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03 逃げるだけじゃ、殺される




 家族の死体を前に、泣き叫ぶ時間すら、私には与えられなかった。

 血のニオイに混じって、鼻をつく焦げ臭さ。

 リビングの方から、火が出ている。


「そんな、なんで、うそ……」


 このままじゃ、母さんとクレアの体が焼けちゃうじゃん。

 お墓、作ることすら出来ないじゃん。


「どうして、どうして……っ」


 涙が勝手に溢れてくる。

 それでも、死ぬわけにはいかないから。

 ワケも分からず殺されてたまるか。


 クレアの部屋から飛び出して、リビングの様子を見回した。

 薪置き場の辺りから大量の火が出てて、もう消火は無理だ。

 それともう一つ、私は確信した。

 これは野盗の仕業じゃない。

 私の部屋もクレアの部屋もリビングも、戸棚とかが手つかずで放置されている。


(盗みじゃない、殺すことが目的だ。でも、なんで!? なんで私たちが……)


 とにかく、玄関から出るのは危険だ。

 待ち伏せされてるかもしれない。

 窓から出るために、一旦クレアの部屋に戻る。


「……母さん」


 クレアを守るために、襲われた後、あの娘のところへ行こうとしたんだろうな。

 部屋に入ろうとして、うつ伏せで倒れてるってことは。


「ごめんね、ごめんね……。今までありがとう……」


 仰向けにさせて、見開いた目を閉じさせて、腕を組ませてあげる。

 もうすぐ灰になっちゃうけど、お墓も作ってあげられないけど、せめて。


「……クレア」


 ベッドの脇へ。

 妹の目も閉じさせ、そして、頬に口付ける。


「置いてっちゃうけど、ごめんね……っ。ずっと、大好きだよ……」


 本当は連れていきたい、けど……。

 やり切れない思いに、唇を強く強く噛むと、鉄臭い、血の味がした。


「……二人とも、いってきます」


 二人の家族の命と、二人の仇の命を奪った剣を手にして立ち上がる。

 本当はこんなもの握っていたくもないんだけど、身を守れるものはこれしかないから。

 自分の部屋に駆け込み、厚手の服に手早く着替える。

 外は冬の夜、この村は標高も高い。

 パジャマのままじゃ凍死しちゃう。


(火の回りは、まだ大丈夫)


 防寒のマントとブーツまで、合計二十秒ほどで着替えは完了。

 両開きの窓に手をかけ、そっと開けて、家の裏手の様子をうかがう。

 前方は薄暗い森、左右に人影なし、ただし雪がチラついている。

 安全を確認すると、足音を立てないよう、そっと飛び下りた。


(さて、どうしよう……。このまま逃げようか……)


「この女じゃないでしょうか!」


「……っ!!」


 全身に、電流が走ったような気がした。

 悲鳴をこらえて周りをキョロキョロするけど、誰もいない。

 私のことじゃないみたいだ。


(……村の、中央広場から?)


 この村は森の中に開かれた、円形状の形をしている。

 広場を中心に、家が並んでる感じ。

 裏手から顔を覗かせれば、広場の様子は確認できる。


(襲って来た奴らの声、だよね。私のことじゃないとすると、まさか……!)


