294 【施錠】
【施錠】。
行方不明になった数ある勇贈玉の一つ。
ソイツをトゥーリアが持っていると知ったのは、王都の地下でクイナの記憶が呼び起こされたあの時だ。
だから私は、ベルナさんからコイツの能力を聞けていない。
でも、これまでのアレコレでどんな力か推理することはできる。
「触れたものをロックする……。なるほどね、まんまとやられたってわけか」
「わかったところでどうしようもないのね」
【水神】の勇贈玉と私のつながりが、完全に遮断されてる。
力を引き出そうとしても引き出せない。
クイナの記憶といい、ロックできるのは実体あるモノだけじゃない。
もし体に触られて、心臓の動きでもロックされたら終わりだ。
【施錠】は私と同じ、触れたら即死ギフトの可能性が高い。
「いつまでぼんやりしているの?」
おっそろしい推測を立てた瞬間、トゥーリアが退屈そうな声を発した。
同時に、こっちに腕をかざして巨大な岩を作り出す。
ヤツの姿が見えなくなるほど……っていうか、この洞窟をまるまるふさぐほどの大きさだ。
「ボンヤリしてたら、つぶしちゃうの♪」
ドウッ!
その大きさにふさわしくない猛スピードで撃ちだされる岩の塊。
回避する場所なんてない。
どうにかして破壊するか――。
「練氣・豪破断!」
……うん、力仕事はコイツに任せよう。
後ろから駆け込んできたトゥーリアが奥義を発動、柱のようにぶっとい練氣の剣で大岩を粉砕した。
「勇者殿、お怪我は!?」
「誰にむかって言ってんの。それよりも、ちょっとまずいよ。視界を奪われた」
今の岩、どうやら砂岩だったみたい。
衝撃を受けたら砕けて砂煙になるようにしておいたんだ。
おかげで狭い洞窟の中は、砂が充満してほとんど見えない。
襲われる前に急いでイーリアに駆け寄って、背中合わせで警戒態勢を取る。
それから練氣・金剛力を発動して、力いっぱい剣を振るう。
衝撃波が砂煙を吹き飛ばすと、もうトゥーリアの姿はどこにもいなかった。
「ヤツの狙いは最初から目くらましだったみたいだ。必ず何かしかけてくる、気をつけて」
「ええ、警戒しなければ――」
ガシッ!
「な……っ!」
驚きの声を上げて、足元に目をむけるイーリア。
視線を下ろせば、その足首を地面から生えた腕がガッチリとつかんでいた。
「まずい……!」
触れられた。
このまま心臓や脳をロックされたら……!
「この……っ!」
イーリアが手にした騎士剣で斬り払おうとする。
私もすぐさま突きかかるけど、二つの刃が届く前に腕は地中へ引っ込んだ。
その直後。
「ぐあ……っ!」
「イーリア!」
短い悲鳴を上げて、イーリアがドサリ、と倒れこむ。
クソ、遅かったか……!
「足が……、右足が動かない……っ!」
「え、足……?」
足ってどういうこと?
致命傷を受けたかと思いきや、右足をおさえてうめいてるだけみたい。
ロックされたの、急所でもなんでもなく右足たった一本だけ?
「あはぁ……♪ まず一人、あの方へのイケニエなの……♪」
とにかく、考えてるヒマはない。
クソ虫がイーリアのすぐわきの壁面から、気色悪い満面の笑みを浮かべながら飛び出してきた。
今度こそトドメを刺すつもりだ。
「させるか! 遠隔破砕っ!」
水びたしの地面に手を置いて、そこから魔力を流す。
狙いは這い出てくるトゥーリアの手が触れているカベの水。
ヤツの魔力が流れているカベそのものをマグマにはできない。
だから、カベを濡らす海水を熱湯に変えてやる。
ジュッ……!
