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301/373

301 後片付け




「ス、魔物の氾濫(スタンピード)は……、封印解除はどうなったのだ……!」


 うす暗い部屋の中、初老の魚人は困惑と混乱に頭を抱えていた。

 彼の名はラード。

 魚人の里を治める七長老の一人にして『獅子神忠ピレア・フィデーリス』の構成員でもある男。


「なぜ、なぜ浮き島が沈んだ、平穏に日が暮れた……。ノプトからの連絡は……」


 入江の中心に沈む『獅子の分霊わけみたま』の封印を解き、魚人の里を丸ごと人質にして巫女から『海神わだつみの宝珠』の在処ありかを聞き出す。

 それが今回の計画だったはず。


 ところが、この日魚人の里に起こった異変といえば、入江の中心から浮き島が浮かび上がり数十分後に沈没。

 この異変に不安を感じた魚人たちがパニックを起こしかけ、七長老のもとに殺到し、七人の為政者いせいしゃがその対応に追われるという程度・・

 魚人族滅亡の危機と比べれば、取るに足らないと言っていい。


「まさか……、まさか失敗したのか……? 勇者たちのジャマが入ってノプトたちが殺され、計画が失敗して、そして、そして……!」


 そして自分の存在が知られ、今の地位が――いや、地位どころではない。

 命すら奪われてしまうのでは。

 最悪の未来が浮かんでしまい、ラードの体がガタガタと震えだす。


 そして、その未来はすぐに現実のものとなった。


「こんばんは。あんたがラード?」


 背後から聞こえた、耳慣れない少女の声。

 心臓が止まりそうなほどの恐怖と驚きに悲鳴を上げかけたところ、口元が手で塞がれる。


「むー、むー!!」


「ねえ、聞いてんだけど。あんたがラード? 答えなきゃ殺すよ」


「んー、んー!!!」


 少女の細腕のはずなのに、もがこうとしても体がピクリとも動かない。

 彼女が圧倒的な力を持っていることを理解したラードは、目から涙を垂れ流しながら、必死に何度もうなずいた。


「よかった、人違いじゃなくって。これから手を離す、ただし騒いだらすぐ殺す。いい?」


「む……っ、む……っ!」


 静かに二度うなずくと、少女はラードを解放。

 自由になった彼は恐怖のあまりイスから転がり落ち、カベ際まではいずってから背中をカベに預ける。

 そこでラードは少女の姿を初めて目にした。


 うす暗い部屋の中、こちらを見下ろす人間の少女。

 燃えるような赤い髪とは裏腹に、その瞳はぞっとするほどに冷たい。


「はぁ、はぁ……っ! あ、アンタは……、まさか勇者……!? するとノプトたちは、もう……!」


「ま、そういうこと。残念だったね」


 少女は――勇者キリエは一歩、また一歩とラードに近づいていく。


「ま、待ってくれ! 情報ならいくらでも話す……! 今の地位を失ってもいい……! だ、だから命だけは……!」


「なーるほど、アンタはそういうタイプの悪党か。信念もなにもない、ただ自分の利益だけを考えて生きるタイプ。……生きてる価値ないね」


 ガシっ。


 頭をわしづかみにされ、ラードの股間からちょろちょろと黄色い液体が流れ出る。


「ランゴ君、知ってる? アンタのせいでパラディに送られた魚人の子ども」


「し、知ってる、知ってるぅ!」


「他にも魚人の子ども、実験台として送ったとか」


「送った、送りましたぁ!」


「へぇ、他に何人も送ったんだ。その子たち、怖かっただろうね」


「お願いします、なんでも話しまずから命だけは……」


 ミシ、メキメキっ。


 キリエが力をこめ、ラードの頭蓋骨が悲鳴を上げはじめた。

 脳を締め付けられるような激痛に、ラードは目を見開き、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと開閉する。


「あ゛……っ! あ゛ぁ゛……っ!!」


「いいこと教えてあげるね。私、アンタが知ってるような情報なんてとっくにつかんでるから、なんにも喋んなくていい。アンタはただ……」


「は……っ、ひ……っ!」


「ここで死ね」


 パァンっ!!



 〇〇〇



 ま、チョロい仕事だったよ。

 暗闇にまぎれてちょちょいと侵入して、戦いのたの字も知らない小太りの魚人を殺すだけ。

 首から上を破裂させた死体をその場に放置して、私はマドから飛び降りる。

 夜の海風を浴びながら岩山みたいな魚人建築の屋根の上を飛びわたりつつ、考えるのはクイナが残してくれた奴らの情報について。


 まず、『獅子神忠ピレア・フィデーリス』のアジトの正確な場所をあの子は知らない。

 というか、ジョアナとノプト以外誰も正確な場所は知らないらしい。


 奴らが現在使っているアジトはセリアがクイナになったくらいの頃に新しく造られたモノで、わかっているのは地下深くにあるってことだけ。

 私に一度倒されたあと、どうやらジョアナの身に何かあったみたいで、今はその新しいアジトから離れられなくなっているらしい。

 正確な位置やさらなる情報は、突き止め次第クイナが連絡をくれることになっている。


 そして何より驚いた情報がユピテルのこと。

 リーダーから故郷に帰ったって聞いてたのに、敵に捕まって二代目勇者の蘇生用の体に使われたって。

 このこと、リーダーたちが知ったらショックだろうな……。




 考え事をしながらモーターボートを走らせてるうちに、巫女様の島、やしろの中に無事帰還。

 ベアトに黙って出てきちゃったからな、そーっと戻らないと。

 泊ってる部屋のドアを恐るおそる開けると……、


『おかえりなさい』


 でっかくそう書かれた羊皮紙を持ったベアトが、ほっぺを膨らませながら出迎えてくれた。


「……えっと、ただいま」


『どこいってたんですか』


「ちょっと散歩――」


『ウソつかないでください。かえりち、ついてます』


「え、ウソ……?」


 頭を破裂させた時、血しぶきも肉片もしっかりよけたはずなのに。

 部屋に置いてある姿鏡であわててチェックすると……。


「……あれ、ついてない」


『やっぱりあぶないことしてたんですね』


 しまった、カマかけられたか。

 バツの悪い私に、ベアトがジト目をむけてくる。

 でも、その青い目が徐々にうるんで目尻に涙がたまっていって……。


「ベアト……」


 胸がズキズキ痛んだ。

 細い体をそっと抱きしめて、頭をなでなで。


「ごめんね、今回は危ない相手じゃなかったから、余計な心配かけないようにって思ったんだ。かえって心配させちゃったね」


『ちゃんといってほしかったです』


 戦闘能力のないおっさんをなぶり殺しに行ってくる、だなんてベアトに言いにくかった。

 ただでさえ、私の血なまぐさいトコはベアトにあんまり見せたくないし。


『わたし、キリエさんがぶじにかえってくるかいっつもしんぱいしてます。でも、がまんしてるんです』


「うん、そうだね……」


『つぎまたこんなことしたら、もうがまんできません。わがまましちゃいます。わたしのきもち、いっちゃいますからね』


「うん……」


 ベアトが私に伝えたくてたまらない気持ち、押し込めてもらっているのは私のわがままだ。

 単なるわがままだから、ソレにつき合ってくれてるベアトが耐えきれずにわがまましちゃっても、私に止める資格はない。

 ……でも、その時私はどう答えたらいいんだろう。

 どんな顔して、受け止めてあげたらいいんだろうか……。




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