 嫌な予感が、心臓を突き刺す。

 まさか、ウチだけじゃなくて……。

 見たくない、確認なんてしたくない。

 けど、確認せずにはいられなかった。


 そっと広場の方を覗くと、広場の真ん中に十人くらいの、軽装の男たちが集まってた。

 並んだ家々からは火が出てて、その中の一つから、男が歩いてくる。

 親友のアルカの髪を掴んで、モノみたいに引きずりながら。


「……あぁ、違うな。こいつは勇者の小娘じゃない。歳は似てるみたいだがな」


 抵抗らしい抵抗もなくぐったりとしているのは、そういうことなんだろう。

 きっと、死んでる。


「そこに積んどけ、あとでまとめて燃やすから」


「へい、了解」


 その親玉に指示された一人によって、私の親友は、無造作に何かの上に積まれた。

 ……違う、『何か』じゃない。

 あれは村の人たちだ。

 ケニーじいさん、リンダおばさん、他にも知ってる人がいっぱい。

 みんな目を見開いて、無造作に積み上げられている。

 みんな、殺されている。


「うっ……」


 食道から込み上げてくるものを、無理やり胃の中に戻す。

 今音を立てたら、私もあの山に仲間入りだ。


「後はあの家か。おい、デニルはまだ戻らないのか」


「様子を見てきます、カロン将軍」


 将軍?

 今、将軍って言った?

 よく知らないけどさ、軍の偉い人だよね。

 王様の命令で動くっていう。


(まさか、まさか、まさか……!)


 まさか、この襲撃は王の命令!?

 だとしても、なんで!

 私を殺して、自国の村を皆殺しにして、なんの得が!?


