299 カミサマなんかじゃない
「……セリア様? 今、なんておっしゃったの?」
『キリエ、すぐにイーリアとそっち行くから、それまでなんとか持たせられる?』
トゥーリアの問いかけに、セリアは――クイナはもう答えない。
お前と話すことはもう何もないっていう、明確な拒絶の意思表示だ。
「こんなヤツ一人で十分。クイナたちはのんびりお話しながら来たらいいよ」
『はは、頼もしいね』
「……ねぇ、セリア様?」
『じゃ、またあとで』
勇贈玉からの声が途切れて通話終了。
よかった、結界を守りきれたんだ。
だったら残った仕事はただ一つ、目の前で呆然としているコイツを殺すだけ。
「セリア様……? セリア様、どうしてあんなこと……? セリア様が私にあんなこと、言うはずがないのに……」
「アンタ、まだ妄想の中の住民してんの?」
目を覚ましたかと思ったら、まだ起きたまま寝言いってら。
だったら好都合。
「あぁ、そっか、そういうことなのね……。だからセリア様、あんなこと……」
左腕に【沸騰】の魔力を集めて、一気に敵のふところへ。
脳天つかんでグツグツ煮立ててやる……!
「そっかぁ♪ セリア様、イケニエ足りなかったんだぁ♪」
ぐりん。
目ん玉かっぴらいたトゥーリアが、満面の笑みでこっちをむく。
直後、体をエビぞりに反らされて、私のつかみはヤツの胸元スレスレを通り過ぎた。
魔力たっぷりの左手が、ヤツが首から下げた【施錠】付きの首飾りのチェーンに触れただけ。
「カミサマはね、イケニエが足りないと怒っちゃうの! だから勇者キリエ、あなたをイケニエにささげるのぉ!」
「どんな理屈だよ……!」
トゥーリアはすぐさま体を起こして、私の左腕につかみかかる。
【施錠】を使って残った腕もロックする気か……!
「きゃはははっ、見ててねセリア様! 両手両足ロックしてから、セリア様の目の前でゆっくりじっくり解体ショーしてあげるから!!」
高笑いしながら、私の左腕をガシッと掴む。
これで私、両腕が動かなくなったわけだ。
……でもね、やっぱりコイツ冷静さを失ってる。
なんせ自分の胸元すら見えてないんだから。
「ほぉら、これで! きゃはは――」
ジュッ……!
「ぁあぁぁっつっ!!!」
ヤツの胸元、首飾りのチェーンが赤熱。
首元に思いっきり焼きを入れつつ、鎖を焼き切られた首飾りが胸元からポロリと落ちた。
ヤツが火傷にもだえてる間に、私はその首飾りを足でポンと蹴り上げる。
これで【施錠】はヤツのコントロールを離れたはず。
両手が動くかどうか、何度かにぎって確認してみる。
「……よし、おっけー」
パシッ。
自由に動く手で、落ちてきた首飾りをキャッチ。
お尻のポケットに雑につっこんだ。
「あつ、いたっ、どうして……!」
「さっきつかみかかった時、チェーンに触われたの。その時に沸騰の魔力を流しこんだんだ。気づかなかったなんて、よっぽど平静失ってたんだね」
「……っ、ぐ……!」
「……さぁ、どうする? 私の両腕はすっかり自由。もちろん【水神】だって使えるよ?」
勝負あり。
青ざめるトゥーリアを見下しながら勝利宣言だ。
どうする、だなんて聞いたけど、もちろん許してやる気なんてこれっぽっちもないからね。
「……ぅ、ぅぅうううっ! まだ、まだ私には【地皇】があるの! この島全部の土を使って、押しつぶしてやるの!」
やぶれかぶれって感じだね。
必死に叫びながら、トゥーリアが土の中へ水にもぐるみたいにダイブした。
このまま離れて、私が手を出せないところから攻撃するつもりか。
「逃がすわけないだろ」
ヤツがもぐった瞬間、私は【水神】を全力で発動。
この空間の天井近くに大きな池一個分くらいの水量を作り上げて、全力で地面にたたきつけた。
バシャァッ!!
水が土を濡らして、かわいた砂に水分がしみ込んでいく。
ヤツが魔力で生み出した土や砂は、私の魔力の影響を受けない。
でも、砂の中にしみ込んだ水なら話は別。
私の魔力で作った水ならなおさらだ。
操るのも沸騰させるのも、私の自由自在。
地面にバンと手を置いて、地中の水分全てを沸騰させる。
「あぶり出してやる!」
ゴッ……!
空間全体に熱気が充満して、土が触れてられないほどの熱を持つ。
表面でこれほどなんだ、熱が逃げない地中はもっと熱いはず。
とても人間がもぐってられないほどに。
「あつい! あつい! あついいぃぃぃ!!!」
ほら、たまらず飛び出してきた。
熱い熱い言いながら地面から這い出たトゥーリア。
その後ろにかがんで、後頭部を思いっきり鷲掴みにする。
「つーかまーえた」
「ひ、ひっ……!」
さぁて、どう料理してやろうか。
もちろん攻撃の意志を見せたら、その瞬間脳天沸かしてやる。
決着がついたその時、土の一部が弾けとんで、
「お、キリエ。すごいじゃん、もう終わったんだ」
「……あ、クイナ」
「勇者殿、ご無事なようでなによりです!」
埋もれていた海底洞窟からクイナとイーリアが現れた。
トゥーリアをつかんだこの状況、私のギフトを知ってれば勝ったってわかるよね。
「セ、セリア様……! 助けて、お助けください!」
コイツにとって、『セリア』は駆けつけてくれた救いの神だったみたいだ。
上ずった声で、必死に助けを求めてる。
「やるねー、キリエ。トゥーリアってかなり強いのに、ホントに一人で倒しちゃうなんて」
「エンピレオ倒すって約束したからね。コイツ程度、一人でやれなきゃ信じてもらえないでしょ」
「セリア様……、カミサマ……! いや、死にたくたい! 助けて、お願い、お願いします……! イケニエが足りないなら、いくらでも捧げますからぁ!!」
「……ねえ、トゥーリア」
必死に命乞いをするトゥーリアに、クイナ――セリアが冷たい視線を投げかける。
「アタシはね、カミサマなんかじゃない。たかだか二千年暗闇に幽閉されたくらいで親友に刃をむけるような、弱っちい人間なんだ」
「……セリア様? ……あぁ、そっか! あなた、セリア様じゃないのね! 私が【施錠】を失敗したから、あのクイナとかいう村娘と入れ替わっちゃったんだ!!」
「……キリエ、お願い」
「わかった」
この期におよんで自分に都合のいい妄言を吐き散らすトゥーリアに、あの子もとうとう愛想が尽きたみたいだ。
「きゃはははっ、そっか、そういうことだったのね! だったら納得、だってホントのセリア様はトゥーリアの神様だもの!」
「もう黙ってろ。これ以上、私の友達を傷つけるな……!」
ホント、クイナが――セリアがかわいそう。
一秒でも早く、コイツの口をふさがなきゃ。
つかんだ腕に沸騰の魔力をたぎらせて、一気にヤツの脳天へ流しこむ。
「セリア様、セリア様ぁ! 私を天から見守っていて! きゃはっ、きゃははは――」
バチュッ!
「はびゃゅ!!」
トゥーリアの首から上がはじけ飛んだ。
首から血を噴き出しながら、残った体が痙攣を始める。
「……クイナ、気にしなくていいよ。コイツ、きっと元から頭おかしかった」
「うん、わかってる。アタシのせいじゃないって、イーリアが教えてくれたから、さ」