30 幕間 ペルネの決意・バルジの真意
ネアール准将が暗殺されてから数日。
王宮の中は今、とんでもない大混乱だ。
勇者殿の村を、自国の領土を、王が焼き討ちにした。
この情報が兵士の末端にまで行きわたり、元々薄かった王への信望は地の底目指して落ちていっている。
(元々、恐怖だけで人を押さえ付けていた方だ。こうなってしまえば、いずれ……)
城内は国王派と反国王派の真っ二つに割れて、水面下で対立している。
今はまだ、何も起こっていないけれど。
何かの拍子で、一気に反乱が起こりそうだ。
……考えごとをしてる間に、姫様のお部屋の前まで来ていたらしい。
待機していたメイド長に確認をとる。
「姫様は、おられるか?」
「執務から戻られて、お休みになられております」
「そうか。……ペルネ様、イーリアです」
『……聞こえているわ。どうぞ』
そのお声は、やはり元気がない。
勇者殿の真実を知らされてから、姫様のお顔は曇ったままだ。
「失礼します」
お部屋に入ると、姫様は窓辺のイスに腰かけ、悲しげな表情で外の景色を見つめられていた。
「……イーリア。王族とは、いったいなんなのでしょうね」
「私見ですが、国を治め、民を安んじるための役割をになった、選ばれた方々……かと」
「では、その守るべき国を、民を、自らの都合で傷つけ、殺し、疲れ果てさせて、なおも愚かな争いをやめない。そんな存在は、王族とは呼べないと?」
「そ、それは……」
しまった、教本通りの答えを返してしまった。
こんなだからお堅いとかなんとか言われるんだ、わたしは!
「……ごめんなさい、意地悪な質問をしてしまいましたね」
姫様は悩んでおいでだ。
王の目にあまる悪逆非道に、王族としてどう行動すればいいのか分からないのだろう。
わたしもそうだ。
わたしはいまだに、どうすべきか迷っている。
あの時わたしを誘ったギリウス殿は、今や反国王派の中心人物。
彼の下には優秀な騎士たちが集まって、王でもうかつに手が出せない状況。
(数々の騎士たちの中で、ギリウス殿が真っ先に誘ったのがわたし。それほど見込まれていたはずなのに、わたしはまだ、王に反旗をひるがえす覚悟が……)
「……ええ、もう覚悟は決めました」
はい?
なんとおっしゃいましたか、姫様。
「父を——ブルトーギュを倒すには、ギリウス殿らによる、単純な武力だけでは足りません。大義名分、祭り上げられる象徴が必要。その象徴になるべきか否か、私ごときがその象徴になりうるのか、ずっと悩んでいました」
な、なんと。
姫様はただいたずらにお嘆きになられていたのではなく、ずっと己の覚悟と向き合って……。
「イーリア、あなたも当然、同じ志を持って、覚悟を固めているのでしょう?」
「……はっ、もちろんでございます! どこまでも姫様にお供し、姫様をお守りいたします!」
ごめんなさい、嘘をついてしまいました。
覚悟を固めたのはたった今です。
「我が剣として、私を守り、命を賭して戦ってください。頼みにしていますよ」
「ははっ!」
姫様の前に膝を折り、差し出された手の甲に口づけを落とす。
王に刃向かうことに恐怖を感じていたのが、ウソのようだ。
このお方のためならば、わたしは命でもなんでも投げ出せる。
このお方のためならば……。
●●●
「レイド。どうだ、今日の暗殺。上手くいったか?」
「ああ、バルジ。なんとかね。これで五人目、順調だよ」
俺の武具屋が襲われて、キリエちゃんたちが旅立ってからもうじき二週間。
その間にブルトーギュ派の将官五人を暗殺、まずまずの結果だ。
俺たち兄妹は今、レイドの経営する道具屋の地下に隠れて暮らしている。
ツラが割れちまった以上、表に出て仕事も出来ねえ。
完全にタダ飯喰らいだ。
こんな迷惑、遠慮なくかけてやれるのは、幼馴染のお前ぐらいだよ、レイド。
「順調にブルトーギュの力を削ぎ落とせている。キミのお兄さんに対する、良いアシストが出来てるんじゃないかな」
「犠牲者も出しちまってるがな。暗殺失敗で殺されたのは、三人か」
「ジョアナさん、だったっけ? 彼女にくらべれば、僕らの情報収集能力は格段に落ちるからね。多少の失敗は覚悟しなければ」
ジョアナほどじゃないが、お前も相当だろ。
レジスタンス旗揚げの時から、いや、それ以前からか。
