29 特別なんて、作らない
まず右手首に、魔力を全体に行き渡らせてドロドロに溶かしてやる。
短剣の一本が、指だったとこからこぼれて地面に落ちた。
「あびゃあぁぁぁぁぁっ!!」
うるさいな、洞窟だからよく響くんだよ。
まあ、静かにされててもそれはそれでムカつくか。
もう片方の手も、グッツグツにする。
また悲鳴が上がって、武装解除完了。
最後に思いっきり顔面を殴り飛ばす。
「はひっ、はひっ、はひっ」
はい、無様にぶっ倒れて身動きとれなくなったクソ虫の完成。
ベアトをさらった理由、殺す前に絶対聞き出さないと。
「ねえ、どうしてベアトを狙ったの? 教えてくれたら必要以上には苦しませないよ?」
「だっ、誰が、言うかっ」
ぺっ、とツバを飛ばしてきた。
汚いから避けたけど。
……ふーん、そういう態度取るんだ。
「これはお願いじゃないんだよ? 命令。勘違いしてないかな。あんたに断る権利はないの」
足の先に、魔力を送り込む。
足首とか全体じゃなくて、指の先っぽに。
ぐつぐつ、ぐつぐつと煮立って、肉を弾けさせながら、ゆっくりと体に向かって登っていくように。
「ひぎっ、ぐびゃああぁぁぁぁぁぁっ!!! あぢっ、あぢぃぃぃっ!!!」
「ねえ、答えようよ。じゃないとさあ、足の先から少しずつ沸騰していって、とっても苦しんで死ぬことになるんだよ?」
「はひっ、答えるっ、答えるから止めてえぇぇえぇっ!!!」
「物分かりがよくて助かるよ。さ、早く教えて」
「先に止めてくれぇえっ!!」
「ダメダメ、ウソ教えてくるかもしれないじゃん。ほら、早く。もう足首まで上ってきてるよ?」
コイツの足首から先、皮膚が弾けて肉が全部丸出しになってる。
これじゃあもう走れないね、かわいそう。
「はぁっ、あの女っ、カロンに頼まれたんだっ、探して捕まえたら、褒美をやるって、ブルトーギュの家来にもしてくれるってっ!」
「で、捕まえてカロンに渡したんだ」
「あっ、ああぁっ、必死に探して、探して、捕まえたからっ、引き渡しの日っ、決めたら、カロン、その日っ、お前の村焼きに行っててっ、明け方ごろっ、帰ってきたあいつに、引き渡したっ!」
なるほど、アイツが不自然に帰ってったのはそんな理由が。
私の抹殺よりも優先する理由があるっての?
ベアトって一体……。
「ねえ、ベアトの正体は知ってる?」
「知らなひっ、らけどっ、勢力図を、一変させる切り札らってっ、カロンがっ!!」
「他には?」
「わからにゃっ、けどっ、神官っ、パラディの神官がっ、屋敷に出入りしてるのっ、見たっ」
「……何それ、関係なくない?」
上っていく速度を速める。
すね辺りまで来てたのが、一気に太ももまで肉が剥きだしに。
「あぎゃあああぁぁああっ!! 違っ、関係なくねぇぇっ、あの小娘もっ、パラディから、来たってっ」
「……へえ、あの宗教大国から」
だとしたら、ちょっと厄介かな。
ベアトを狙ってるのはコイツだけじゃないってことに——、あれ?
私、なんでこんな熱心にベアトのこと問いただしてるんだ?
