297 苦肉の奇襲
トゥーリアの片腕が、騎士剣ともどもどっかに飛んでいった。
引きかえに私の右腕も機能停止しちゃったけど、ヤツとちがってくっついてる分、安いもんだ。
「いたい、いだいぃぃ゛ぃぃ……!!」
血が流れ出す切断面をおさえてうずくまるトゥーリア。
ざまーみろ、いつまでも調子に乗ってるからだ。
「油断したね。この洞窟は水びたし、おかげで私の武器がたっぷりだ」
「はぁぁ……、痛いの……っ!」
クイナに信じてもらった以上、コイツは私一人で倒したい。
エンピレオを倒すって宣言したんだ、こんなヤツに苦戦してたまるかってんだ。
「痛いぃ……っ、っあ、あ゛あぁ゛ぁぁぁぁぁぁあぁ!!!」
な、なんだ……?
いきなり絶叫したかと思ったら、あたりがグラグラ揺れはじめた。
地震……なわけないよね、ここ浮き島だし。
浮き島にいるってわかってるのに地震と間違えるヤツがいたら、むしろ驚きだ。
「もう許さない、許さない、絶対に許さないの……!」
トゥーリアの全身から、ゾッとするほどの魔力があふれ出す。
まずヤツは、自分で生み出した岩石を傷口にくっつけて止血。
さらに……。
バキっ、ミシっ、バキ……っ!!!
海底洞窟の岩壁が、天井が、嫌な軋みを上げながら少しずつ崩れていっている……!
「コイツ、まさかこの洞窟を……!」
「こんな水ばっかりなジメジメした場所……、ここが全部悪いの……。 こんな場所、ブチ壊してやるの!!」
△▽△
ゴゴゴゴゴ……。
足元を揺らす振動に、わたしとセリア殿は足を止める。
揺れはしばらく続いたあと、唐突に収まった。
今のはいったい……?
「セリア殿、今揺れましたよね。地震でしょうか」
「ここ空中。地震は起きないよ」
「あ、そうでした……。ではなにが……?」
「トゥーリアの魔力コントロールが乱れたのか……、それともこの浮き島が揺れるくらいの大技をトゥーリアが繰り出したか。たぶん後者だね」
「で、では、勇者殿が……!」
「ま、キリエならうまくやるでしょ」
敵は強大、島一つ作るほどの魔力の持ち主だ。
加えて身体能力も、『三夜越え』を服用したとしか思えないほど。
勇者殿でも、万一があり得る相手だが……。
「セリア殿、心配なさらないのですか?」
「信じたから。信じてって言われて、行動で見せてもらって、アタシは信じた。信じたからにはもう疑わないさ」
迷いなく、ハッキリとしたセリア殿の返答。
二人の間にどんなやり取りがあって、どんな風に刃を交えたのかはわからない。
ただ、確かな信頼と友情が感じられた。
「それより、アタシらはアタシらの役目に集中。……ほら、もうすぐだよ」
声のトーンを落とし、セリア殿が前方の曲がり角を指さした。
うなずき、気配と足音を殺して進み、角からそっとのぞき見る。
そこは海底洞窟の最深部。
円形の広間のようになっている場所の中心に、巨大な赤い岩が鎮座していた。
岩の半分ほどが地面に埋まり、その周囲には透明な魔力のカベが張り巡らされている。
あのカベが結界のようだ。
そして、赤い岩の前に……、
(いた……!)
メガネをかけた魔族の女が、目を閉じて両手を結界へとかざしている。
間違いない、ヤツはタルトゥス軍の残党、ノプトだ。
ゴゴゴゴゴ……!
(い、今のは……)
またもひどい揺れだった。
体勢を崩して広間の方へよろめきそうになる。
しかしノプトめ、よほど集中しているのだろうか。
今の揺れにピクリとも反応しない。
「……チャンスだよ。奇襲して斬り殺しちゃえ」
セリア殿がボソリと耳元で、とんでもないことをつぶやいた。
実力的にはセリア殿が行った方がいいのだが、さほど説明された通りノプトのギフトは【遠隔】だ。
死に際にセリア殿の裏切りを連絡される可能性がある上に、万一取り逃しては目も当てられない。
しかし……、
「しかし不意討ちなどとは、あまりに騎士道に反する行為ですね……」
先ほどから思っていたが、騎士の鑑とまで称されたこの人、どうにも騎士らしくない。
かつての騎士が現代の騎士と大きく異なる、という話は聞かされたが……。
「騎士道、ねぇ……。後世の騎士道、どんな感じ?」
「主に忠を尽くし、いかなる時も正々堂々。剣に誓った誇りには決して背かない。それがわたしの信ずる騎士道です」
「……なるほどね。いかにも、平和な時代の考え方だ」
「平和……。いえ、今の世はブルトーギュによって長く戦乱が――」
「平和だよ、充分に」
彼女の言葉の意味するところは、かつて起きたという動乱なのだろう。
この方の生きていた時代に、いったい何があったというのだろうか。
「さ、ムダ話してる場合じゃないよ? 正々堂々とか言ってる場合でも、ね。イーリア、行ってきな」
「……わたしだって、背に腹は代えられない緊急時と心得ています」
わたしたちの双肩に、魚人という一種族の命運がかかっている。
ならばここは、なんとしても敵を仕留めねば。
音もなく剣を抜き放ち、その刀身に練氣をまとわせる。
静かに身を乗り出し、動かぬ敵に狙いを定め――、
(練氣・飛刃……!)
