286 諦
まるで大軍勢の魔導師部隊が放つ絨毯爆撃の中にいるみたいだ。
クイナの放つ突きは、その一撃一撃が異常な威力。
たとえかわしたとしても、突き出す時の風圧と衝撃波は人を殺すには充分すぎるほど。
現に今、必死に直撃をよけている私の周りで、岩や地面が次々に爆発を起こしている。
「どうしたのさ! 勇ましいこと言ったわりには逃げてばっかりだね!」
そりゃ逃げたくなるっての。
左肩ぶっ刺されてクソ痛いし、今のところスキが見当たらないし。
……とは言っても、もちろんただ無策に逃げてるってわけじゃない。
私には【沸騰】や【水神】の遠距離攻撃がある。
だからひとまず間合いを離したくて走ってるんだけど、全然ちっとも引き離せない。
月影脚を発動した全速力で、視界の悪い森の中をジグザグに走ってるってのに。
「当代の勇者はこんなもの? あんまりガッカリさせないで――よッ!!」
ゴウッ!!
「あ゛ぅっ!!」
なんとか反らした脇腹のスレスレを、クイナの突きがかすめた。
刀身にまとった衝撃波が肌を裂いて、またもやクソ痛い。
内臓が飛び出すほど深い傷じゃないのが不幸中の幸い、そう思わなきゃやってらんない。
「これでもアタシ、生きてた頃より弱いんだよ? 勇者としての経験値こそ生きてるけど、クイナちゃんの体はそこまで鍛えられてないからさ!」
「だから、なんだっていうのさ……!」
衝撃に吹き飛ばされたおかげで、少し間合いを離せた。
転がりながらだけど、すかさず【水神】を発動。
「水球弾!!」
生み出した水の弾を大量に分裂させて、【沸騰】で熱湯に変換。
あっつあつなお湯の弾丸を、雨あられと飛ばしてやる。
いくらなんでもこの物量は防ぎきれないはず。
「……そんな強さで、本気でエンピレオを倒すつもりかって言ってるの」
クイナが深く腰を落とした。
これまで片手で持っていた騎士剣を両手でにぎって、切っ先を水球弾にむけ――。
「『三速・弦月』」
ドッパァァァァッ!!!
ひねりを加えて突きを繰り出す。
その瞬間、全ての水弾が粉々にはじけ飛んだ。
まるで雨みたいに、飛び散った水滴があたりに散らばっていく。
というか、このままじゃ私まで粉々だって……!
「水護陣!」
とっさに分厚い水のバリアを展開。
だけど勢いは殺しきれず、魔力をたっぷり使った水護陣が一瞬ではじけ飛んだ。
それだけじゃなく、私の体まで数メートル吹っ飛ばされ、背中から大木に叩きつけられる。
「がっ! げほ、がほっ……!」
防御したのにこれって、ちょっとデタラメすぎるっての……。
「はぁ、はぁ……。今の突き……、それが全力の一撃ってわけ……?」
「まさか。今のはざっと半分の力ってとこかな」
これで半分……?
でもクイナがウソを言ってるようには聞こえない。
それに、確かに三速とか言ってたし。
「アタシの突きね、威力によって五段階に分けてるんだ。最初に浜辺で使ったのが『一速・満月』。ほんのちょっとの魔力だけを使って、片手で放ったヤツ」
最初の一撃……、海を裂いて向こう岸の島をブチ抜いて風穴を開けたヤツね。
ほんのちょっとで、あの威力か……。
「で、キミが全く反応できなかった、肩をブチ抜いたヤツが二速。ほんのちょっとの練氣と魔力で放ったヤツさ」
「そして今のが、練氣と魔力をそこそこ使ったヤツって感じ……?」
「ハズレ。今のはね、魔力や練氣は二速と同じ。違いはただ、両手で放つだけ」
「な……っ!?」
さすがに耳を疑った。
だとしたら、今もまだクイナは全然本気を出していないわけで。
いくらなんでも実力に差がありすぎる……!
「あとね。もちろんアタシなんかより、エンピレオの方がずっとずっと強い。当たり前だよね、たった一匹で惑星一つ滅ぼせるくらいのバケモノだもん」
力の差は絶望的。
しかも私、クイナを殺さないように倒そうとしてる。
ある意味手加減してるってこと。
「ねえ、もう一度聞くよ、キリエ。そんな強さで、本気でエンピレオを倒せると思ってる?」
クイナは確認するみたいに、私をじっと見つめて問いかけた。
この状況で、まだそんなことを口にする気力があるのかって。
もうこんな戦い、諦めた方がいいぞって。
……でもね。
正直、私の気持ちはぜんっぜん変わってない。
「あるよ。私はエンピレオを倒す。倒して、ベアトを助けるんだ」
「……口ではなんとでも言えるよね。そんなこと不可能だ」
「不可能じゃない。絶対にできる。この場で証明してあげるよ」
「どうやって?」
どうやってって、そんなの決まってる。
歯を食いしばって、痛む左手に剣を持ち変える。
その切っ先をクイナにむけて、私はハッキリと告げてやった。
「この場でアンタに勝って、認めさせる。力ずくでも認めさせてやる」
「……だから、ムリだって!」
クイナが私のふところへ飛び込んで、突きのかまえを取る。
私は練氣・神鷹眼を発動。
目の周りに練氣をまとって視力を強化する。
なんとか突きを見切って、反撃を……!
「キリエは! アレの恐ろしさをわかってない!」
嵐のような突きの連打が次々に繰り出される。
その動きがスローモーションでハッキリと見えた。
見えたけど、体が回避に追いついてくれない。
ハッキリ言って、素の状態よりはマシってだけだ。
「わかってないんだ! 暗闇の中に、魂だけで二千年も閉じ込められるあの恐怖を……!」
剣が体をかすめて、次々に傷が増えていく。
どんどん体が赤く染まっていって、足にも疲労がたまっていく。
でも、体の疲れなんかよりもさ。
クイナのつらそうな顔の方が、よっぽど気になるよ。
「キリエじゃ絶対に、エンピレオを倒せない! アタシはまた、あの暗闇に戻される……!」
視力を強化したおかげでハッキリわかるようになった。
クイナの攻撃は的確に私の急所へむけられている。
そして剣を突き出すたびに一瞬だけ、クイナはつらそうな顔をする。
たぶん、自分でも気づいてないくらいの一瞬だけ。
「だから、だからアタシは……っ!」
強化された視力が、クイナの両腕が練氣をまとう瞬間をとらえた。
アレは間違いなく、腕力を強化する練氣技、金剛力。
「アタシは、こうするしかないんだ!」
騎士剣の柄を両手で持って、その切っ先が私にむけられる。
「まず……っ!」
とっさに両手で赤い剣をにぎって、防御を固めた次の瞬間、
「四速・弧月ッ!!」
全力に最も近い一撃が放たれた。