318 たとえ不死でも
皮膚が無く、筋繊維をむきだしにしたようなぬめった体。
黒くにごった瞳に、唇のないむき出しの歯茎。
ただでさえグロテスクな見た目の上に、斬っても斬っても再生する不死身の体。
戦闘能力こそ低いけど、こんなバケモノが数で押してきたら兵士さんたちじゃ荷が重いよね。
「縺上k縺励>」
「う、うあぁぁぁぁぁぁっ!!」
最前線で戦ってた兵士さんが一人、不死兵の持つ槍に剣をはじかれて尻もちをつく。
切っ先が顔にむけられて、恐怖のあまり悲鳴を上げた瞬間、
ズバァッ!!
「蜉ゥ縺代※」
正門の上から飛び出し、すれ違いざま【沸騰】の魔力をこめた剣で斬りつけた。
パァン!
不死兵の全身が沸騰して、体が粉々にはじけ飛ぶ。
よかった、なんとか間に合った。
「ゆ、勇者様……!」
「もう大丈夫。兵士さんたちは市民の誘導に集中して」
「は、はい……っ! 皆、後退だ!」
最前線を私に任せて、兵士さんたちが退いていく。
それを追いかけるように押し寄せる不死兵たち。
その間をすり抜けながら、手当たり次第に斬りつける。
大量の敵が沸騰しながら爆散する中、地面に手を置いて魔力を注入。
「出ろ、溶岩龍!」
石畳からマグマの龍を生みだして、不死兵たちが再生する前に、散らばった肉片を飲み込ませた。
そこからすぐに魔力を解除し、溶岩龍をただの岩の塊に。
無限に再生するアイツらも、肉片の状態で岩の中に閉じ込められてしまえば二度と再生はできない。
「これでよし、と」
不死身でも不死身なりに、やっつける方法はいくらでもあるんだよね。
この調子でどんどん数を減らしてやる。
続けて敵の群れに飛び込み、流れ作業のように斬り刻みつつ、あとの二人の様子も気になった。
チラリとディバイさんの方へ目をむけると、
「アイスプリズン……!」
あの人も順調みたいだね。
放たれた氷の魔力が怪物の群れを冷気で包んでいく。
またたく間に氷の塊が完成して、その中に封じられた不死兵たちはもう見動き一つとれない。
そしてリーダーも。
「いくぜ、大樹封殺!」
ソードブレイカーの柄に埋め込まれた緑色の玉が光を放ち、地面から大量の木の根が出現。
次々と不死兵たちを絡めとってぐるぐるに巻きつき、完全に封じ込めていく。
「……へっ。初めてにしちゃ上出来じゃねぇの?」
リーダーが使ったのは、ユピテルが持っていた【大樹】の勇贈玉。
ついこの間、グリナさん経由でパラディから借りたらしい。
数ある勇贈玉の中から【大樹】を選んだの、やっぱりユピテルに思うところがあるんだろうか。
こうして暴れまわった私たち三人。
正門周辺で暴れてた不死兵は、あっという間に全滅した。
「……うん、ひとまずお城の安全は確保できたかな」
「ま、楽勝だったな。さぁて、いよいよ街に繰り出すとしようぜ」
「慢心は敵だぞ、バルジ……」
「わかってるっての。で、だ。三人それぞれ不死兵を倒す手段を持ってることだし、それぞれ手分けした方が効率はいいよな」
この街は大きく分けて、中央区、西区画、東区画の三つのエリアに分けられる。
敵が暴れてるのは王都全域、一人で敵に対処できるなら別れる方がいいよね。
もちろん、強敵に遭遇しなければ、だけど。
なら……、
「じゃ、俺が中央を――」
「リーダーは東をお願い」
「っと、なんだキリエちゃん。ド真ん中で主役になりてぇのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
主役なんてガラじゃないし、そんなこと言ってる場合じゃないし。
ただ、東区画にはリーダーのお店がある。
知り合いも大勢いるんじゃないかって思ったんだ。
だから記憶を失ってても、リーダーにはそっちに行ってほしかった。
「……ま、いいさ。ならディバイ、お前は西区画を頼むぜ」
「任された……」
コクリとうなずいて、ディバイさんが西区画への道を駆け出す。
あの人、ホント口数少ないな。
人のこと言えないけどさ。
「……リーダー、敵の狙いがまだ謎のままだ。ザコばかりだからって油断せず、慎重にね」
「キリエちゃんこそ、ムチャするんじゃねぇぜ」
「ムリだね、いっつもしてるから」
「へっ、ちげぇねぇ」
ニヤリと笑って、リーダーは東区画へ。
そして私は中央通りを走り出す。
空は茜色、というよりは血のように真っ赤な赤色。
もうすぐ月が出る時間だ。
●●●
王都市街地、周囲を見下ろす高台に陣取りながら、ジョアナは目の前に広がる景色を楽しんでいた。
逃げ惑う市民を襲い、殺戮していく不死兵たち。
エンピレオの細胞を注入された彼らには、勇者と同じく殺した獲物の魂をエンピレオに届ける力がそなわっている。
もちろん、その戦闘力は勇者に遠く及ばないのだが。
そしてはるか向こう側。
王城から三人の猛者が三方向へ駆け出していく様に、彼女はニヤリと口元をゆがめる。
「……ふふっ。敵さんのお出ましみたいよ」
東区画へはバルジ、西区画へディバイ、そしてここ、中央区へは勇者キリエ。
最高の獲物を前に、ジョアナは真っ赤な唇をペロリと舌でなめずった。
「三方向へと迎撃か、当然そうくるだろうね……っ。ジョアナ、ボクらの頭脳はキミだ。さぁ、どうするんだい……っ?」
「うーん、そうねぇ……」
ゼーロットの問いかけに、ジョアナは少し悩む素振りを見せる。
もちろん素振りだけ、答えなどとうに決まっているのだが。
「ノプト、あなたは私とともに勇者キリエを迎え撃つわ。あの子には最高のもてなしをしてあげなくっちゃ」
「全てはお姉さまの御心のままに」
かたわらに控えるノプトが、コクリとうなずく。
「開祖様は総大将らしく、そこでどっしり構えていてくださいな」
「あぁ……っ、ダメだねぇ……っ! それでは退屈だ……っ!」
天をあおぎ、芝居がかった口調でゼーロットが首を横に振る。
「せっかく、せっかく二千年ぶりに外の空気を吸ったんだ……っ、ボクはこの王都を、少しお散歩させてもらうよ……っ! では……っ!」
手を軽く挙げて白い歯を見せ、次の瞬間ゼーロットはその場から姿を消した。
「ゼーロット……! 勝手な真似を……」
「いいじゃない、ノプト。放っておきましょう。元々彼の存在なんて、計算のうちに入れていないわ。それよりも……」
不死兵を斬り倒しながら大通りを進むキリエ。
その姿をうっとりと眺め、ジョアナは人差し指をくわえながら背筋を震わせた。
「あの時以来ねぇ、キリエちゃん。うふふふっ、再会が楽しみだわぁ……」