284 全てが終わったその時に
夜が明けて朝が来ても、ベアトの顔色はとってもいい。
ニコニコ笑顔でミニクッション……いや、座布団だったっけ、ソレに座りながら朝食が来るのを待っている。
「ベアト、ラマンさんの料理楽しみ?」
「……っ!」
元気よくうなずくベアト。
パラディを旅してた時から知ってるけど、あの人料理上手だからね。
昨夜のご飯もあの人が作ってくれたらしくって、やっぱりとってもおいしかった。
食事中に襲ってきた空気を読めない奴らのおかげで全部食べられなかったのが残念なくらい。
「今日は何が出てくるんだろうね」
「……っ」
何が出てきても、きっとおいしいんだろうな。
「ええ、本当にラマンの料理は絶品です」
巫女様も笑顔で同意。
ちなみにイーリアもここに座ってて、トーカはラマンさんのお手伝いをしてる。
「しかし、本来ならば弟子や来客の食事を作るのは巫女である私の役目。ラマンは昔から、そのしきたりを押し切ってまで料理を作りたがるのです。よっぽど好きなのでしょうね」
「え、ええ……。そう、だと思いますよ……?」
ん?
イーリアが青ざめて、目をそらしながら答えたぞ。
なんだろ、あの意味ありげな反応は。
「……ねえイーリア。私たちが来るまで、食事は誰が?」
「し、しきたり通りです。巫女様が自ら作ってくださいました……」
「うふふ。おいしかったでしょう? また作ってあげたいところですが、ラマンがいるとなぜか止められるのです……。私をいたわってのことなのでしょうが、気の使いすぎだと思いませんか?」
「そ、そう……ですね……。あ、あはは……」
……あぁ、なんとなく察した。
巫女様の料理、きっと壊滅的なんだね。
キレイで上品で医術の腕も超一流。
完璧な人だと思ってたけど、そうでもないみたい。
しかし製薬技術が超一級品だってのに、料理が壊滅的なんてありえるの……?
〇〇〇
「風、強いね。この地形のせいかな」
「……っ」
朝食を食べ終えて、私とベアトは社の洞窟の外、小さな砂浜へと出てきていた。
外の空気を吸いたかったってのもあるけど、せっかくベアトが元気になったんだもん。
少し散歩させてあげたかったんだ。
「ちょっと歩こうか」
砂浜から島の中心、森の中へと道が続いている。
小さな島だし、ずっと寝ていて凝った体をほぐすにはちょうどいい距離かも。
「……っ」
ところがベアトは首を横にふるふるする。
それから羊皮紙にサッと字を書いて、胸の前にかかげた。
『ここですわって、キリエさんとのんびりしたいです』
「……そっか。うん、ならそうしよう」
砂浜にすわって、のんびり海を眺めるのもいいか。
海って言っても水平線とは無縁、川みたいな水路と島しか見えないけどね。
白い砂の上に直接腰を下ろす。
ベアトは小さなハンカチを広げて、その上にお尻を乗せた。
ここで育ちの差が出たか。
「……っ」
こてん。
ベアトが私の肩に顔をのせて、寄りそってきた。
この子の髪、やっぱいい匂いがするな……。
私も顔を寄せて、お互いに体重をあずける。
「風、寒くない?」
「……っ」
小さく首を振るベアト。
それからまた、私に体をあずけて。
しばらくの間、何も言わないままぼんやりし続けることにした。
ここのところ、のんびりするヒマもなかったもんね。
たまにはこうして、何もない穏やかな時間を過ごすのもいいか。
そうやって、数十分くらい過ごしたかな。
不意にベアトが羊皮紙を取り出して、サラサラ文字を書き始めた。
『キリエさん、ありがとうございます』
「……ん? 私、なにかしたっけ」
改まってお礼だなんて。
ぼんやり景色を見てただけなのに。
『わたしのために、とおいとおいぎょじんのくにまでつれてきてくれました』
「連れてきたのはトーカだよ。助けたのも巫女様だし、私なんにもしてない」
『そんなことありません。キリエさん、たくさんつらいことがあったのにがんばってくれました。ムチャをしたわたしなんかのために、ひっしになってくれました。だから、ありがとうございます』
「……」
そんなの、なおさらお礼を言われるまでもないよ。
だって当然のことだもん。
ベアトのために頑張るなんて、今の私にとっては当然のことなんだから。
『ひとつだけ、きいてもいいですか』
「……いいよ。なんでも聞いて」
『どうして、わたしのためにそんなにがんばってくれるんですか』
……どうして、か。
そうすることが当たり前だから、じゃ答えにならないよね。
ちょっとだけ考えて、一番しっくりくる答えは――やっぱりコレかな。
「ベアトのことが、誰より大事だから」
「……っ!」
ベアト、顔を赤くしちゃった。
やめて、私まで照れ臭くなるじゃん。
「……、……っ」
それから少し迷ったような素振りを見せて、またサラサラ。
『だいじ、って、どういういみのだいじですか』
「どういう……、意味……」
そんなの、答えは決まってる。
決まってるけど、ここじゃ言えないよ。
今はまだ、私にそれを言う資格ないし。
『わたしのことを、す』
「待って」
す、まで書いたベアトの手をとっさに止める。
もちろん痛くないように優しく。
「……あのね。私さ、自分で自分のことが嫌いなんだ」
「……っ」
「村が焼かれたあの夜、本当はあの時にもうみんなを守れる力を持っていた。その力に気付かずに、みんなを死なせてしまったのは私の責任だ」
「……っ!」
ベアトがぶんぶん、勢いよく首を横にふる。
ありがとう、そんなことないって言ってくれるんだね。
「だとしても、私は私を許せない。少なくとも、みんなの仇を討つまでは。ジョアナをこの手で――殺すまでは」
「……っ」
「そうして全てが終わった時、私が私を許せたら。この話の続きはその時に、改めてお願い」
「……っ」
コクリ、ベアトがうなずいた。
と、このタイミングで。
「おーい、キリエ、ベアト。そろそろ戻ってこーい」
洞窟の中からトーカが歩いてくる。
戻ってこない私たちを呼びに来たのかな。
それにしてもナイスタイミング。
話の途中で来られてたら、ブチ壊しにもほどがあったぞ。
「こんなトコにいたのか。ベアト、病み上がりだろ。あんまり風に当たってると体に障るぞ」
「ごめんごめん。――トーカ、ベアト連れて先、戻ってて」
「……っ?」
ベアトが、そしてトーカも不思議そうに首をかしげる。
「どうした、まだ用事あるのか?」
「ちょっとね。一人で散歩にでも行こうかなって」
「……ふぅん。ま、いいや。じゃあベアト、行くぞ」
「……。……っ」
ベアトはなんだか納得いかない様子で、トーカについてった。
ごめんね、この後ちょっと大事な話があるから。
二人が充分に離れたのを確認してから、砂浜と森の境目にある茂みに声をかける。
「出てきなよ。ずっと空気読んで待っててくれてたの、知ってんだから」
「……驚いたッス。気配、完全に消してるつもりだったのに」