298 イケニエ
トゥーリア・サーナルートはパラディに根ざす騎士の家に生まれ、伝説の騎士勇者にあやかって名をつけられた。
のちに生まれ持った力が練氣ではなく魔力だと判明したが、それでも両親は彼女に騎士としての英才教育をほどこし続けた。
なぜならば、彼女は天才だったから。
練氣を使えないにもかかわらず、大人の騎士を寄せ付けぬほどの剣の腕。
くわえて魔力の量も、並の魔導師をはるかに超えていた。
信心深い両親は、トゥーリアの人並み外れた力を神からの贈り物だと喜び、またトゥーリア自身にも愛情をそそいで育てていった。
トゥーリアもまた、信心深い両親の影響で自らの力が神様からのプレゼントだと信じるようになる。
もっとも、彼女の神と両親の信じる神は大きく異なっていた。
彼女にとって神とはエンピレオではなく、自らの名前の由来である騎士勇者セリアだったのだ。
両親が自分をこんなに愛してくれるのも、才能に恵まれているのも、周囲から一目置かれているのも、全てはセリア様のおかげ。
幸せであればあるほど、恵まれていればいるほど、トゥーリアの中の狂信は色濃くなっていった。
ある日、少女は知った。
この大地の西に住む亜人と呼ばれる者たちの中には、エンピレオではない神を信仰している種族がいることを。
その神の中に、生け贄を求めるモノがいることを。
大切なものの命を自ら手放し、神への供物とする。
生け贄を捧げることこそ、神への最大の感謝の証なのだと。
生け贄が大切なものであればあるほど、伝えられる感謝の気持ちもより大きなものとなる。
トゥーリアは、神に感謝していた。
だから、ずっと『お礼』がしたかった。
「……見つけたの。神サマにお礼をする方法」
数日後、トゥーリアは教団に保護される。
サーナルート邸で起きた猟奇殺人事件の生き残りとして。
簡素な祭壇に捧げられた、サーナルート夫妻の生首。
目玉がくり抜かれ、舌は引き抜かれ、凄惨たる有り様の中、少女は一人呆然と立ち尽くしていたという。
首のなめらかな切断面から、犯人は達人と呼べるほどの腕前を持つ剣士と断定。
しかし夫妻に恨みを持つ者は見つからず、金品の強奪もなく、動機は一切不明。
現在に至るまで、犯人は捕まっていない。
〇〇〇
水気の多い海底洞窟は、トゥーリアよりも私に有利なフィールドだった。
その不利をくつがえすためとはいえ、アイツやることがメチャクチャだ。
子どもみたいにキレたかと思ったら、浮き島の外周を構成してる土を操作して、カベ、床、天井全てを私ごと押しつぶそうとしやがった。
「ホント、危うく潰されるトコだった……」
真っ暗な土の中、私は軽く息をはく。
さすがにちょっとヒヤッとしたよ。
洞窟が崩壊する直前、私は操作していた全ての熱湯をかき集めて、ウォーターカッターの丸いカベを周りに張った。
ソイツで土砂を削り取って、なんとか潰されずにすんだわけだ。
「……さて、助かったはいいけど」
ここからどうしよう。
片手しか使えない現状、力まかせに土を吹き飛ばして脱出するのはちょっと難しいかな。
クイナたちに頼るって手もあるけど、今回は誰の力も借りずに勝ちたい。
と、なるとやっぱり力ずくか……とか考えてると、
(……え?)
いきなり視界が明るくなった。
周りを塞いでた土が振動と共に引いていって、あっという間に土の大広間が出来上がる。
「……やっぱり。まだ死んでなかったの」
そして、目の前には目ん玉かっぴらいたトゥーリアのドアップが。
なるほど、生死確認ね。
土の中から私の魔力を感じたのか。
「悪かったね、私はしぶといんだ」
にらみ返しながら、熱湯のバリアを弾けさせる。
あわよくば火傷させてやるつもりだったけど、ヤツは素早くかわして私の背後に回り込んだ。
「やっぱりあなたは直接殺さないといけないの。【施錠】で脳みその血管ロックして――」
でも、その程度の動きなら見えている。
私も体を反転させつつ、手に沸騰の魔力を集めた。
両方とも触れたら即死、先に触れた方が――。
「殺してや……っ!?」
ところが激突の瞬間、ヤツは私の肩を見つめ、驚愕の表情を浮かべてピタリと手刀を止めた。
なんだ……?
なんか肩についてるのか?
「それ……。それ、セリア様の髪の毛……?」
「クイナの、髪?」
視線を追って、右肩をまさぐってみる。
するとたしかに長い黄色の髪の毛が一本、私の肩に乗っていた。
別れ際に抱き合った時ついたのかな。
「貸してっ!!!」
「うわっ!」
つまみ取った髪の毛、ものすごい剣幕で持っていかれた。
「これっ、これは……っ」
なんか興奮した様子で、髪の毛をジロジロ見回してる……。
鼻息荒いし、なんなんだいったい……。
「まさか、本物の……? はぁ、はぁ……はむっ!」
「!?」
な、、なにしてんだアイツ……?
