289 おかえり
クイナを、私の友達を取り戻せた。
失わなくて済んだんだ。
安心したとたんに、体から力が抜けていった。
全身傷だらけ、ズタボロの体で練氣も使わずに後ろへ回り込んだからな、しかも結構なスピードで。
かなりのムチャをしちゃった。
目の前の景色がふらついて、私は前のめりに倒れていく。
「キリエ……!」
私の体を受け止めたのは浜辺の砂じゃなく、やわらかいクイナの体。
見上げれば、心配そうに私を見つめるクイナの顔。
あぁ、本当に取り戻したんだ……。
「おかえり、クイナ……」
「……ただいま。大丈夫そうッスね」
クイナの胸に、ぎゅっと顔をうずめる。
さて、なにから話そう。
たった数日だったけど、話したいことがたくさんあったんだ。
「ね、これからどうする……? 王都の観光とか、続き、したいよね……」
「……そッスね。けど、今はそんな場合じゃないかもッス」
「なに、さっそくシリアスな話……?」
「シリアスな話。なんせ時間が残されてないッスから」
……あぁ、そういえば。
これで最後になるかもだから様子を見に来た、とか言ってたっけ。
これからなんか、とんでもないことでも起きるのか?
「手短に話すッスよ。……もうすぐ海底に封印された赤い岩が浮上する。ここら一帯、魔物であふれかえるよ」
「……手短すぎてよくわかんない。もっと詳しく教えてよ」
「もちろん。けどもう時間がないッスから、説明は皆さんのところで。急ぐッスよ!」
「うわ……っ」
クイナが私を軽々おぶって、猛然と走り出した。
海峡を飛び越えてとなりの島に飛び移り、森の中を猛ダッシュ。
木が生い茂る中、スピードも落とさずジグザグにステップして避けていく。
ベアトをおぶって走ることは多いけど、こうしておぶられるのって新鮮だな。
しかもそれがクイナだってんだから、なんか不思議な気分だ。
「パワフルなクイナって、なんか新鮮かも……」
「あはは、言えてる。ジブンも、なんかおかしな感じッス」
森を抜けて一気に視界が開ける。
見えたのは巫女様の島。
砂浜にベアトやトーカ、イーリアたちが出てきてる。
私が戻らないから探しに出てきたのかな。
「みんな……、心配かけちゃったな……」
「あとで謝らなきゃッスね。ジブンも一緒に……っと!」
踏み切って、海峡をひとっとび。
大ジャンプしたクイナの姿を、背中におぶられた私の姿をベアトが見つけて、ビックリしながら指さした。
直後、私をおぶったクイナは無事砂浜に着地。
「到着ッス」
「ひゃっ……!」
ちょっと雑に下ろされて尻もちついたんだけど。
ケガ人なんだからもっと優しくしてほしい。
「貴殿は……っ!」
クイナを前にしたイーリアが、警戒心むきだしで腰の剣に手をかける。
まあ当然の反応だけど、ここは私が止めなきゃいけない。
もうクイナは敵じゃないんだって知らせなきゃ。
「ま、待っ――」
ところが、私が声を張り上げようとした瞬間。
ちっちゃな手がイーリアの手に重なって抜刀を止めた。
「イーリア、ちょい待ち」
「トーカ殿……?」
困惑するイーリアに対し、トーカは心配すんなと目で合図。
それから私の方を見て、ニカっと笑いかけた。
「連れ戻せたんだな、ずいぶん早かったじゃないか」
「まあね……。ちょっとボロボロすぎてカッコつかないけど、さ」
ホント、もうボロボロだもん。
あちこち血まみれで、自分じゃ動けないくらい。
でも、不思議と嫌な気分しないんだよね。
「いいや、カッコいいぞ。な、ベアト」
「……っ」
ベアトも少し嬉しそうな、けれど心配で仕方ないって顔で、私のとこに駆け寄ってくる。
それから手をかざそうとして、ダメだと気付いてすぐ引っこめた。
「……ぅ」
「ベアト、ありがと……。ラマンさんに、薬持ってきてもらえる……? それから巫女様も呼んできて……」
「……っ」
コクリ、ベアトがうなずいた。
ニッコリ笑って、お疲れ様でしたって言ってるのかな。
私の頭をなでなでしてくれたあと、二人を呼びに洞窟の中へと走っていった。
〇〇〇
巫女様特製の薬と増血剤を飲んで、すっかり全快した私。
ボロボロだった服も、薬と一緒にベアトが持ってきてくれた新しい服に着替えてすっかり元通り。
元の服はあっちこっち破れて、下着とか見えてたからね。
さすがにあんな格好じゃいられないや。
着替えてる間中ベアトにやたらと熱心に見られてたけど、傷が残ってないかチェックしてくれてたんだろうな。
ラマンさんや巫女様も砂浜に出て来て、トーカからクイナが敵じゃなくなったことを説明されていた。
で、当のクイナはベアトからもらった大量の羊皮紙になにかを凄い勢いで書きまくってるんだけど……。
「ねえクイナ、そろそろ何が起こるのか説明してよ」
書き物が一段落ついたみたいだし、早速説明してもらわなきゃ。
「りょーかい。……まずさ、巫女様。ぶっちゃけあの入江ってクレーターでしょ?」
「……えぇ、その通りです。遠い昔、この地には世界で最も巨大な『獅子の分霊』がありました。その巨大さゆえに次々と強大な魔物を生み出し、周辺の海域は死の世界と化していたと、そう伝わります。しかしある時――」
「初代勇者様が結界を作って封じた、とかそんな感じ?」
「え、えぇ……」
クイナってば、語りが長くなりそうなんでさえぎったのか……。
っていうかセリアモードなんだね。
「まあそんなわけで、物騒なクレーターの中心部、ドデカい『獅子の分霊』が今まさにせり上がってきてるんだ。トゥーリアの【地皇】の力で、一晩かけて空飛ぶ島を作ろうとしてる」
「島……? 島ひとつまるごと、トゥーリアの魔力で作ってるっての……?」
底なしの魔力を持ってることは知ってたよ。
でもさ、さすがに島を作って浮かべるほどとんでもないとは思わなかった。
「その通り。浮き島の中心には封印された赤い石。いったん海上に引き上げてから、ノプトが封印を解除することになってるんだ」
「解除して、それからどうするってんだ?」
もっともな疑問をトーカが口にする。
たしかにね、奴らに赤い岩の封印を解くメリットなんて――。
「封印を解くことで里をまるごと人質に取るつもりなんだ。宝珠のありかを教えなければ、『獅子の分霊』を海に落とすってね」
「石を海に落とすって……。お、おい、そんなことしたら……」
「そう。入江中の海洋生物から魔物が生み出されて、そいつらが一気に里へ攻め寄せる。あっという間に魚人は全滅するだろうね」




