314 死者への冒涜
このアジト、つまりはエンピレオがいる場所がデルティラード盆地の地下深くだってことは確定した。
この情報を伝えれば、王都の防備を固めることも、こちらから攻めることだって可能になる。
事態は大きく動き出すはずだ。
早くあの子に知らせないと――。
「ごきげんよう、騎士勇者さん」
ゼーロットの部屋を出た瞬間、青い髪の優しそうなおばさんと出くわしてしまった。
……今、この人に会いたくはなかったな。
「……ごきげんよう。どうしたんだい、ガーベラさん。こんなトコで」
「つい先ほど、不死兵の製造と編成が終わったの。それと、地上への転送装置の調整もね。その報告に来た帰りよ」
「ふーん……」
ジョアナの部屋、たしかこの近くだったっけ。
アイツに会いに行ってたわけか。
ちなみに不死兵ってのはエンピレオの細胞を埋め込まれた雑兵たち。
キリエも一度、アタシと別れた時に戦ってるヤツだね。
転送装置はそいつらを地上に送り込むための大規模な装置。
どっちもキリエには報告してある。
「それでね、時間も出来たことだし、一度あなたとゆっくりお話ししてみたいと思っていたのよ」
「アタシと? まいったなー、面白い話のストックあったかなー」
なるほど、コイツは好都合かもしれないね。
この人、アタシの知らない情報を知ってるかもしれないし。
なにより、ジョアナの側についてる理由が理由だ。
うまく説得すれば、内部の協力者にできるかも。
案内された部屋は、研究資材とベッドだけが置かれた殺風景な部屋。
研究机に腰かけて、まずガーベラさんが口をひらいた。
「あの時はごめんなさいね……」
「あの時って?」
「新たな大司教が立てられたあと。あなたが記憶を取り戻す方法を求めてやってきた時のことよ」
あぁ、あのあとすぐに騒ぎが起きて、ガーベラさんが大神殿から消えたんだったね。
「本当は、あなたがどういう状態にあったのかわかっていた。わかっていても、作戦上伝えることは許されなかったの」
「……別にいいさ。あんなタイミングで知ったところで、状況がよくなったとは思えない」
むしろ余計に苦しんだかもしれないな。
キリエに気を使ったりもできなくて、あの子と友達になれなかった可能性だってある。
「肉体にのこったクイナさんの記憶が、かつてのあなたを形成していた。記憶が戻った今でも、その時の記憶は残ったままみたいね」
「まぁね。全部覚えてるよ」
もし元にもどった時に、クイナとしての記憶や人格が全て消し飛んでたら――クイナと混じらなかったら、キリエと本気で殺し合いをしていたんだろうな。
運命のめぐりあわせってヤツに感謝しなきゃ。
……そのめぐりあわせが相当悪かった人も、目の前にいるわけだし。
「面白いわよね。魂はもちろん記憶を持っている、けれど魂が離れた肉体にも記憶が宿る。二つの記憶、まるで自分が二人いるみたい」
「不思議な話だよねー。研究者として、興味をそそられる?」
「えぇ、とっても。きっと肉体に残った思いが強ければ強いほど、より生前の記憶が人格として色濃く出るのでしょうね。……この私のように」
「……? ガーベラさん、今なんて――」
くっくっくっ、と押し殺したような笑い声とともに、ガーベラさんが立ち上がる。
なにか様子がおかしい。
この人、いったい……。
「……あなた、本当にガーベラさん?」
「おかしなことを聞くのね。それでは、あなたはだぁれ? セリアさんかしら、それともクイナさん?」
「どっちも……って言いたいけど、基本的にはセリアだね。クイナは肉体に残った記憶だから」
「その理屈になぞらえて、今の疑問に回答すると、私はガーベラじゃなくなるのかしら。うふふふ……」
この人――いやコイツは。
まさか、本当のガーベラさんはすでに……?