スティージュで一緒にバカやってた頃から、お前のことは頼りにしてんだぜ、相棒。
「に、しても。ギリウスさんは大したもんだ。本当にペルネ姫を味方に引き込んでしまうとはね」
つい一週間くらい前だったか、兄貴からこの報告が届いたのは。
これで状況が大きく動いた。
「城内の反国王派はペルネ姫、そしてこっちは勇者。大義名分二枚看板と、示し合わせての同時蜂起。この状況まで持ち込めば、どう考えても俺たちの勝ちだ」
「勇者が無事に戻ってくれば、だけれどね。彼女がいない場合、大義名分の片翼が欠ける」
「だが片翼だ。ペルネ姫が味方について、状況が大きく変わった。片方でも翼がありゃ、なんとか飛べる」
「危険な賭けには変わりない、そいつは最悪のパターンってヤツだろう。どうして彼女を奪還作戦に向かわせた?」
当然、気になってくるだろうな。
作戦が感情的過ぎやしねぇかって。
「……簡単だよ。アイツに行かせなきゃならねぇと思ったからだ」
「……タリオ・タルタロット・デルティラード、キミも知っているだろう、彼の武勇は」
「当たり前だろ? ブルトーギュの後継者にふさわしい男だ、タリオは。人格も、強さもな」
悪逆非道の暴君の、性格も強さも受け継いだ最悪の王子。
ヘタしたら、ブルトーギュに迫る力を身につけているかもしれねぇ。
だからこそ、目的は奪還。
交戦は避けろと念を押したわけだ。
「でもな、万一戦いになっても、キリエちゃんに勝ち目はあると思ってる」
ヤツの異名、氷の貴公子。
その名の通りの戦法を使うタリオを殺せる可能性があるとしたら、アイツだけだ。
「どの道、今のままじゃアイツは死ぬんだ。革命が始まったらブルトーギュに挑んで、仇を討てずにあっという間に殺されて、俺たちは大義名分を失う。確実に、100パーセントの確率で」
キリエちゃんの性格上、止めてもムダだろうしな。
ヘタしたら俺が殺されるかもしれねぇ。
「タリオを殺せれば、ヤツの命を吸って、今よりずっと強くなれる。ブルトーギュに勝たせてやれるかもしれねぇ。行かせなかったら確実に死なせちまう。行かせれば、生き残る可能性が出てくるんだ。……それによ、仇を討ったあとのキリエちゃんの笑顔、俺も見てみてぇんだよ」
死なせないために死地に送る。
なんとも妙な話だがな。
「……なるほどね。そこまで考えていたのなら、貴重な頭脳のジョアナさんを送り出した理由も、別にあるんだろ?」
「あぁ、むしろこっちの方が本命だ」
地下室の机に地図を広げる。
そして、チェスのコマを王都に一つ、フレジェンタに二つ置いた。
「革命が成功したとしても、タリオ率いる主力軍は健在。とって返して王都を襲撃されれば、一万五千の大兵力であっという間に踏み潰される」
「おそろしいね。なんせ周辺諸国を平らげた最強の軍だ」
フレジェンタ側のコマの一つで、王都のコマを蹴っ倒す。
革命が成功したあとの、コイツが最悪のシナリオだ。
「だから、こっちのコマを使うんだ。魔族・亜人連合軍五千。革命のことを知らせておき、こいつらに背後を押さえさせる」
「タリオ軍ににらみを利かせて、王都に引き返そうとしたら背後をついてもらう。動かなければそれでよし、王都からの補給を絶たれた軍は崩壊するってわけだね」
「こいつでタリオの方も詰み。どうだ、この策。何か穴は?」
穴はねぇはずだ。
この策は絶対に成功する。
カインさん失ったあと、知恵熱でるまで考え抜いた策だからな。
「……このこと、亜人側に伝えるのはジョアナさんだよね」
「あぁ、そうだ。任せられるのはアイツしかいねぇ」
アイツこそが適任だ。
ジョアナの正体明かされた時は、さすがにビビったけどな。
アイツは絶対に王国側にはつかねぇし、この交渉も確実に成功させる。
「……うん、彼女の素性も考えれば、この策、かならず成功するよ」
「そいつを聞いて安心したぜ……」
大きく息を吐き出しながら、背もたれに体を預ける。
ようやく、革命が成功する。
ブルトーギュを玉座から引きずり下ろしてブチ殺して、祖国の、みんなの仇が討てる。
「十年……、長かったな」
「あぁ、長かった。でも、それももう終わる」
あぁ、終わる。
やっとだ。
キリエちゃんが戻ってきたら、革命の決行だ。
だからよ、無事に戻ってこいよ。
俺たちの勝利の女神サマよ。