313 危ない橋でも渡らなきゃ
王都にもどってから二週間がたった。
あれからすぐにベルが目を覚まして、イーリアはペルネ女王の近衛騎士として復帰。
騎士団長の任命打診もされたらしいけど、ずっと留守にしてた身だからって辞退したんだってさ。
クソ真面目なアイツらしいね。
グリナさんは聖地と王都を行ったり来たりして、いろいろと情報を知らせてくれている。
エンピレオの魔力を真逆に変換する装置、もう完成間近らしい。
人造エンピレオよりずっと簡単な作りだし、ケニー爺さんの詳細な図面と丁寧な解説があるから出来上がるのも早いんだろうね。
人手不足を見かねたトーカも手伝ってくれてるし。
そして、クイナ。
一人で敵地に忍び込んで、いろいろと情報収集をしてくれてるんだけど……。
『ごめんね、キリエ。今回もアジトの場所の決定的な証拠、つかめなかった』
「仕方ないよ、あせりは禁物だからね」
この二週間で、新たに突き止めてくれた情報はいくつかある。
たとえば、クイナがさらわれた時、地下で戦った怪物の正体。
不死兵といって、エンピレオの細胞を注入された元人間らしい。
そいつらを地上に送り込むための大規模な転送装置も作られてるとか。
そして何よりも重要な情報が、アジトのどこかにエンピレオの本体が存在していること。
アジトがどこにあるのか、それさえわかればこちらから攻め込んで決戦に持ち込めるんだけど、肝心の場所がわからないまま。
ジョアナとノプト、あの二人に気づかれないように立ち回らなきゃいけないんだから仕方ないよね。
『ココが本当に王都の地下か、はやくハッキリさせなきゃいけないのに。自分がふがいないね』
「だからってあせっちゃダメ。敵にしっぽをつかまれたら、そこには逃げ場なんてないんだから」
『うん、肝に銘じておく。……でもね、下っ端からの聞き取りじゃやっぱり限界にきてると思うんだ。少しだけ、賭けに出ようと思う』
「……ムチャはしないでね」
『当たり前。ジブン、死ぬつもりないッスから。……じゃ、切るね』
通信が途絶えて、黄色い勇贈玉は沈黙。
静かになった部屋で、私は大きく息をはいた。
私がクイナにしてあげられること、なんにもない。
こうしてただ、無事を祈ることしか……。
△▽△
よし、通話終了。
キリエとお話する時、別に隠れる必要はない。
なぜならアタシの心の声が、そのまま勇贈玉から出てくるから。
それでもこうして隠れちゃうのは、友達と話してて顔がゆるんじゃうといけないから。
(さーて、誰もいないかなー)
物陰から出てきて、歩きながらあたりをキョロキョロ。
忙しそうな研究員たちがいるくらいで、誰もアタシのことを気にとめてないみたいだ。
(元気ッスねー、まるで働きアリみたいに。自分たちがなにしてるのかすら、わかってないのに)
まるで自分の意思をもっていないみたい。
今ここにいる研究者たちは、金に目がくらんだか、研究以外は何もかもどうでもいいって人たちばっかり。
何のための研究かすら、どうでもいいんだろうな。
そんな連中が、アタシの知りたい情報を持ってるはずがないわけで。
(この場所がどこか、知っているのは幹部連中。その中でジョアナとノプトは危険すぎる。と、なれば……)
当たるべきは一人。
アイツはアタシと違って『あの瞬間』も見ているはずだ。
すこし危ない橋だけど、思いきって渡ってみますか。
研究エリアの一番奥。
大量のチューブにつながれている大柄の男が、アタシの姿を見てニコリと笑った。
「やあ、セリア。ご機嫌いかがかな?」
「そこそこってトコかな。ゼーロット、アンタは?」
「っふふふ、ボクはいつでもご機嫌さぁ……。なんてったって、神様が間近で見ていてくださるのだからねぇ……っ!」
二代目勇者にして『獅子神忠』の開祖、ゼーロット。