剣を振りぬく。
刀身から解放された練氣の刃が、ノプトの首を刈り取るためにまっすぐ飛んでいき……、
ブオンっ。
敵に当たる直前、突如出現した黒い穴に飲み込まれ、その穴ともども跡形もなく消滅した。
「……っ! あなたは、ケツの青いひよっこ騎士……ッ!!」
「な……っ」
気づかれた……!
あの仕掛け、【遠隔】を用いて自分の周囲に防御トラップを張っていたのか……!
……いや、怯んでいる場合ではない!
「ノプト、覚悟ッ!!」
奥義・魂豪身を発動し、全ての能力を大幅に強化。
全力でノプトへ斬りかかる。
「くっ、なぜあなたがここに……!」
悔しげに顔をゆがめるノプト。
ヤツにとって、わたしがここに来ることは計算外だったようだ。
間合いに飛びこみ、鋭く一閃を振るう。
しかしヤツの姿は一瞬にして消失し、十数メートル先に出現。
「足止めに当たっていたトゥーリアとセリアは……! あなたを通したというの……!?」
「そのまさか、と答えておこう!」
すかさず斬りかかるも、敵はやはりワープ。
だが、先ほどよりも発動が遅かった。
余裕をもって回避していた刃が、今回は首に届こうかというギリギリだった。
(結界の解除で、魔力が消耗しているのか……? ならば、好機……!)
先ほどのワープは数十メートル後方へのもの。
ならば今回も……。
出現位置の予測を立て、ヤツの姿が消えた瞬間に駆け出す。
すると予想通り、目星をつけた位置のわずか数メートル先にヤツは出現した。
「な……っ!」
「お命、頂戴!!」
ヒュバ……ッ!
手ごたえあり。
肉と骨を斬り裂いた感触が刀身越しに伝わり、ヤツの体の一部が宙を舞う。
「うぐ……ぅっ!!」
しかし、斬り飛ばしたのは首ではなく左腕。
命中寸前、ヤツはとっさに体をそらし、致命傷を回避した。
が、一瞬を争う至近距離の戦いにおいて、痛みにもだえて怯む瞬間は致命的。
致命のスキを逃さず、わたしはヤツの胸に容赦なく剣を突き立てる。
「ブふ……っ!!」
間違いなく心臓をつらぬいた。
それが証拠に、ノプトの口から大量の血が噴き出される。
「討った……!」
勝利を確信し、剣を引き抜く。
敵の体がゆっくりと倒れていき……。
(……なんだ?)
死に逝くのみのはずのノプトが、何かをにぎっていることに気づく。
あれは、魚人の小袋……?
「まずい……っ!」
敵の協力者に魚人がいることはわかっていた。
ならば魚人薬の支援を受けていてもおかしくない。
せっかくの致命傷、回復されてたまるか!
「させん!」
すかさず剣を振るい、小袋をにぎった手首ごと斬り飛ばす。
ノプトの表情が今度こそ絶望にそまり――。
カリっ。
ヤツの奥歯から、なにかを噛み砕く音がした。
「なに……っ!」
次の瞬間、ノプトの姿がこの場から忽然と消える。
【遠隔】による長距離瞬間移動か。
しかし、ヤツの魔力はほとんど底をついていたはず。
まさか、先ほどの音は……。
「どうした? もう少しで殺れるって時にいきなり消えたように見えたけど」
物陰からセリア殿が駆け出してくる。
ノプトの気配はもうどこにも感じられない。
騎士剣を鞘に納めながら、わたしはセリア殿に考えを語った。
「……ノプトはおそらく、奥の手として奥歯に魔力回復の魚人薬を仕込んでいたのでしょう。魔力が底をつき、命の危機に陥っても逃げられるように」
「仕留め損ねた、ってことか……」
「えぇ。ですが、ノプトの左腕と右手首はここにあります。どんな治癒魔法でも薬でも、切断された部位がなければ元には戻りません。接合は可能でも、ゼロからの再生は不可能なのです」
「つまり、だ。もしもノプトが致命傷から助かったとしても、両腕を失って戦力にはならない、と?」
「その通りです。ですから今は――」
わたしの言葉をさえぎるように、またも浮き島が激しく揺れる。
今もなお、勇者殿が戦っておられるのだ。
「今は早く、勇者殿のもとへ!」