あの子の素性なんて、どうでもいいはずなのに。
おかしいな。
「……ごめん、私ちょっとどうかしてた。【沸騰】いったん解除するね」
下腹部にまで上ったところで、魔法を解除。
下半身、全部まるごと茹で上がっちゃったけど、ま、いっか。
「はっ、はっ、はひっ……」
リキーノのヤツ、顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
……ホント不思議だな。
ベアトのことなんて、ただの安眠道具くらいにしか思ってないはずだよね、私。
なんでこんなムキになってたんだ。
冷静さを取り戻し、その場を立ち上がる。
とりあえずみんなのとこに戻ろっか。
「ふぅ、じゃあ私はこれで。あなたも元気でね」
「な、なにっ……? こ、殺さないのかァ……?」
「うん。……とでも言うと思った?」
パチン、と指を鳴らして、止まってた沸騰を再始動させる。
今度はすごくゆっくり、じわじわ、じわじわと頭の方へ上がっていくように。
「えっ? あっ、ひいいぃぃぃぃっ!!」
あ、希望を抱いた顔が一気に絶望に染まった。
自分の運命を悟ったみたいだね。
別に笑えたり面白かったりはしないけど。
「ってことで、お達者でー」
「あぢぃっ、嫌だっ、まっ、待てっ、置いて行くなっ、助けてっ、嫌だっ! 痛てぇっ、気が狂いそうなほど痛てぇよぉぉっ!!」
腕をふりふり振って、洞窟を出る。
さてさて、あの暗殺者さんはいつまで生きていられるのかな。
別に興味ないし、心底どうでもいいけど。
「だずげでえええぇぇぇぇっ!!!」
助けるわけあるか。
アレはもうその場に放って、ベアトたちのところへ向かって駆け出す。
一刻も早く、あの子に会うために。
……あのね、ベアトに早く会いたいのは、傷の治療しないと私がヤバいから。
勘違いしないように。
○○○
「……っ!!!」
小屋の前まで戻ってきたら、ベアトが中から凄い勢いで走ってきた。
で、心配そうに私の傷を見て、すぐに治療を開始。
大きな傷から優先して、ていねいにヒールをかけてくれる。
「お疲れ様、リキーノは仕留めたみたいね」
ジョアナとメロちゃんも、遅れて小屋から出てきた。
転がってる惨殺死体、メロちゃん見ないようにしてる。
頭が破裂してひどい有様だもんね、かなりグロい。
私はもう馴れたけど。
「そっちは大丈夫だった?」
「問題なし。小屋に一人潜んでたけど、私が殺しといたから」
「あ、あの、すごかったです、勇者のお姉さん……」
青ざめてるよ、メロちゃん。
ホントごめんね、危険なことに巻き込んじゃって。
「……っ」
ベアトの治療、終わったみたい。
痛みもすっかり引いて、体力も全快。
で、それとは別にたった今、体がすごい軽くなった。
多分アイツが死んだんだろうな。
その分パワーアップしたのか、私。
「……!」
ベアトが荷物からタオルを引っ張り出して、あと竹水筒も取り出した。
まさか今から体を拭くつもりか。
「血はあとで、自分で拭うから。ほら、こんなとこじゃ服脱げないでしょ」
「……」
そんな落ち込まないでよ。
私なんかの世話、なんでこんなに一生懸命やいてくれるんだろ、この子。
「いやー、それにしてもキリエちゃんのあんな顔、お姉さん初めて見たわ」
あん?
何を言い出す気だ、このジョアナ野郎。
「ベアトちゃんがさらわれた時、オーガみたいな顔で怒ってたわよね。その後も冷静さを完全に失ってて。よっぽどベアトちゃんが大事なのね」
「……っ!?」
ちょ、待って、待って。
違うから、ベアトもそんなキラキラ目を輝かせて私を見ないでよ。
「ベアトちゃんへの独占欲と執着心、依存心、その他もろもろがごちゃ混ぜになったあの叫び。あんなに感情的なキリエちゃん、私初めて見たもの」
「勇者のお姉さん、ベアトお姉さんが大好きなんですね。バッチリしっかり伝わってきましたです」
「……っ」
なんでベアト、頬赤くしてるのさ。
なんで私と目が合ったとたんに、伏し目がちに目ぇ逸らすのさ。
「……はぁ、日が暮れる前に街道まで戻るよ」
バカばっか言って、付き合ってらんないっての。
「……っ♪」
私の腕に、嬉しそうに抱き付いてくるベアト。
……まあいっか。
この子が無事で、笑っていてくれれば、それで。
「あれ、お姉さん今、少し笑いました?」
「……!!!??」
「キリエちゃんが笑った!? それは大事件よ、どれどれ」
「違うから。笑ってないから。離れて」
やめろ、回り込むな。
私の顔を覗きこむな。
「うーん、いつも通りの苦虫噛みつぶしたみたいな顔ね。気のせいじゃない?」
「……?」
「気のせいだよ、気のせい」
「うーん、やっぱり見間違いですかね」
そうだよメロちゃん、単なる見間違い。
私は誰とも、特別な関係にはならないんだ。
失った時、辛いから。