「あきゃっ!!」
トゥーリアが甲高い悲鳴をあげてカベから転がり出た。
ざまーみろ、これでアイツは手のひらに火傷を負ったはず。
「イーリア、無事?」
「え、えぇ、なんとか……」
とは言っても、やっぱり足が動かないみたいだ。
とりあえずイーリアの体を引っ張って、敵との距離を取る。
「……痛かった。熱かったの」
火傷した手のひらを痛そうにおさえながら、ヤツは怒りの形相でこちらをにらみつけた。
「この私にこんなこと、絶対に許さないの……!」
「許さない? その程度で? これから全身、その手のひらみたいにされるってのに」
「黙るのっ、もう絶対に、絶対に……っ!」
まゆ毛をピクピクさせて、ものすごくお怒りだ。
さて、作戦通りならそろそろクイナから連絡が来てもよさそうだけど……。
『トゥーリア、聞こえる~?』
「セリア様!?」
きた、クイナの声だ。
「セリア様、会いたかったの。どこにいらっしゃるの?」
『【遠隔】でつながってる同士なら会話できるでしょ? ソイツで頭の中に直接、ね。ちなみにノプトには聞こえてないよ。結界解くのに集中してて、回線切ってるから』
「そ、そういえばそうだったの……。来てくださったと思ったのに、残念なの……」
どうやらクイナ、トゥーリアの頭に直接語りかけてるみたいだ。
それと同時に、通信機代わりに持たせてくれた【刺突】の勇贈玉から、私だけにギリギリ聞こえるボリュームで声を出してくれてる。
私にも会話の流れが理解できるように。
……イーリアには聞こえないだろうから、たぶんアイツ置いてけぼりだろうけどさ。
「ゆ、勇者殿、いったいなにが……?」
「……さあ」
案の定、状況をよくわかってないみたい。
私もわけわかんないふりをして、とりあえずすっとぼけておく。
この声が私たちにも聞こえてるって、敵に知られちゃまずいしね。
さて、何通りかある作戦のうち、クイナはどう動くんだろうか。
『最下層からそっちにむかっててさ、今は中層、ちょうど真下のあたりにいるんだ。そっちの状況は?』
「侵入者二匹と戦ってるの。勇者じゃない方が、もうすぐ殺せそうなの」
『そっかそっかなるほど。じゃあさ、その獲物の片割れ、アタシの方に送ってくれない?』
「送る……? ……あ、そっか、イケニエなのね。もちろんいいの!! ロック解除して、すぐに送るの!!!」
「え……?」
トゥーリアが目を輝かせながら指パッチン。
右足のロックを解除したかと思ったら、次の瞬間横たわるイーリアの体の下に落とし穴が出現。
自由落下スタート。
「ちょ、いったいなにが、勇者殿おおぉぉぉぉ……!?」
困惑の声がどんどん遠くなっていく。
アイツってば多分はるか下、クイナのいるあたりまで落ちていったんだろうな。
高いとこ苦手だって言ってたのに……。
「落としたの! すぐに落ちてくると思うの!」
『……うん、落ちてきたよー。ありがとね、トゥーリア。それじゃ!』
通信終了、かな。
ともかく、クイナの選んだ作戦プランは私とイーリアに別行動を取らせるヤツ。
クイナがイーリアを案内して、迅速にノプトの結界解除を阻止する。
おそらく一番確実性が高い作戦だ。
「……あはぁ、あはぁ♪ あはぁ♡ セリアさまにイケニエ捧げちゃったの♪ しかもしかも、お礼なんて言われちゃったのぉ♡」
ただこの作戦、私とコイツが一対一になるのが最大のリスク。
あの子がこのプランを選んだってことは、私がコイツ相手に一人でも持ちこたえられると信じてくれたってことだ。
だったら期待に応えなきゃ。
ううん、期待以上で。
二人がノプトをなんとかする前にブチ殺すつもりで戦ってやる。
よだれを垂らして意味不明なこと言って、気味の悪い笑みを浮かべながらのけぞってるコイツをさ。