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303 もう一日だけ




 ベアトの声が、もう戻っている……?

 でも、ベアトの封印が解けたのってルーゴルフとの戦いの時だから、もうかなり前のことだよね。

 巫女様の診断結果、うたがってるわけじゃないけど……。


「あの、巫女様。だったらどうしてベアト、今もしゃべれないままなんですか?」


 あの戦いのあとも、ベアトにはなんの変化もない。

 ずっと変わらず喋れないまんまだし、ずっと羊皮紙に字を書いて会話してるよね。


「理由は二つあります。まずベアトさんは、生まれてから一度も声を発したことがありません。わかりやすく言うのなら、体が声の出し方を知らないのでしょう」


「……っ」


「声の出し方……」


 そっか、当然のことのように考えてたけど、たとえば歩くのも走るのも、生まれた時からできる人なんていないよね。

 声を出すのも同じなのかな。


「次に、そもそも声が出せる体になっていることを知らなかった。これまで通りに過ごしていては、声を出せるようにはなれません。意識して、訓練することが大切です」


「訓練、ですか」


 発声練習みたいな感じだろうか。

 聖歌隊とか歌劇団の人が歌う前にやるっていうアレみたいな。


「……っ、……ぅ、……ぁ、ぇほっ!」


「ベアト! ムリしないで……!」


 訓練と聞いて、さっそくやってみようとしたのか、無理やり声を出そうとしたベアトが、軽くせきこんだ。

 急いでそばにいって、軽く背中をさすってあげる。


「無理は禁物です。少しずつリハビリをして、声帯の筋肉を鍛えていってください。話せるようになるまでにはかなりの時間を要するでしょう。あせらずゆっくりと続けていくのですよ」


「……っ」


 コクリ。

 目尻に涙を浮かべながらベアトがうなずいて、慣れた様子で羊皮紙に文字を書いていく。


『みこさま、ありがとうございました。わたし、がんばります。キリエさんとたくさんおしゃべりしたいから』


「目標を持つことは大切です。応援していますね」



 〇〇〇



 さて、ベアトの診察も終わった今、この国でやるべきことはもう残ってない。

 私としては一刻もはやく王都にもどりたいんだけど……、


「勇者殿、もう一日だけ待ってはくださりませんか!」


 ……というイーリアの申し出で、出発は明日ってことになった。

 巫女様に修行のお礼とかお別れとか、じっくりしたいんだってさ。

 私としてはコイツ置いてってもいいんだけど、きっとベアトに反対されちゃうし。

 ……まあ、連れ帰ればそこそこ戦力にもなりそうだし、さ。



 そんな理由もあって出発は明日。

 今は巫女様のお部屋にて、夕食を兼ねたお別れ会の真っ最中だ。


「皆様には本当に、感謝してもしきれません。特にキリエ様、あなたがいなければ魚人族か世界か、いずれかの命運は尽きていたことでしょう……」


「巫女様、かたっ苦しい話はナシナシ! めでたい席なんだから、ほら、飲もう!」


 トーカが巫女様にグイグイお酒をすすめていく。

 いいのか、アレ。

 イーリアもラマンさんもなんにも言わないし、いいのか。


「では、お言葉に甘えて……」


「そんなチビチビいかずに、ほら、グイっと!」


「あぁ、巫女様……。お酒をたしなむ姿も上品で美しい……」


 にぎやかだな、あの三人。

 それに比べて私のまわりはとっても静か。

 ベアトがとなりにくっついてるだけだから当たり前か。


「……っ♪」


 私にぴったり寄りそいながら、魚の切り身をおいしそうにもぐもぐ食べるベアト。

 この子がしゃべれる日が来たら、紙を使ってのやり取りじゃなく、直接話ができるんだよね。

 なんだか現実味がないな……。


「……っ?」


 じっと見てたらベアトと目が合って、不思議そうに首をかしげられる。

 なんか恥ずかしくなって目をそらすと、


「ラマン、どうです? 私の作ったこの魚の煮こごりは」


「うま、う、うっぶ、うまず、うまいでず……」


 ラマンさんが変なけむりを出してる暗黒の物体を巫女様に食べさせられていた。

 顔を真っ赤にしたトーカがソレを見てゲラゲラ笑ってる。

 そんなにぎやかな一角で、一人だけ黙々とごはんを食べてたイーリア。

 小さく息を吐いたあと、巫女様に体をむけた。


「巫女様、少しよろしいですか」


 巫女様もイーリアの方をむいて、解放されたラマンさんがあおむけにぶっ倒れる。

 トーカがひとしきり指さして笑ったあと、とつぜん真顔になってごちそうを食べ始めた。


「あら、イーリア。どうしたのです?」


「改めて、感謝の言葉を伝えたく……」


「お礼なんて必要ありませんよ、むしろ私がお礼をしたいくらいですのに」


「いいえ、伝えさせてください。魚人ですらないよそ者のわたしを拾ってくださり、ごく一部とはいえ秘伝の医術まで仕込んでくださった。あまつさえ、三夜越えの秘薬をも……」


 イーリアが深く深く、床に額がつくほど頭を下げる。

 巫女様はそんなイーリアの肩に手を置いて、何度か首を横にふった。


「頭を上げてください、イーリア。私とて、おのが欲求に従ったまで」


「巫女様……?」


「外の世界に出れば、多くの人の命を救える技術を私は持っている。しかし海神わだつみの巫女である私には、それは許されません」


 そう言って、気を失ったままのラマンさんに視線をむける巫女様。

 その目は悲しげな、けれど少しだけうらやましそうな目をしてた。


「だからでしょうね、ラマンに外の世界を見て来いなどと言ったのは。彼の願いを叶えるためだけじゃない。自分の医術で多くの人を救いたいという欲求を、彼に押しつけたのです」


「そのようなこと……」


「あなたにしたのも同じこと。せまい世界しか知らない私の、単なる自己満足です。だからよいのですよ、思いつめるほどの恩など感じなくともよいのです」


 最後にそっとイーリアのほほに片手をそえて、巫女様はほほえんだ。


「大切な人を救えること、この西の果てから祈っています」


「……はい。ありがとうございます」


「よろしい。では、ラマンの作ってくれたせっかくのごちそう、楽しんでいただきましょう」


「えぇ、そうですね。ラマン殿の料理、どれもおいしそうです」


「私の作った魚の煮こごりもどうです?」


「い、いえ、それは……」


 ……話、終わったみたい。

 まあ、一日待ってやってよかった……かもね。

 巫女様がどんなこと考えてたのか聞けたし、イーリアもスッキリしたでしょ。


 でも、こうしてる間にも敵はきっとなにかを企んでる。

 それと私たちが留守にしてたこの四日間、王都では何があったんだろう。

 ギリウスさん、ケニー爺さんの残した研究資料見つけてくれたかな……。




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