全身がエンピレオへの信仰心で出来ているようなヤツだ。
その狂信っぷりときたら、二千年間ちっさな玉の中に閉じ込められてもまったく揺らいでいない。
「ご機嫌なわりにはひどい姿だね。全身チューブでつながれてさ」
「この体が言うことを聞いてくれないものでねぇ……。その点、完全な形で復活できたキミがうらやましいよ、セリア」
ヤツの肉体はユピテルさんの物。
だけどその体には、今もユピテルさんの魂が入ったまま。
同じ蘇生勇者ながら、クイナの魂を持っていないアタシとの最大の違いがソコだ。
だから今、コイツはユピテルさんの意識が心の奥底に眠るように措置を受けている。
それまでは動き出せないはずだけど……。
「でも、もうすぐ戦えるくらいにはなるんでしょ?」
「あぁ、もうすぐさ。同居人の抵抗も弱まってきているよ。もうじきに、この体はボクの自由となるだろう……っ」
ゼーロットが暴れ出すまで、あんまり時間は残されてないみたいだね。
厄介極まりないこの男、今のうちに叩いておくべきだろうけど、アジトの中で行動を起こすには危険すぎるか……。
「……ところで、今日はいったい何の用だい? このボクに会いに来るだなんて、さ」
「ちょっとね、昔話でもしようと思って」
「昔話……。あの地獄のこと、かい?」
ゼーロットの顔から笑顔が消える。
二千年前におこったあの大異変、当然ながらコイツも経験者。
思い出したくない記憶だってたくさんあるはず。
「まさか。あんなの、思い出さないに越したことないよ。歴史からも抹消されてるんだ、あんな出来事無かったことにしてもバチは当たんない」
「そうだねぇ、そうだねぇ……。ボクも、同感だ……っ」
「アンタと意見が合うとは。気分悪いねー」
アタシだって、できれば思い出したくない記憶だ。
話を聞きたいのは、その出来事よりもっと前。
空からエンピレオが降ってきた時のこと。
「ねえ、赤い星が落ちてきた時のこと教えてよ。見てたんでしょ?」
「そうか、キミはまだ産まれていなかったんだったね……っ」
初代勇者の時代は二十年ほど続いて、ゼーロットが十年くらい。
アタシが三代目になったのは十七歳の時だったから、赤い星が落ちた当時のことは残念ながら知らないんだ。
「悔しいだろうなぁ、世界が変わった瞬間なのに……っ」
「あぁ、悔しいよ。この目で見られなかったのが」
本当に悔しい。
キリエ達に自分の知識として教えられないから。
「そう……、あれはまさに神の降臨だった……っ。分厚い雲を裂いて落下した真紅の炎! 大地を砕き、えぐり、世界の終わりが訪れたと誰もが思った瞬間! 真っ赤な結界が巻き上がる土砂を包んだんだ……っ。少々離れた場所だったが、鮮明に覚えているよ」
……キリエが手に入れたっていう情報とほぼ一致してる。
あとはどこに落ちたのか、だ。
「その場所の地下深くがココなんだよね。いったいどこなのさ?」
「デルティラード盆地、と今は呼ばれている場所さ。かつては見渡すかぎりの平原だったね……」
そう語るゼーロットの言葉に、ウソは感じられない。
ここは王都の真下、どれくらいの地下かはわからないけど、それだけは確定だ。
「なるほどねー。いや、スッキリしたよ。自分がどこにいるかわからないなんて、気持ち悪くてさー」
「そうかい、力になれたようだね? 信者たちのメンタルケアも開祖の仕事さ。困ったことがあればなんでも頼りにするといい。皆の幸せがボクの幸せだからねぇ」
ニコリ、と笑うゼーロット。
うさん臭いことこの上ないセリフだけど、コイツに限っては心の底から本気で言っている。
全身が善意の――独善のかたまり。
それがゼーロットという男なのだから。
さておき、目的の情報は手に入れた。
あとは一刻も早くキリエに知らせなきゃ。