 色々と考えたくても、そんな時間はもらえなかった。

 男が一人、私の家に向かってくる。

 火に巻かれた玄関は通れないから、裏手の方へ。

 このままじゃ見つかる。

 半ばパニックになった私は、目についた大きな木の影に隠れた。


 ザっ、ザっ、ザっ。


 靴音が近づいてくる。

 息を殺して、見つからないことを祈りながら様子をうかがう。

 心臓の音がバクバクと、やけに耳障りだ。

 命令を受けた男が一人走って来て、私の部屋の開け放たれた窓から中を覗く。

 アイツ、アルカを引きずってたヤツだ。

 きっとアルカは、アイツに殺されたんだ。


「しょ、将軍! デニルが死んでいます!」


「な、なにぃ!? ……で、勇者は?」


「いません、窓が開いています。どうやら逃げたようです」


「……なるほどな、山の中に逃げたのか? チッ、ただの小娘に返り討ちに遭うなど情けない」


 カロン将軍とやらの、機嫌が悪そうな声が聞こえてくる。

 正直なところ、今すぐ出て行って全員ブチ殺してやりたい。

 私にはそんな力ないけど、力さえあれば……。


「山狩りまでは命令に入ってないぞ、ったく……。大体なぜこの私が野盗の真似ごとなど……。おい、ガラレだったか、お前。今この場で、私の次に階級が高いのは」


「は、ガラレ小隊長であります」


 裏手を見に来てた男が、広場へと走って戻っていった。

 少しだけ緊張が解けて、軽く息を吐き出す。

 まあ、それも束の間だったんだけど。


「部下を四人預ける。山狩りだ、勇者の小娘を見つけ出せ。私は帰る」


「か、帰ると申しますと? 王の命令に背くことになりましょうや」


「お前が小娘を殺せば、命令違反にはなるまい。それとも何か、四人も率いて素人の小娘一匹殺せないほど、お前は無能なのか」


「いえ……。仰せのままに」


 聞こえてきたのは、私を殺す段取りだ。

 これから、ガラレと呼ばれた小隊長と四人の部下、武器を持った五人の男が、私を殺しにくる。

 私の背筋に、冬の寒さとは違う寒気が走った。


「まったく、王にも困ったものだ。今日は絶対に外せない用事があるというのに、こんな仕事を……。おい、死体は疫病の元だ。忘れず燃やしておけ!」


 ガラレが四人の男を引き連れて、家の裏手へと戻ってきた。

 広場からは煙が上がって、肉の焼ける嫌なニオイが漂ってくる。


 馬がいななく音と、ひづめのカッポカッポって音が聞こえた。

 どうやらカロンは、みんなの死体を燃やして本当に帰ったらしい。

 ガラレたちは地面に屈んで、ランタンの明かりで照らして入念に調べ始める。


「……いいか、まずは足跡を探せ。相手は素人、必ず痕跡があるはずだ——っと、さっそく見つけたぜ」


 さっそく足跡が見つかったらしい、こっちにやってくる。

 もうダメ、さっさと逃げればよかった。

 でもさ、そんな頭回んないよ、怖いもん。

 何が勇者だよ。

 私、ただの村娘なんだよ。

 恐怖が限界に達し、足が勝手に走り出した。


「……っ! いたぞ、まだ近くにいた! 追えッ!」


 もうやだ、なんで私がこんな目に。

 ただ雪の積もった茂みをかき分けて、あてもなく逃げる。

 降り積もった雪を踏みしめて、ひたすらに、ただひたすらに、死にたくない一心で逃げ続ける。


「はぁ、はぁっ……!」


 後ろを振り向けば、剣を握った五人の男が追いかけてきてる。

 私さ、なんかした?

 殺されるようなことした?

 いきなり家族を、親友を殺されて、こんな風に命を狙われてさ。

 あまりに理不尽な状況の中、私に出来るのは逃げることだけ。


 どれくらい走り続けたかな。

 十分?

 十五分?

 不思議と私の体力が続く。

 そういえば、剣もあんまり重く感じない。


(そ、そういえば……。勇者って、魔族か人か、あと魔物の命を奪うと、身体能力が上がるんだっけ。相手の強さによって)


 あんまり強くなった感じはしないけど、さっきの男を殺したことで、少しだけ体力が上がってるみたい。

 けど、多少上がった程度。

 このままじゃ、いずれ体力は尽きて追い付かれる。


(なんとか、追手をなんとかしなきゃ、殺さなきゃ……! でも、どうやって……)


 私の武器は、剣と、あと水を沸騰させるとかいうクソみたいな能力。

 あっつあつの熱湯ぶっかけられたら火傷はするかもだけどさ、死にはしないよね。

 そもそも水無いし。


(……ん、水?)


 いや、ある。

 あるじゃん、水ならいっぱい、私の足下に。

 これを活かすため、辺りを見回す。


(あそこ、斜面の下がへこんでる! あそこなら、やれる!)


 雪が積もった斜面の下が、ちょうど窪地になってる。

 あそこなら、追手を一網打尽に出来るはず。

 へこんだところを通って、斜面を登っていく。

 滑ったら捕まって一巻の終わりだ。

 慎重に、雪から突き出た岩場を目指して。

 振り向けば、四人・・の中の先頭の一人がうまく窪地に足を踏み入れたところだった。


(まだ早い、もうちょっと……)


 二人、三人と入るが、まだ早い。

 ひと固まりになった四人組の、最後の一人が入った瞬間。


「今っ!」


 足下の雪に手を叩き付け、念じる。

 熱が腕から、雪——凍った水へと伝わって、急速に解凍されていく。

 周囲一帯の雪が熱され、緩んで、崩落を開始する。

 そう、雪崩だ。


「う、うああぁぁぁぁあぁあぁっ!!」


「なんだ、雪が崩れて……!」


「飲み込まれるぅぅぅぅっ!?」


 斜面に降り積もった大量の雪が、窪地の四人へと襲いかかった。

 私は巻き込まれないように、岩の上に飛び乗る。

 男たちは悲鳴を上げながら、成すすべなく雪に飲み込まれた。

 やった、ざまーみろ。

 あいつら手や足、首だけ出して雪に埋もれてる。


「どう、動けないでしょ。雪って重いんだよ、すっごく」


 雪の剥がれた斜面を駆け降りて、もがいている四人の男たちのとこへ。

 首だけ出してるヤツの前に立って、じっと見下ろす。


「ねえ、苦しい? 息出来ない?」


「た、助けて……、俺たちは命令されて仕方なく……!」


「知るか」


 多分、今まで生きてて一番冷酷な声が出たと思う。

 首だけ出してもがく男の顔面に、私は容赦なく剣を突き立てた。




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