「お察しの通り、本当の私はもう死んでいる。夫に続いて娘まで失って、耐えられなかったの。半狂乱になって、毒を飲んで自殺したわ」
「だったらさぁ、今アタシの目の前で生きて動いてる、アンタは何者?」
「エンピレオの細胞を埋め込まれた、生ける屍……。一言で表すなら、そのようなトコね。私たちにとっても、重要なのはこの肉体にそなわった記憶と頭脳だけ」
「……キリエが見た、あの手紙は?」
「もちろん、私が書いたわ。たっぷりの母の愛と、悪意をこめて、ね……。それで勇者キリエの戦意を少しでも削げるなら、いい考えだと思わない?」
……キリエがどれだけショックだったと思ってるんだ。
それにガーベラさんだって侮辱してる。
どこまでも死者を冒涜して、胸がどす黒い気分だ、ヘドが出る。
この悪辣さ、まるでジョアナみたい。
「なるほどね、よーくわかったよ。少ーしショックだったけど、興味深い話が聞けた。じゃあアタシはこの辺で」
あわよくば協力者に、なんて甘かった。
コイツはガーベラさんじゃない、人間ですらない、話なんて通じない。
さっさとキリエに知らせて、少しでもあの子の心を軽くしなくちゃ。
「……お待ちなさい。どこに行くの? まさか、勇者キリエに連絡を取る……とか?」
「……っ」
心臓をわしづかみにされたような感覚に、反射的に足が止まる。
落ち着け、カマをかけてるだけだ。
ここでしっぽを出したら全ては終わり。
徹底的にすっとぼけなきゃ。
「……なんのこと? 勇者と連絡を取るって、なんのために。そもそもどうやって連絡を取るのやら」
「なんのために、と言うのなら、あなたと勇者キリエがおともだちだから、じゃないかしら」
「友達? 冗談よしてよ。どうしてアタシが――」
「あなたがどういう状態かわかってる。ついさっき言ったはずよ?」
「……っ!」
クイナの人格と混ざって、キリエへの友情を持っていると見抜いている……?
いいや、まだだ。
まだ観念するには早い……!
「それと、どうやって連絡を取るか。簡単ね、もう一人蘇生勇者がいるのだもの。ゼーロットも使えるわ、勇贈玉の遠隔通信」
「あはは、なにそれ。疑われてるコトは知ってたけど、さすがに難癖だよ。気分悪いなー」
……まずいな。
コソコソ隠れて人気のないトコで、なんて悠長か。
今すぐキリエに連絡を入れるべきだ。
ガーベラからの追求をかわしつつも、意識を集中させて念話を送る。
勇贈玉を通したアタシの声は、心の中で念じた声。
普通の会話をしながらキリエと通話だって、その気になれば可能なはずだ。
『キリエ、聞こえる!? 余裕がないから手短に伝えるね!』
『え、クイナ? 聞こえてるけど、何かあったの?』
「果たして難癖かしら?」
頭の中に聞こえるキリエの声と、耳から入るガーベラの声。
二つの声がちゃんと聞き分けられる。
いける……!
『アジトの場所――エンピレオの居場所を突き止めたよ! 場所は王都の真下、確定情報だ!』
『やったんだね。でも、今どんな状況なの? まさか危ないんじゃ……』
「根拠、あるのかなー。そこまで人を疑うなら、動かぬ証拠ってのを出してもらわないと」
キリエと会話しながらの応対も可能だ。
よし、これでなんとかしのぎながら、必要な情報全部バラしてやる。
『それともう一つ。ガー――』
ブツッ。
唐突に、キリエとの通話が切れた。
もちろんアタシの意志じゃない。
キリエは通話を打ち切る手段を持っていない。
だったらどうして……。
「証拠は今の通話と、その驚愕カオかしらね、騎士勇者さん?」
……今の声、ガーベラじゃない。
流れるように同じ口調でガーベラもどきのセリフを引き継いだのはあの女。
クスクスと笑いながら研究室に入ってきた、あの女の口から出た声だ。
「ジョアナ……っ!」
「泳がせるのはここまでよ。獅子身中の虫、取っ払わせてもらうわね?」