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283 内通者




 魚人の里、中央部。

 岩をくり抜いた巨大な邸宅の一室。

 窓ガラスの外から望む沖合の群島を眺めながら、初老の魚人が落ち着きなく室内を歩き回っていた。


 彼の名はラード。

 魚人の里を治める七長老の一人。

 そしてエンピレオを崇拝する『獅子神忠ピレア・フィデーリス』のメンバーでもある。


 彼は【遠隔】の勇贈玉ギフトスフィアにマーキングされ、自身がワープポイントとなっている。

 そのため、作戦を済ませたノプトたち三人はこの部屋にワープしてくるはず。


 彼が気を揉んでいる理由だが、もちろんあの三人の身を案じてのことではない。

 万に一つも作戦が失敗し、巫女たちに、ひいては他の七長老や魚人の里に、内通者の存在を――自分が外の人間とつながっていることを知られないかと恐れているのだ。


「わ、私と奴らのつながりが知られたら……」


 勝ち馬に乗るために誘いを受け、魚人の子どもすら実験台として提供した。

 全ては神が降臨した世界で、より高い地位を得るために。


「その前段階で露見ろけんしてしまえば……」


 今まで得てきた地位、富、名声、その全てが海のあぶくと消えてしまう。

 掟を破ってまで誘いに乗った意味が失われてしまう。

 彼が恐れているのは、何よりもそれだった。


 シュンッ!


 その時、室内に唐突に三人の女性が現れた。

 彼女たちの帰還に、ラードはホッと胸をなで下ろす。


「お、おやおやお三方さんかた、ご無事に戻られたようで何よりでございます。どうです、首尾よく行きましたか?」


「しくじったわ」


 愛想笑いを浮かべながら媚びへつらうラードに、ノプトは吐き捨てるように返答した。

 彼女の機嫌は、お世辞にも良いとは言えない。


「『海神わだつみの宝珠』は巫女の島には存在しない。おそらくもっと別の場所に隠されている」


「な、なんですと!?」


 まさに耳を疑うようなセリフに、彼は驚きの声を上げる。

 無理もないだろう。

 彼に限らず、この里に生まれ育った全ての者が、宝珠は巫女様のやしろに納められていると知っている(・・・・・)のだから。


「その反応、本当に知らなかったようね。もし私たちにウソの情報を掴ませていたなら、今頃あなたの体はサメが食べやすいサイズに分割されてたわ」


「う……っぐ」


 青ざめる初老の魚人をよそ目に、ノプトはセリアをにらみつける。

 彼女の機嫌の悪さは、作戦の失敗だけが原因ではない。

 復帰して以来の、この女騎士の態度への不信感も大きかった。


「……さて、セリア。敵を殺さなかった理由、納得のいく説明はできるのでしょうね。もし出来なかった場合は……」


「場合は、なぁに? 説明できなかったとして、ノプトなんかにアタシを殺せるのかな?」


「――試してみましょうか」


 にらみ合う二人。

 その間に張りつめる緊張感に、ラードがゴクリと息をのむ。


「……あはは、冗談だよ、冗談。そんな怖い顔しなさんな」


「次は無いわよ。話しなさい」


「いやね。ムダに仲間を殺したところで、勇者キリエの怒りを買うだけ。アレを怒らせたら怖いって、ブルトーギュとかいう王様だっけ? アレとかフィクサーが証明してるじゃん? 勇者さえ殺せればあとの奴らなんてザコ同然だし。そんだけ」


「……ふん、一応納得しておいてあげる」


 一応、道理は通っている内容。

 これ以上身内で争っている場合でもない。

 ――あくまでも、身内であるうちは。

 この件は一旦終わりとして、改めてノプトはラードをにらみつける。


「ラード、巫女以外に『海神わだつみの宝珠』のありかを知っていそうな人物に心当たりは?」


「こ、心当たりなど……。宝珠の管理は代々巫女が務めるもの。先代の巫女もとうに命は尽きておりますし……」


「……本当みたいね」


 悪意を持った第三者の手に渡れば、世界を終わらせかねないほどのシロモノ。

 管理は万全、絶対に人の手の届かない場所に封じられている、ということか。


「と、なると、本当に巫女本人しか知らないようね。先代はとうに墓の下、さてどうしたものか……」


 捕らえたとして、拷問に屈するような気性とは思えない。

 トゥーリアの【施錠】も、他人が自らの意思でかけた心の鍵を解くとなると非常に困難だ。

 あの手の人物の場合、自分よりも他人の命をおびやかした方が口を割りやすいが……。


 考えを巡らせながら、ノプトはふと窓の外に目を移した。

 広がる夜景と、遠くに点在する巫女の群島。

 そして、街の両端から伸びる二つの弧を描く半島。

 上空から見れば三日月型の入江の丁度真ん中に、この里は位置している。


「……ラード。この入江、もしかしてクレーターかしら」


「か、形は似ておりますがおそらく違うかと。なにせ、見ての通り街と隣接しております。魔物が無限に湧き出す場所のそばに街を作って、こうして暮らしてなどおれません」


 たしかにラードの言う通り。

 もしもこの入江がクレーターならば、とっくの昔に魚人は魔物に滅ぼされているだろう。

 だが、滅ぼされない理由があるとしたら?

 この場所に里を作らなければいけなかった理由が、もしもあったとしたら。

 この状況、大いに利用できるかもしれない。


「……調べてみる価値はありそうね。トゥーリア」


「なんなの?」


「海底。あの入江の真ん中辺り、調べてきなさい」


「わかったの。海底も地面、私のテリトリーなの」


 返事と同時、彼女は岩の床に着水・・

 そのままカベの中を伝って街の地面に降り、地中を泳いでいった。



 そして数分後、トゥーリアから【遠隔】の通信が入る。


『発見なの。海の底、海底洞窟の奥の奥、赤い岩をみつけたの。神様の力、バッチリ感じたの』


「……そう。他には何かなかった?」


『えっと、えっと、岩のまわりに結界が張られてるの。あれじゃあ周りの生き物から魔物を作ろうとしても、少しの数しか作れないの……』


「そう、結界ね。……よくやったわ、トゥーリア」


 ノプトが会心の笑みを浮かべる。

 目をつけた通りだった。

 これで魚人の里、まるごと人質に取ることができる。


「『海神わだつみの宝珠』の在処ありか、知っているのは巫女だけ。ならば巫女に直接聞くしか手はないわ。トゥーリア、赤い岩を海底ごと(・・・・)浮上(・・)させる(・・・)ことは可能かしら?」


『ちょっと時間がかかるけど、任せてほしいの……』


「えぇ、任せたわ。……さぁて、魚人族存亡の危機、巫女様はどう出るかしらね」




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― 新着の感想 ―
[良い点] まあ、そりゃあエライ人ですよね…その辺の一般魚人さんたちじゃ手に入る情報も接触するメリットもほとんど無いでしょうし。 またぞろろくでもないことを企み始めたノプトたち、なんか存亡の危機とか言…
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