287 信じてよ
至近距離から放たれた、全力に最も近い突き。
切っ先そのものは、とっさにかざしたソードブレイカーの刀身が受け止めた。
あるいはクイナがあえてぶつけたのかもしれないけど。
ともかく、剣同士が触れていたのは一秒の十分の一にも満たない時間。
【沸騰】の魔力を流しこむ時間なんてもらえないまま、
「っあああぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁあ!!!」
私の体が、私の全速力よりももっと早いスピードでふっ飛ばされる。
渦巻く衝撃波に全身を斬り刻まれながら、島中の木に何度も叩きつけられ、幹をへし折りながら水路の上へ。
波柱を立てながら、水切りの石みたいに海面を何度もバウンドし、向こう岸の小島の砂浜をゴロゴロ転がり回った挙句、大きな岩に激突。
ようやく、そこでようやく止まった。
「げぼっ、がっ、ごほっ!!!」
練氣・堅身を発動してとっさに防御を固めてなかったら、今ごろミンチになって死んでたところだ。
もっとも、死んでないってだけで体も服もズタズタの傷だらけ。
口から何度も血を吐き出して、体中がビリビリしびれる。
なんとか剣は手放さずにすんだけど、とんでもない大ダメージだ。
「……ねぇ、もうわかったよね」
目の前に、もうクイナがいる。
視界がグラグラ揺れてるせいで、いつ来たのかすらわからなかったや。
「まだアタシは全力の一撃を放っていない。力の差、わかったでしょ?」
「は、はぁっ、げぽッ!! げほ……、はぁ、はぁ……っ」
喉の奥から血のタンが出てきた。
目の前がチカチカする。
それでも歯を食いしばって、練氣をまとった足に力を込めて、私は立ち上がる。
立ち上がって、真紅の刃をかまえる。
「わかった、よ……っ。嫌と、言うほど……っ、げほっ! わかったけど、げほっごほ……、まだ諦めない……。クイナを連れ戻すの、諦めないから……」
「……そう、まだ諦めないんだ。アタシも、はじめはそうだった」
「クイナ、も……?」
この子もって、どういう意味だ……?
「勇者が死んだあと、どうなるか知ってる?」
「もちろん……。ギフトを勇贈玉に封じられて……けほっ、魂も、閉じ込められる……」
「正解だけど不十分。アタシが聞いてるのは、魂が閉じ込められたあとにどうなるか」
「あと……?」
そのあとのことなんて、ぼんやりとしか考えたことなかった。
知った時には魂を閉じ込められてベアトと引き離される、そんな理不尽への怒りで頭がいっぱいだったし。
それ以降はベアトが倒れたりジョアナが裏切ったりで、自分のことなんて考えるヒマもなかったから。
「魂の状態で閉じ込められるとね、意識がハッキリしたままで何も出来なくなるの。一ミリ先も見えない真っ暗闇の中で身動きを取ることも、気が狂うことすら許されず、永遠に」
「…………っ!」
「それがどのくらいの苦しみか、あなたにわかる? 終わりのない時の中で、たった一人で何千年も」
……正直なところ、わからない。
想像もつかない、って方が正しいかな。
「アタシもね、最初は諦めなかった。なんとか脱出しようともがいたよ、最初の百年くらいは。でもムダだった。心の底からムダだと理解して、ある日ポッキリ心が折れた」
きっとその本当の苦しみは、体験した本人にしかわからないと思う。
でも……。
「もう二度と、あの暗闇には戻りたくない。今でも時々夢に見る。恐怖で体が震えるんだ」
目の前の友達が、エンピレオのせいで苦しんでるのはわかるよ。
「……だからアイツらに協力してる。『獅子神忠』が『星の記憶』から得た技術があれば、アタシは死んでも勇贈玉に囚われない」
騎士勇者セリア。
今の時代を生きる人ならだいたい知ってる伝説の英雄。
たくさんの魔物を倒して多くの人を救った、理想の勇者像を形作った騎士の鑑。
そんな人を変えてしまうほど、二千年の孤独と恐怖はつらかったんだ。
……だったらなおさら、私がするべきことは一つだけ。
「……もう平気。なんにも、心配ないよ……。私がエンピレオを殺す……。それで万事解決だ……」
「……だからぁ、どうやって!!」
苛立ちを声に乗せて、クイナが剣を振りかぶる。
突きじゃなくて、ただの横切り。
それでも練氣を腕にまとった一振りは、今の私には荷が重かった。
ガギィィッ!!
「うぐ……!!」
ガードした剣を持つ手がビリビリする。
踏ん張りが利かず、私は砂浜を大きく後ずさった。
「そんなザマで、このアタシすら倒せないのにさぁ! そんなんでエンピレオを倒せるわけない! だから、だからアタシは……」
体中痛いし吐きそう。
でも、折れてたまるか。
私の友達が泣いてるんだから。
「だから、だから……っ!」
研ぎ澄まされた鋭さを感じさせない、力任せに叩きつけるような斬撃ががむしゃらに繰り出される。
何度も刀身を受けているうちに、足の力がどんどん弱まっていって、私の体はふっ飛ばされた。
波打ち際をゴロゴロ転がって、それでも剣を杖がわりになんとか立ち上がる。
「だからアタシは諦めたのに。ジブンは、ジブンはまだ、キリエを信じたいって思ってるんス……」
「クイナ……」
「どうして、ジブンは消えてくれなかったんスか……。全部忘れて消えてたら、こんなに苦しまないですんだのに……」
剣を握りしめたまま、クイナの目から大粒の涙がポロポロとあふれ出す。
体のキズに海水がしみて痛い。
でも、その痛みと同じくらい、胸の奥がキュゥって絞めつけられた。
「悲しいこと言わないでよ……。私、うれしいよ? クイナがクイナのままでいてくれて」
「……っ」
クイナがピタリと動きを止めた。
私の言葉、やっと届いてくれたのかな。
……私さ、親友のアルカが殺された時、何もできなかった。
家族ももちろんだけど、アルカのことも心に深く後悔として残ってる。
今度もし友達ができたら、何が何でも助けたいって思ってるんだ。
もう二度と、あんな後悔したくないから。
だから……。
「ねえ、クイナ。私を信じてよ……」
「ムリ……。ムリッス……。クイナの部分は信じたい、でも、セリアの部分が信じてくれないから……」