290 信じてるから
里を丸ごと人質に取るってか。
ジョアナの同類が思いつきそうな、胸糞悪い作戦だ。
魔物には、人間や亜人を見つけると見境なく襲いかかるって習性がある。
ただ、あまりにたくさんの人間が集まっていると逆に避けるんだ。
だから街の中に魔物は出現しない。
ただし、あまりにも多くの魔物が一ヵ所に集まりすぎると話は別。
大軍勢で街を襲撃して、たくさんの被害を出す。
これがいわゆる魔物の氾濫。
魚人の里は文字通り、喉元に刃を突きつけられた形になる。
「あ、あわわわ……、一大事じゃないか……! 早くなんとかしないと里がぁ……!」
「落ち着きなさい、ラマン。確かに封印が解かれればおしまいです。ですがまだ、十分に時間的な余裕がある。そうですね、セリア様」
「初代勇者がほどこしたからには相当に厳重な封印術だろうし、解除にはそれなりの時間がかかるだろうね。そもそも、ノプトが封印解除をスタートするのも島が浮上してから」
なるほどね。
むこうもまさか、クイナが私たちに計画の全容を話すとは思ってない。
私たちがこんなにも早く動くなんて計算外のはず。
「これまでずーっと後手に回ってたけど、今回は私たちが先手を取れるってわけだ」
これ以上ジョアナたちの好き勝手にはやらせない。
こっちから襲撃して、一気に叩き潰してやる。
「となれば、準備が必要だよな! おいらさっそく薬の準備してくる!」
ラマンさんがドタバタと洞窟の奥に走っていった。
魚人の薬、さっき飲んだ通り効き目抜群だもんな。
ベアトの治癒魔法の方が、ずっと心地いいんだけどね。
……と、ぼんやりしてる場合じゃないや。
この間にハッキリさせなきゃいけないことがある。
「ねえ、クイナはこれからどうするの?」
正直なところ、これからは私たちと一緒にいてほしい。
敵の内情をたくさん知ってるから、とかそんな損得勘定じゃなくて、友達だから一緒にいてほしいんだ。
でも……、
「いったん、ノプトたちのトコに戻ろうかと思う」
クイナの返事は、私の望む答えじゃなかった。
「……どうして? ノプトの能力で、クイナの裏切りはもうバレてるんじゃないの? 戻ったら危険だよ」
「【遠隔】の仲間認定って、双方の同意が必要なのは知ってるよね」
「う、うん、ベルナさんから聞いた……」
「つまり、こっちで好きな時にオンオフできるってこと。アタシってば定期的にオフにしてブラついてるから、特に珍しいことじゃないんだよね」
「でも、ノプトだよ? もしかしたら勘づかれてるかも……」
「そうかもしれない。でもね、内通者が敵側にいるメリットってすっごく大きいよ?」
……正論だよ、たしかに正論だ。
『獅子神忠』を倒すには、そっちの方がずっといいんだろう。
だけどさ、せっかく帰ってきてくれた友達に危険なことさせたくないんだよ。
させたくない、けど……。
「……キリエ、ジブンを信じてほしいッス」
「……わかった。その代わり、絶対に無事で戻ってきてね」
「もちろんッス。ジブンを誰だと思ってんスか。キリエの大先輩、伝説の勇者ッスよ?」
けど、少しでも奴らを倒せる確率が上がるなら、それはベアトのためになる。
それに、クイナは私を信じてくれたんだ。
だったら私も、クイナを信じて任せてみようと思う。
「さて、じゃあ最後に……はい」
クイナが差し出したのは、折りたたまれた羊皮紙の束。
何枚かに分けられてて、けっこう量がある。
さっき熱心に書いてたヤツだよね。
「これは……?」
「アイツら用心深いから、キリエたちほとんど何も知らないでしょ。『獅子神忠』についてアタシが知る限りの情報、全部そこにまとめといたから。……とか言っても、アタシだって全部知ってるわけじゃないけどさ。それでもよかったら」
「とんでもないよ、すっごく助かる」
口で説明しないのはそんな時間がないからってのと、口頭で話すには情報量が多すぎるから、ってとこかな。
ともかく敵の情報が致命的に足りない私たちにとって、コレは途轍もなく大きい。
「何枚かに分けてあるうちの一番上、そこに今回の作戦も書いといたからさ。出発する前に目を通しておいてよ」
「りょーかい。何から何までありがとね」
「ありがとうはこっちのセリフ。それともう一つ。これも持っといて」
「コレって、勇贈玉?」
ついでに手渡された、黄色くて小さな丸い玉。
他の見慣れた勇贈玉とちがって、輝きを失ってくすんだ色になっている。
「アタシの魂と【刺突】が封じられてたヤツなんだけどね。アタシの魂とリンクしてて、なんと通話みたいなことができるんだ。蘇生勇者の特権だね」
「マジで……?」
そんなことができるなんて初耳だ。
蘇った勇者がセリア一人だけなんだから、当たり前と言えば当たり前だけども。
「コイツでいつでも話せるからさ。――だから、そんな寂しそうな顔、しないでほしいッス」
「……そんなに情けない顔してる?」
「してるッスよ。心配ないッス。ジブン、これでもキリエよりずっと強いんスから」
「私に負けたくせに」
「キリエが殺す気なかったおかげで、ね?」
「負け惜しみだ……」
ぎゅっ。
私を強く抱きしめて、クイナがにっこり微笑んだ。
「全部終わったら、王都観光案内の続き、お願いね」
「うん、ベアトと三人で行こう。王都以外にも、まだまだ案内したいトコたくさんあるんだから」
「……っ!」
ベアトもコクコクとうなずく。
そうだよね、ベアトだってそう思うよね。
途中で終わっちゃった観光案内もだけど、他にもまだまだ友達同士でやりたいこと、たくさんあるんだから。
だから絶対に。
「絶対に、また会おうね」
「当たり前ッス。もう友達に、あんな悲しい顔をさせたくないから」
私から体を離して、クイナはメガネを外す。
その時にはもうあの子の表情は村娘クイナじゃなくて、騎士勇者セリアの勇ましい表情に。
「……またね、キリエ」
「うん、また」
最後に軽く言葉を交わして、クイナはその場を立ち去っていった。