308 長旅を終えて
時刻は夕暮れ、地平線に夕陽が沈むころ。
デルティラード盆地のど真ん中にある王都ディーテが、機内のマドから見えてきた。
「驚きました……。本当に半日で着いてしまうのですね」
「……っ!!」
イーリアもベアトも、この魔導機竜の性能に驚いてるみたい。
「王都から魚人の里まで、ひと月以上かかったのがウソのようです……」
「どうだ、スゴイだろ? この魔導機竜、更なるパワーアップも予定してんだぞ!」
操縦席から得意げな、というかものすごくテンションの高いトーカの声が聞こえてきた。
なんか行きの時も、最後こんな感じになってたような。
「まずは、巫女様の社にあった魔導機銃を翼に積んでみるつもりだ! それから――」
聞いてもいないのに語りはじめたし。
トーカってば疲れが限界をむかえるとハイになっちゃうみたい。
きっとお城に到着したら、すぐにぶっ倒れると思う。
「……あ、変形合体もいいよな! あとは魔導キャノン砲をゴーレムの胸につけるとか――」
とりあえずトーカは放っておいて。
カバンの中から黄色い勇贈玉を取り出し、ぼんやりとながめる。
朝方クイナから連絡があって以降、この勇贈玉からクイナの声は聞こえない。
潜入成功の知らせと、ノプトが五体満足で生存してたっていう情報を届けてくれたけど……。
(クイナ、ムチャしないでね……)
〇〇〇
「おねーちゃんっ、おかえりなさい!」
王城のエントランスに入った瞬間、リフちゃんが私にむかって抱きついてきた。
熱烈なお出迎えをしてきた小さな体を受け止めて、
「ただいま。ごめんね、黙って出ていっちゃって」
頭をなでつつの謝罪。
緊急事態だったから仕方ないとはいえ、きっと不安にさせちゃったよね。
「……っ」
ベアトも私のとなりで、控えめにリフちゃんの頭をなでなで。
「さみしくなかった?」
「あのね、あのね。さみしかったけど、メロおねえちゃんがいっしょにいてくれたから、あんまり泣かなかったよ!」
「そうなんだ、えらいね」
「うんっ」
そっか、メロちゃんがお姉ちゃんしてくれてたんだ……。
ただ、あの子もあの子で、かなり寂しい思いをしてたみたいだな。
「よ、メロ。アタシがいない間、寂しくって一人枕を濡らしたりしてなかったか?」
「な、なに言うですか! トーカがいなくてせいせいしてたですよ!」
「お? ホントかぁ? アタシはメロがいなくてさみしかったけどな!」
「なっ、なっ、なっ……! ね、寝ぼけてるんですか!?」
あんな風にトーカに突っかかって、反撃食らってカオ真っ赤にしてるし。
ただ、今のトーカは魔力ほぼ使いきってんだよね。
あの調子だとそろそろ……。
「あはは、照れんな照れんな――すやぁ」
「ちょ、トーカぁ!?」
ほら、力尽きてメロちゃんの方に倒れ込んだ。
ありゃ、たぶん朝まで起きないな。
「……にしてもリフちゃん、よく私たちが帰ってきたってわかったね」
まだお城に連絡も入れてないし、着陸してからまっすぐお城までやってきたからね。
現に出迎えは、リフちゃんとメロちゃんの小さな女の子二人だけ。
この子たちには仕事の早い見張りの兵士さんが伝えてくれたとか?
「んー? だってみえたの。マドからそらとぶとりさんが!」
あぁ、なるほどね。
だとしたら、お城の見張り塔からお偉いさんにも連絡が行ってるはずで……。
「戻ったようだな」
おっと、さっそく。
物見の兵士さんから連絡を受けたのか、ギリウスさんが私たちの方へやってきた。
「無事でなによりだ、キリエ。お前も、ベアトもな」
「……っ!」
私とベアト、順に見回すギリウスさん。
ベアトも力こぶを作って元気アピールだ。
ぜんぜん作れてないけど。
「ギリウスさん、私たちが留守の間、なにか異変はあった? それと、ケニー爺さんの研究資料は――」
「その件もふくめて、これから情報交換といこうか。そっちも――いろいろとあったようだしな」
ギリウスさんの視線が、私たちの少し後ろへ。
そこにいるのは、ギリウスさんは初対面の魚人のラマンさん。
そしてもう一人。
「ギリウス殿……。イーリア・ユリシーズ、ただ今帰参しました」
「よせ、俺はもうデルティラードの家臣じゃない。言うべき相手は他にいるだろう」
「そう、でしたね。しかしあなたは、今でもわたしの師ですから」
イーリアとの思わぬ再会に、ギリウスさんは少しだけ微笑んでみせた。
「ふっ、そうか。……さあ、行ってこい。こんなところで俺と話しているヒマなど、無いはずだろう?」
「……はい!」
△▽△
ギリウス殿との再会を喜ぶ間もなく、わたしは彼女のもとへとむかった。
この王城の奥、日当たりのよい静かなあの部屋で今も眠っている彼女のもとへ。
「お、おい、イーリア!」
「な、なんでしょうか、ラマン殿」
と、いいますか。
なぜこの方までついてきているのでしょうか。
「おいらも手伝うよ、……ってか、おいらに任せないか? おいらの技術ならその子も治療できるはずだ。その方が確実だろ?」
「……お気持ちはありがたいです。しかし、ここはわたし一人にまかせていただきたい」
「……なんで? その子助けたいんだろ?」
「ええ、助けたい。必ず、この命に代えても助けねばなりません」
「だったら――」
「ダメなのです」
食い下がるラマン殿に対し、わたしは首を左右にふる。
申し出はうれしい、しかし……。
「彼女がああなってしまったのは、わたしの責任です。わたしに力がなかったばかりに、彼女をあやうく死なせてしまうところだった」
ベル殿が斬られる瞬間を、今でも思い出す、夢に見る。
その度にわたしは己の無力になげき、後悔に身をよじらせる。
いまだわたしの心は、あの瞬間に囚われ続けているのだ。
「だからこそ、彼女の命はわたしの手で救いたい。そうでなければ、きっとわたしは彼女に顔向けできません」
「……ガンコだな」
「その通りです。しかし、なんと言われようと――」
「いいや、気に入ったよ」
険しかったラマン殿の表情が、不意にゆるむ。
なんだろう、感心されるようなことを言っただろうか。
子供じみた、ただのわがままだというのに。
「だが、医者としては何もしないわけにはいかない。あんたがミスしないように、しっかり監督してやるからな。そんくらいなら構わないだろ?」
「ラマン殿……、かたじけない」
未熟なわたしにまかせてくださったことに感謝しつつ、わたしは立ち止まり、深く頭を下げた。
そうしてわたしはとうとう、ベル殿が眠り続ける部屋の前へとたどり着く。
このドアノブのむこうに、彼女が眠っているのだ。
一度深く息を吸って気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと扉をあけた。
まず目に入ったのは、部屋の奥、窓際のベッドに眠る金髪の少女。
まぎれもなくベル殿だ。
彼女の顔を目にした瞬間、言い知れぬ感情が胸を満たす。
そして、部屋にはもう一人。
ベッドわきのイスに腰かけた、ベル殿とうり二つの我が主君の姿があった。
彼女は――ペルネ陛下は驚きに満ちた表情で、わたしの顔を見つめられた。
「イーリア……。戻られたのですね」