いきなり髪の毛を口にくわえて、
「じゅる、じゅるるるっ、ちゅるっ、はむ、はむはむ……」
吸い込んでもぐもぐしてる……。
想像を絶する光景を前に、軽くめまいがした。
「……ごくん。この味、この匂い、間違いなくあの方の髪の毛……」
ごくん、て。
飲み込んだのか、今。
てか味知ってんのか。
さすがにドン引きなんだけども。
「コレクションとおんなじ……、あぁ、あの方の体の一部が私の体内に……。あの方の、あの方の……?」
恍惚とした表情で全身をビクビクさせてたかと思いきや、イカレ女がとつぜん動きを止めた。
そして、
「……あれれ?」
ぎょろり。
目ん玉かっぴらいてこっちをにらみつける。
殺気を隠そうともせずダダ漏れにして、縮んた瞳孔で私をまっすぐに。
「どうして? ねぇ、どうしてあなたの肩に、あの方の髪の毛が乗ってるの?」
あちゃぁ、やっぱそうなるよね。
あの子が二重スパイになったこと、敵に知られるわけにはいかない。
なんとかごまかしてはぐらかさなきゃ。
「……さぁね。私とクイナが友達だからじゃないかな」
「とも、だち……? あの方と、あの方とあなたなんかがともだち……?」
私の回答、ご満足いただけなかったようで。
トゥーリアがうつむいて、ブツブツブツブツとつぶやきはじめる。
「ありえない、ありえないありえないありえない……。あの方は神様なの、身の程を知るの、知るべきなの……」
「……アンタさぁ、さっきからセリアが神様だとかイケニエに捧げるとか、何寝言ほざいてんの? あの子は人間だよ?」
「あなたこそ何言ってるの? あの方は神様なの……」
「アンタらにとっての神様って、天から降ってきたあのバケモノのことだろ」
それを何、キョトンとした顔で当然のように。
エンピレオを崇めるイカレた狂信者の集まり、それがこいつら『獅子神忠』のはずだろ。
「ジョアナさんやノプトはそう思ってるの。けれど私の崇拝対象は、他の誰でもないセリア様! そしてあなたは供物なの!」
「はぁ……?」
同じ言語を使ってるのに何を言ってるのかわかんないって、私初めての経験かも。
「神様には供物をささげるもの。だからね、私はいつも殺した相手をセリア様に捧げるの!」
「……巫女様の社の門番たち。首がどこにもなかった」
「なぜかあの場で受け取ってくれなかったの……。だからね、即席☆インスタント祭壇の方に捧げたの! はやくおうちの祭壇に持ち帰りたい……」
「……。……この際だからハッキリ言ってやるね」
いろんな言葉が思い浮かぶけど、一言で表すならやっぱりコレかな。
「アンタ、イカレてるよ。気持ち悪い。アンタなんかに慕われてるセリアが、本当にかわいそう」
「あなたにどう思われようとかまわないの。セリア様が私を愛してくれさえすれば――……あれぇ?」
……今度はどうしたんだ。
いきなり首を体ごとかたむけて不思議がってる。
かわい子ぶってるつもりか、全然かわいくないぞ。
「おかしいの……。ノプトの【遠隔】が途絶えちゃったの」
「ノプトが……?」
それってつまり、クイナたちがやってくれたのか?
ノプトを殺したか、少なくとも【遠隔】の通信網を保てなくなるほど痛めつけたってことだよね。
「困ったの……。これじゃあセリア様とつながれないの……」
「……」
いや、重要なのはソコじゃないだろ。
作戦失敗かもしれないのに、コイツの思考回路どうなってんだ。
『……あー、あー。もしもーし、聞こえてるー?』
「……っ!? クイ――」
「セリア様っ!? セリア様の声が聞こえるの、奇跡なの!!」
奇跡とか寝言吐いてるヤツはほっといて、カバンの中に入った勇贈玉からクイナの声がする。
堂々と連絡入れてきたってことは、やっぱりノプトを始末したんだ。
『あー……、トゥーリア、ごきげんよう』
「ごきげんよう! ねぇねぇセリア様、ノプトの連絡網が消えちゃったの。なにかご存じない?」
『そうだねー、ノプトならイーリアがやっつけてくれたよー。瀕死の状態で逃げ帰ったけど、ありゃ再起不能だねー』
「……え?」
『それとさー、トゥーリア。さっきのキリエとの会話、聞こえてたんだけどー。……アンタ、本当に気持ち悪いよ』