのカン、っていうか、全部見えてるレベルの案内のおかげで、使用人にも警備の兵にも見つからず、部屋の前まで来ることができた。
……いや、ホントどうなってんのよ。
警備兵の死体からもらったカギを使って、部屋の中へ。
「あっ、あなたたちは……!?」
さすが第一王子の側室の部屋、豪華な家具がいっぱいだ。
で、中にいたのは綺麗なドレスを着た、青い長髪の女の人。
豪華なイスに座ったまま、突然入ってきた私たちにビックリしてる。
そりゃそうだ、明らかに怪しい二人組だもん。
「大丈夫、敵じゃないわ。カインさんから頼まれて、あなたを助けにきたの」
ジョアナ、ナイス説明。
カインさんの名前を出したことで、とりあえず騒がれるとかはなさそう。
「助けに……? 父のお知り合いの方々、なんですか?」
「そうよ、王都からはるばるやってきたわ。お父さんの遺言を叶えるために、ね」
「遺言……っ!? まさか、父はもう……」
「ショックだろうけど、気をしっかり持って。詳しい話、させてもらうけどいいかしら」
「……はい」
ショックだろうに、色々と聞きたい気持ちを押さえてるんだろうな。
王都の情勢とか、レジスタンスのこととか、私についてとか、あと、カインさんのことも。
ジョアナが話す間、ずっと黙って聞いててくれた。
「そんな……っ、お父さん……、私のために……っ」
泣き崩れるノアさん。
普通なら、ここで優しい言葉の一つもかけるんだろうけど。
カインさんを殺したの、私だからね。
どのツラ下げて、何を言えばいいんだっての。
「辛いだろうけど、今は時間がないわ。必要なものだけ持って逃げましょう、見つからないうちに」
「わ、わかりました……。準備をするので、少しだけお待ちください……」
よかった、一緒に来てくれるみたい。
必要なものだけをバッグに詰め込んで、なんだかごそごそとやって。
まとめ終わると最後にノアさん、窓辺の鳥かごから白い鳥を出して、腕に乗せた。
「チチ、私は自由になります。あなたも、お空へおかえり」
ペットの鳥、なんだろうな。
しばらく撫でたり頬ずりしたりしたあと、窓を静かに開けて夜空へ放つと、バサバサと羽ばたきながら飛び立っていった。
「準備は出来ました。ジョアナさん、どうやって逃げるんですか?」
「ひとまず行きと同じルートで、城壁をこえてお堀を渡って、って感じね」
想像以上に過酷な脱出ルートだからか、ノアさんの表情が凍りつく。
「あぁ、心配しないで。ノアさんは私が背負うから」
お、安心したみたいだ。
この人、貴族に仕える騎士の家系のお嬢様だもんね。
そりゃ、壁越えとか怯むわ。
ノアさんがジョアナに背負われて、さあ出発。
部屋を出る時、ノアさんは私の顔をじっと見て。
「あなたが、勇者さん?」
って、聞いてきた。
「……うん。カインさんを殺したのも、私」
「父のことはいいの。そう、あなたが勇者……。前線の兵士さんたち、ずっとあなたを待ってたのだけど、王都では大変なことになってたのね」
「まあ、ね」
気まずくて会話を続けられない。
向こうも察してくれたのか、それ以上は何も言わずにいてくれた。
ジョアナの案内で、私たちは何事もなく後宮を脱出。
入り口を出て、茂みの中へ身を隠す。
「一国の王子の側室、簡単にさらえちゃったね、ジョアナ」
「最後まで油断しないの。気を抜いた時が一番危ないんだから」
「わかってるってば」
テキトーに返事しつつ、進み始めたその時、
ピィィィィィィィィィッ!!
夜のお城に甲高い笛の音が鳴り響いた。