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319 果てない闇の中で




 ジョアナたちに裏切りがバレて、追い詰められたその果てに、飛ばされたのはどっちが上でどっちが下かもわからない、どこまでも続くような闇。

 まるで勇贈玉ギフトスフィアの中に戻されたみたいだった。


 本当に殺されて、魂が封じられてしまったのか、とも思ったけど……うん、違うね。

 あの時とちがって、しっかり体の感覚がある。

 腰に剣の重みを感じる。

 アタシは今、間違いなく生きている。


「……声も、出るね」


 たしかジョアナのヤツ、アタシのことは殺さないって楽しそうに言ってたな。

 アタシが死ねば勇贈玉ギフトスフィアの輝きが戻って、キリエにすぐ気づかれる。

 それを防ぐため、でもあるんだろうけどー。


「悪趣味も兼ねてるんだろうな、あの女のことだし」


 アタシのトラウマを熟知して、とことん苦しむように仕向けたんだ。

 実際、少し前までのアタシならトラウマぶり返しの恐怖でなにもできなかっただろうさ。

 けどね、今のアタシは違う。

 生きて帰るってキリエと約束したんだ。

 こんなこけおどしに負けてたまるか。


 ……と、強がってはみたけれど。

 手も足もガクガク震えてるの、情けないなー……。

 ガシッと左手で右の手首をつかんで震えを止めながら、ひとまず落ち着いて状況を整理しよう。


「……今、アタシには肉体がある。つまり精神体を閉じ込めてる、とかいうわけじゃないね」


 アタシは【遠隔】で飛ばされた。

 となれば、ここはどこかの空間。

 問題はどこなのか、だよね。


 ひとまず前に歩いていくと、すぐに行き止まりにぶち当たった。

 カベの質感は物理的なものじゃない、魔力でできた障壁だ。

 この魔力、おそらくノプトのもの。

 魔力を探るのは苦手なアタシでも、よーく集中してみればこの空間中にノプトの魔力がただよっているのがわかった。


「まさか、この空間自体がノプトの魔力で作られている……?」


 まったく別の空間を生み出して、その維持に結界を使っている……ということかな。

 そんなの、どんだけケタ外れの魔力が必要なのさって話だけど、ヤツはジョアナと同じ存在になったらしい。

 つまり人間じゃなくなっていて、魔力もエンピレオから供給を受けていたとしたら?


「エンピレオの特技は結界……だったよね。あり得るか……」


 ……うん、いったん答えが出たところで、考えるのはここまでだ。

 つまり結界を壊せば、脱出できる可能性があるってこと。

 騎士剣を抜き放って両手でにぎり、練氣レンキと魔力を全開でみなぎらせる。

 全力で放つ最強最速の、


「五速『新月カゲノツキ』ッ!!」


 突き出した切っ先から放たれた衝撃が、障壁に激突して空間中を揺らす。

 ミシミシ、ギシギシと結界が悲鳴をあげて……でもそこまでだった。

 すぐに静かな真っ暗闇に逆戻り。


「……前のアタシなら、これだけで簡単にあきらめてただろうね」


 アタシの心の変化までは、さすがのジョアナも計算外。

 心が弱ってたころのアタシとは違うんだ。

 何度でも何度でも、壊れるまで続けてやる。

 たとえムダなあがきでも、きっとキリエがノプトを殺して助けてくれる。


「待っててキリエ、絶対に戻るから……!」



 〇〇〇



 中央通りにあふれかえって、逃げ遅れた市民を襲う不死兵たち。

 そいつらを斬り倒し、粉砕し、マグマの中に閉じ込めて、どんどん数を減らしていく。


 騎士団もようやく王都のあちこちに出撃したみたいだ。

 この大通りにも、王国の騎士団が市民の救助や避難に取りかかりはじめてる。


 不死兵たちはハッキリ言って弱っちい。

 この調子なら簡単に全滅させられそうだ。

 もちろん私やリーダーたちにとっての話で、一般の兵士や騎士にとっては十分に脅威なんだけど。


(……妙だよね。こんなの、せっかく作った戦力をムダに減らしてるようなものだ)


 作るのにも手間がかかりそうなコイツらを、こんな無策に暴れさせるだなんて、あのジョアナがするとはとても思えない。


「莉頑勦縺ッ」


 私のまわりを囲んだ不死兵たちが、ワケわかんないこと叫びながら手にした槍で突きかかってきた。

 体を伏せて回避しつつ、一回転しながら魔力をこめた切っ先をかすらせる。

 とたんに全員が沸騰してはじけ飛び、肉片が散らばった。

 最後に地面に手をついて、肉片の落ちた場所をマグマに変えて飲み込ませる。

 そんな流れ作業みたいな戦いをしてると、いろいろと考える余裕もでてくるわけで。


(不死兵はおとりで、本命は別にあるとか? それとも、すぐに動かなきゃいけない事情が出来たとか……)


 たとえば致命的なイレギュラーが発生して、のんびり待っていられなくなったとか。


「致命的な……」


 ……まさか、クイナのことか?

 あの子の裏切りがバレて、私たちにアジトの位置が割れたと知ったから、やられる前に一か八かの先制攻撃をしかけてきた。

 そう考えれば一応、つじつまは合う。

 でも、だとしたら……。


「だとしたら、クイナは……」


「――あの子はもういないわよ」


 吐息がかかるほどの耳元でささやかれた、声。

 その声が聞こえた瞬間、体中の毛が逆立った。

 目の前が怒りと殺意で真っ赤にそまった。


「っあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ブオンッ!


 ヤツの気配にめがけて全力で剣を振るう。

 けど、ヤツは風のように飛びのいて私の間合いの外に逃れた。


「っふふ。やぁねぇ、久しぶりの再会だっていうのに殺意むきだし。お姉さん悲しくなっちゃうわぁ」


「ジョアナ……ッ!」


 栗色の長い髪をなびかせ、人を小馬鹿にした表情を顔面に貼り付けた、ソイツはまぎれもなくジョアナ。

 私のよーく知ってる、ジョアナそのままだった。




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